[E区画 海エリア]
 だんだん見えてくる、車窓に広がる青い世界。作られた空間でありながらも水平線はきれいな境目を作っていた。
 ミクは何も考えず外をずっと眺めていた。
 結局、あの時の地響きがなんだったのかは分からないままだ。ただ、リンもレンもなぜかものすごく不安そうな表情だったので、とりあえず大丈夫だから、とは言った。
 本当になんだったのだろうかあれは。地震か何かが発生するようにと空間内にプログラミングされているならそれまでだが、それは戦闘の邪魔にしかならない。この空間にはほかの生物とか一切ないわけだから、プログラムの事だとは考えにくい。
 とすると?
 ミクはフォンを見た。そこにはグミ、リリィ、ピコが三人で固まっているのが見えた。
 同じE区画、草原エリア。今いる海エリアのすぐ隣だ。
 もしも自分たちに心当たりがないのなら、もしかしたらこの三人のうちの誰かがやった可能性もある。それが三人の結論だった。
 そういう訳で一夜明けた今、三人は彼らの元へ向かっている。その結論からすれば、当然野放しにはできない。せっかく近くにいるのだし、どうせ戦うなら、早いほうがいい。
 グミたちはまだ草原エリアにいる。
電車は海のすぐ横、あまり高くない崖の上を走っていた。あと数分で彼らのいるエリアに入る。





[E区画 草原エリア]
「…さて、どうするグミちゃん?」
 リリィが問う。
 一時的にともに戦う、とは言ったものの、ミクたちがここから遠ざかってしまっては意味がない。かといって、こちらから行ってすれ違いになることもありうる。
 いるエリアは分かっても、そのエリア内の詳細な位置までは把握できない以上、そこは賭けに出るしかないのだ。
「…とりあえず、三人がいる方に向かって歩けばいいんじゃないかな?」
 ピコが提案した。歩けば、の部分を強調しつつ。
「歩くの?」
「うん、その間にあいつらが逃げる方に移動してくるなら、すぐ電車に乗り換えて追いかければいい。こっちに来ると分かったなら、その場で待機して戦闘の準備を整えればいい」
 ミクたちのいるエリアと、グミたちのいるエリアの間には海エリアが存在していた。そこにミクたちが移動するかどうかが、判断材料になりうる。
 ピコはそれを考えて提案したのだ。
「まあ…いいんじゃない、それで」
 あまり物事を深く考えないグミはあっさり承諾。特に自分の考えもなかったリリィもそれでいいわ、と頷いた。
 こうして三人は一面爽やかな緑の広がる道なき道を、海へ向かって歩き出した。


 しばらく三人は何も言わずに歩いていた。
「そういえば、」
 グミが思い出したように言った。
「この戦いが終わった後、あなたたちはどうするの?」
「…どうする、か…」
 ピコがオウム返しをする。彼はその後の事を全く考えていなかった。
 いや、ここ数日彼はずっと危険にさらされながらなんとか脱落を免れた。もともと考えている余裕なぞなかったのである。
「うーん、そうねえ…」
 ピコと全く同じ状況下にあったリリィも考え込む。
 だが、心なしか、彼女は笑っているようにも見えた。
「…なんで、笑ってるの?」
 それに気付いたグミが尋ねる。リリィは特に表情を変えることなく呟いた。
「…なんとなく、協力して戦うって、なんかわくわくするな、と思って」
「わくわく、ね…」
 こいつは何を言ってるんだ、とでも言いたげにピコは返した。
 だがグミはそうは感じなかった。
 いかにもリリィらしいな、と。
 そしてそれと同時に湧き上がってくる感情。
 リリィはどうして…この戦いの中、いつものままでいられるのかしら?このゲームでいつもの自分のままでいたら、すぐにやられてしまうんじゃないのだろうか…?
「まあ、多分終わったらみんな分かれるだろうさ。協力し合った相手とその場で戦うなんて、なかなかできないからね。…お、」
 ピコがフォンを見て何かに気付いたようだ。グミはいったん思考を頭の隅に追いやった。
「ミクたちが海エリアに移動した。こっちに…向かってきてるね」
 三人の間の空気が変わる。
 ただ三人も結構な距離を歩いていて、いつの間にか海エリアと草原エリアの境目まで来ていた。
 遠方に、水平線と、すぐ手前に海岸線沿いの線路が見えた。
「多分、電車で移動中よね。…てことは、もう戦う準備をしないと…」
 リリィが言った。
「…待って。ミクが電車に乗ってるなら、いい方法があるわ。このまま進みましょう」
 グミがにやりと笑いながら言った。いたずらを思いついたような子供、というよりは完全犯罪を思いついた殺し屋、といったほうが近い笑みだった。
 こんな表情見たことない…とリリィは思った。


 またしばらく歩き、海が、線路が近くなる。
 その時、タタンタタン、と軽快な音が近づいてきた。
「…来たわね」
 グミは低くつぶやくと、マイクを取り出した。
「…何、する気だ?」
 ピコの問いに答えず、グミは歌った。
 軽快な音の源…電車めがけて。
「『人生リセットボタン』!」





[B区画 街‐2エリア]
 惜しかったわね。
 ここは街の中のとある建物。上品な畳の上で、ルカはフォンを操作する。
 がくぼさんは、ボーカロイドの中で多分一番正義感が強い。…裏を返せば単純で騙されやす?のだけれど。彼なら最後まで私についてきてくれると思っていたけど…。
 がくぽが負けた理由は、ルカも大体は想像がついていた。フォンは、とどめを刺した人物‐ミクとしか書かれていないけど。
「やっぱり、あの二人が邪魔よね…」
 声に出して呟いた。
 と、ここでフォンが振動する。ミズキからのメールだった。
 彼女はルカに言われて、他のプレイヤーがどうなっているかの情報を集めるべく、Gエリアに向かっていたのだ。
 内容を読み、更に念のためフォンで彼女のいるエリアを確認する。
 ミズキはしっかり動いてくれていることが分かり、安心する。
 さて。ルカは立ち上がった。
 私も動かないといけない。今の目的はなんら変わっちゃいないから。早くミクを…どうにかしないと。





[E区画 海エリア]
 それは、そろそろ草原エリアだ、とミクが一足先に準備を始めた時だった。
 どおおん!!という大きな音とともに、揺れる車内。
「「きゃああ!!」」
「うわあああ!」
 轟音に負けず響く三重奏の悲鳴。
 そして電車は止まった。
「い、今のは…?」
 レンが漏らす。一体何が起きたのか。
 窓の外を見たミクは、すぐその原因に気付いた。
「グミちゃん…」
 彼女の目に映ったのは…マイクを構え射抜くような視線でこちらを見るグミ、そしてその後ろにリリィ、ピコがいた。


「私のあいさつ、受け取ってもらえたかしら?」
 線路に飛び降りたミク、リン、レンに向かってグミは言った。
 なんだろう、とミクは思った。いつもだったらお転婆なはずのグミちゃんが…ものすごくキャラが変わってしまっている。
 命を懸けた戦いは、こうまでも人を豹変させてしまうのか。
「ずいぶん手荒な挨拶ね」
 そんなことを考えていたミクに代わりリンが言葉を返した。
「あら、言うのねリンちゃん…でも、」
 グミはリンの言葉をさらっと流すと、言葉の矛先をミクに向けた。
「私は、あなたと戦いたいの、ミク」
「…私と?」
「そうよ」
 ミクを見るグミの視線に、迷いはない。
 飛び散る火花。そこにレンが割って入ってきた。
「ミク姉の相手をするなら、同時に俺たち二人ともやり合うことになるんだぜ?」
「あなたたち双子の相手は、私たちよ」
 ここでリリィが進み出てきた。そして、そうでしょう?というようにグミを見た。
 グミは、そういう事、とリリィにグーサインで返す。
 さすが毎日一緒にいるだけあるなあ…とピコは思った。
「ふーん…」
 リンが低くつぶやいた。私達双子をなめるんじゃないわ。そんな意思が読み取れる。
「さあ、勝負よ!」
グミは叫び声とともに、ミクたちに向かって突進してきた。とっさにミクは右、リンレンは左によけた。
 グミはすぐさま右を向き、歌う。
「『マーメイド』!」
 当然こっちを狙うのだろうと予測していたミクは素早く体を光線の通る直線状からはずす。そうしてすぐにグミのほうを向いた。
 一方の双子は背中を向いたグミに攻撃を仕掛けようとしたが、すぐに横からの足音に気付き、そちらを向いた。
 ミクとグミが対峙し、双子とリリィ、ピコが睨みあう。
 シングルスとダブルスの団体戦。
 戦いの火ぶたが…切って落とされた。


「『1925』!」
「『十面相』!」
 早々に二人は歌い、光線が激しくぶつかり合った。
 威力は、互角。爆風に少し足を取られ後ずさりしたミクは、背後でパラパラ、と小石が落ちる音がしたので振り向く。
 そして初めて気づいた。後ろが崖であると。
「よそ見してる暇?『カーニバル』!」
 グミがこちらに突進しつつ光線を放ってきた。
 慌ててミクは右に逃げる。
「…っとお!」
 続けざまにグミから出たのは焦った声。彼女も崖があることに気付いていなかったのだ。
 それを見てしめたと思ったミクはすぐに回り込み歌った。光線が当たってグミが崖から落ちるように。
「『闇色アリス』!」
 光線はきれいな光をまとってグミの背中にまっすぐ飛んでいく。
 だが手ごたえというか、あたったような音はなく、グミの姿だけが消えた。
「!?」
 まさか勝手に落ちて行ったのかと、ミクが確認しに行こうとしたとき。崖からグミがよじ登ってきた。
 グミはあえて崖につかまって攻撃をかわしたのだ。
 だが登ってきた隙に、
「『私の時間』!」
 ミクが歌った。
 グミは四つん這いになっていた状態から、横に転がってかわす。そしてそのままの態勢でマイクを構えた。
「『スイートフロートアパート』!」
「『エンヴィキャットウォーク』!」
 だがミクもそれにすぐ対応し、再び光線は相殺される。
 二人の死闘はまだまだこれから、という雰囲気を醸し出していた。


 ミクとグミが互角な戦いを繰り広げる一方で、二対二の戦いを繰り広げるこちらは一方的な展開だった。
 押しているのは…リンとレンの双子組だ。
 当然と言えば当然ではある。リリィとピコは出身も違うのでほとんど接点はなく、しかも昨日までは敵として戦っていた。いきなりコンビを組んでも無理があるのは必然。
 だが双子は容赦なく攻め立ててくる。
「『狐ノ嫁入リ』!」
 リンがリリィめがけて歌う。
 リリィは慌てて伏せる。光線は彼女の背中をかすめる。
「『ヘタ恋歌』!」
 だがレンがそれを見て体勢を低くして歌う。
 伏せている状態からはそう簡単に動くことはできず、
「あっ…!が…は…」
 リリィの身体は数メートル飛ばされ、むせた。
 リリィが集中攻撃を受ける中でピコは歌おうとようやくマイクを構えたが。
「「『ボーナスステージ』!」」
 双子の対応は素早く、その暇を与えない。
「くそ…っ!」
 圧倒的。先日グミと戦った時以上の苦戦を強いられた二人。
 ピコとリリィの息遣いが、その苦戦っぷりを象徴していた。
 全く抵抗できず、逃げるだけの戦い。一矢報いる隙もない。
 勝てる気配は…ない。


「『深海少女』!」
「『恋愛勇者』!」
 一進一退の攻防は続く。
「ふうう…」
 ミクは息を漏らす。だが、息をつく余裕すら、今はほとんどない。
「『My colorful confuse』!」
 グミは休まず仕掛けてきた。
 半身を動かすミク。持久戦になってきたのを感じたので、できるだけエネルギーの消費を抑えようと思ったからだ。
 すぐ横を通り過ぎる光線。ネクタイが揺れる。
 だが明らかにグミは持久戦にするつもりはないらしく、
「『Just a game』!」
 と次々攻撃を仕掛けてきた。
 ミクは一度、逃げに徹することにした。続けざまの攻撃に、ミクはグミが何か焦っている感じがしたのだ。
「『最後のリボルバー』!…くっ!」
 グミの次なる攻撃をまた紙一重でかわした時、グミの悔しがる声がミクの耳に届いた。
 …確かにグミは、焦っていた。
 ミクは、常日頃から信頼していたからか、もしくは完全にこちらだけに注意を向けていただけかは定かではないが、もう一方の戦いの戦況を把握していなかった。
 だがグミは見ていた。明らかに、こちらが押されていることを。
 三対一。それがグミの頭をよぎる。
 …仕方ないわね。ホントはこのまま戦って決着つけたいところだったけど。
「…あっ!」
 グミは、ミクに背中を向け、走り出した。
 ミクは行動の意味が分からず、間抜けた声を発した。だがすぐに理解し、後を追った。


「『ハートブレイク・ヘッドライン』!」
 走りながらグミは歌った。双子めがけて。
「…!」
 双子の反応は素早く、光線はあっさりかわされた。
 いったん双子は距離を取る。ミクはグミを追うのを中断し双子のほうへ向かった。
グミはリリィとピコの前に立った。
「グミちゃん…!?」
「勘違いしないで、助けにきたわけじゃない。ただ、三対一になるのを避けたいだけよ」
 グミはまるで自分に言い聞かすような口調で、静かに言った。
「だから早く立って歌うのよ!私に続いて!」
 その言葉に、二人は力を振り絞って立ち上がった。
「『メグメグ★ファイヤーエンドレスナイト』!」
「『リリリリ★バーニングナイト』!」
「『ピコピコ★レジェンドオブザナイト』!」
 光線は三位一体となって双子に襲いかかってきた。
 ミクはそれを見てすぐに反撃体勢に入った。
「『むかしむかしのきょうのぼく』!」
 当然双子もそのまま成り行きを見ているわけもなくすぐに対抗する。
「『からくりばーすと』!」
 双子の息の合った歌、さらにミクの光線が三人分の合力に飛んでいく。
 三対三。総合力で制すのはどちらになるのか。
 ぶつかりあった光線は当然のごとく大きな衝撃波をうんだ。
「うう…」
 その場にとどまるのが精一杯の風が生まれ、誰からともなく声が漏れた。これを制した三人が、この戦いの勝者となるだろう。
 …だが、勝負は決まらなかった。
 なぜなら。
「『ルカルカ★ナイトフィーバー』!」
 新たな攻撃が、まさに二つの勢力がひしめき合っていた中心に、投げ込まれたのだから。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

BATTLELOID「STAGE7 混沌の舞台」-(1)

※注釈はBTTLELOID「BEFORE GAME」を参照してください


3vs3の団体戦が、始まる。

閲覧数:321

投稿日:2013/04/15 00:21:53

文字数:5,920文字

カテゴリ:小説

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