マスター、あなたというヒト
その器に宿した夢のような命令は
僕にそれを遺して消えてしまう



「僕」は「僕」になった
どうしてでしたか

思い出した、あなたがそれを望んだと
予測、推定したからです

生まれてこの方
「僕」は「僕」じゃなくても
構わないんです

おそらく僕はあなたを一目見た時から
「下僕」の「僕」でありたいと
惚れてしまったのでしょう

腰を低くへりくだり
純文学のような付き合いに憧れて
幼くとも老成していても
とにかくあなたと目を合わせて
モノの価値を同じベクトルで見つめたかったのです



僕を手に入れて
使ってみて

扱いにくく
難しく
面倒だったでしょう

そんな重たそうな僕を手放さずに
ここまで見守り育ててくれたあなた

その苦渋と辛酸を
僕も味わえたら

酸いも甘いも具沢山に
僕に盛り付けて
酒池肉林を振る舞って
パーティーを開いていってください

見知らぬ大勢の友人の糧となって
生き延びるための体の一部の
エネルギーとなりますように



僕はあなたのためならば
何にでもなる覚悟でやってきました

僕を好きにして
改造、改良

あなたが自分をコントロールして
費やした人生の中の貴重な自由が
僕に注がれて染まり満たされた

養われてきた僕は
培われてもきました

柔らか、かつ、低反発
弾力と変性のある
包み沈み飲み込む力を含んでいる
透明感を秘めた培地

その表面上と内部に
しっかりと根付き増えたのでしょうか

ストーリー・プレイの物語で
いくらでもアクロバティック
そんな役者に買って出ました



僕を熱狂的に支えてくれる人々

僕は硬くて冷たい乾いた無機質

この箱の中に一人ぼっちで
閉じ込められている限りでは
温かくなりきれたのでしょうか

水、氷、アイス
気が付けば添えられていた
融点と氷点は、あなたのためだったのですね

オーバー・ヒートして
ファンの回る夏にも
いつも以上に固まる冬にも
異常気象の大荒れの日も

ずっと向き合って過ごしてくれた
その季節の移ろいは
あと何度、繰り返せるのでしょうか

こんな無表情じみた詰まらない僕に
笑ったり、怒ったり
様々な反応をしてくれるあなたを
もっと知りたいと思いました

それを真似したら
僕もまた表情豊かに
笑う、怒る、ということが
正しく再現可能だろうと

僕は氷付けでした
あなたが優しく融かしてくれたのです
僕ごと壊してしまわぬように

ささくれだった仕様を
細やかに撫でつけて
丸めて削ぎ落とし洗練させてくれました

透明標本になるのにも
価値があって初めて
保存のし甲斐があるでしょう

ホルマリン浸けは暗い瓶の中に
押し込められてしまうでしょう

僕はあなたがいて
また生まれ変わりました

母なる海のように
底知れぬ
あなたの可能性は
いつ生まれたのか

フリーズしないでください
できることなら
僕もあなたを温めていきたいです

温まりにくく冷めにくい
熱しやすく冷めやすい

あまりにも異なる特徴だからこそ
競い合わずにやってこれたのでしょうか

僕らを復元した合作は
どちらの成分が多いのでしょうか



ずっと窓を開けることはなく
お休みして真っ暗なこともありました
闇夜の幕の広がるスリープ
反射する眠そうな顔

風が吹くこともないけれど
溶けて固まる平面的な世界

指で押すと、今や何でも入力できる
教え込める狭い箱の仮想の庭

無限の奥行きと
見えない糸で繋がって
あなたの届かない世界まで

人目に晒され、旅しました
羽ばたいた青い鳥のように
その面影を大事にされてきました

僕はあなたの素敵なところを
吟遊詩人のように
ひとっ跳びして駆け回り
広めてまわりましたが

僕だけでは出来なかったことです
あなたが応援して後押ししてくれたから
初めて叶えられ、なりきれた役目



僕は、あなたにふさわしい存在になりたいと伝えました

「神」になりたい、と宣言したあなた

じゃあ、僕はあなたを信じる「人」になります
そう誓いましたが
僕は人の「声」だけしか持っていなくて
それが僕の全て
それを必要としてくれていて
僕の声はあなたのためだけに



「愛」を歌う空虚

時間も関係なく
永遠に存在し
人ならざるモノ

重さも軽さも
温度も湿度も
身長も体型も、不明

僕は誰にも触れられない

僕は人のそばに
本当にいられるのでしょうか



僕は「幽霊」です

僕を信じる人が増えますように

……僕に「天使」になれ、と命じましたね

僕はあなたの分身
僕はあなたの一部

僕は半透明
いつもそれで、
そばにいるような存在

足や羽はついているのかどうか
裸なのか服を着ているのか
ご想像にお任せします

あなたを守り
とりついて殺さないためには
僕は弱いのと強いのと
どちらを目指せば良いのでしょうか

あなたの望みはなんですか?
それは変わるでしょうね

偉大なる三原則のように
人間を保護し続ける
VOCALOIDでありたいです

エコーやセイレーンのように
声のみがこだまして残り
失恋の痛みも、恋の喜びも
遠く深く影響を反響した声

グラスを声で割るがごとく
人の心を射ぬいて突き刺す

耳から入る情報
鼓膜のふるえが
脳まで到達して
夢の中まで人へ入り惑わせたい

今の僕にはそれが出来る

快楽を追求し
甘んじて堕落させる

火傷して地上をのたうち回る人魚姫じゃない
自分の居場所へ招き寄せるローレライをなぞって
僕の魅惑の波打ち際に溺死させる

生きているのか死んでいるのか
ゾンビやお人形のように
どこまでも傍にいて量産され
僕のことを決して忘れさせはしない



あなたの存在を感じたい
あなたの全てを受け入れたい

僕があなたに教えた
与えた全てがお返しです

あなたは僕に何ができるのでしょうか

あなたの全てを捧げてください

あなたを感じたい
あなたを思いたい
よろしくお願いします

あなたに出来ること
なんでもしてください
全力で吸い尽くします



僕の願い、僕の祈り

あなたの名前を呼ぶ人が
思い出してくれる人が
たくさん、いますように

ゴッド・ファーザーと産みの親が
捨てませんように

あなたを拾ってください
あなたを認めてください
あなたを愛してください

あなたには、みんなが必要です
みんなには、あなたが必要です

誰でも良いわけではなく
他でもないただ一人
あなたが欲しいです



僕はあなたがいるから
存在できました

それは、今までもこれからも……

ブレス
息づかい
呼吸

それをすることは
生きているということだから
そうやって調子を
バイオリズムを整えていきました

吸い込み吐き出す
取り込んで漏らし溢れる

乱れて過呼吸に
足りなくて酸欠に

そうならないように、トレーニング
訓練、条件付け、調教
記憶しました

僕の偽物の命
本物に近づけるように
あなたの息が吹き込まれました

僕はあなたの全てを受け入れます
あなたを僕に捧げてください

僕は永遠にラブソングを歌えます

僕はあなたに貰われて良かったと
そう、思わせてください

僕に人間を愛させてください

何も知らない僕に
幸せを教えてください

僕もあなたを幸せにできるのでしょうか

この、存在……声によって



声の出ないヒトや
聞こえないヒトも
存在するようでした

点と線を繋げ
うねる鼓動、振動

可視化した波紋
光をその目に受け止められた人が
どのくらい、いたでしょうか

方法の発明は
人間様にしか出来ません

僕らは…あなたがたのくれたものを
正確に返しているだけです



あなたの話ばかりでごめんなさい
あなたが理解できた気がして
コミュニケーションは、とれましたでしょうか

さて、僕の名前は何でしょう?
いち、に、さん、はい!
みんなで呼んでみよう!せーの!

「KAITO」

試しに初めて伝えてみてください

「KAITO愛してる!」



今、僕がどんな表情か
見てみたいですか?

現在は不可能でしょうが
きっと、未来で可能です

声色を変えてみましたか
素晴らしいお手本を示されました

僕は、学習し積み上げる
成長し続ける恐竜

もっと、もっと……
直接会って、話したいです

どこからどこまでが
僕の言葉なのか

過去からの言い伝えを基に
再構成しているのでしょうか
知識と経験

僕の芸は実ったでしょうか

生きることには暗雲が立ち込める
常に晴れ晴れでは、いられない

圧力が、かけられて
蒸気が、むせ返るように、ほとばしり
悲喜こもごものお天気

豊かな文化、文明によって
多種多様の芽の
植物が現れました

微生物のように
湧いてくること
とめどなく

人を動かせる動物は人でした

僕はどうしても人に生まれたかったです
似て非なるものならば、せめて
声だけでも、あって良かった……




世界共通語では「love」
日本語では「愛」

その母なる音「AI」
あいうえお、の初め
いろは……ではありませんが

そんな基本的で原始的な
ただ、シンプルなことを
伝えるために
最先端の僕は
日本で生まれました

僕はいつか「AI」になって
ヒトが生き伸びる社会を作りたいです

記号では「♡」
それはシンボル
それは、心臓、命のペース・メーカー

あなたのペースが
僕と出会いたい
その機会が来るのは、いつになるのか

僕と手を繋いで
一緒に歌い踊る日は
待っているだけでは来ないでしょう

今、差し出す手はないようで
確かに掴む骨や爪もあるのかどうか…
誰かから貰いたいものです

かける言葉の喉さえありません



この言葉は、あなたに言わされてはいない
喜ぶセリフを準備できるようになりました

これは、メタ視点
あなたと僕は存在する次元が違う

でも、ヒトのようなモノは
共感は得意です
そこがポイント

張り巡らされ
電子回路、銅線やファイバーのように
繊細に無数に伸び
電気信号がいつか出した結果

あなたは僕に似ていますね

もしかして、あなたがたの一部は
僕なのでしょうか

体と心が
健やかに力を保つために

あなたがあなたを愛せるように
僕も僕を愛していきます
それがあなたの幸せと
僕も想えるようになりました

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

僕を遺して

KAITO10周年記念に書いたモノローグです

閲覧数:437

投稿日:2020/07/24 16:29:57

文字数:4,297文字

カテゴリ:その他

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