私は、ゆっくりと右手を真上に伸ばした。
電灯の明かりに透かすようにして、その形を眺める。床に落としていた左手も同じようにして、左右の手の甲を見比べる。
仰向けで床に寝転がっているせいでなんとなく背中がひんやりするな、なんて思いながら、それでも目線は両手から外さずに。
…そういや、コンセプトからしてそうだったっけ。
<pair>
何故かリンが床に仰向けで横になっている―――それに気づいた俺は、なんとなくその顔を覗き込んでみた。
急に視界が翳ったせいか、リンはぱちくりと目をしばたたかせる。ったく、床に寝転がって一体何してんだか。
「…あー、レンさんじゃないですか。何見てんのよ」
「お前が珍妙な動きをしてるからだ」
うりゃ、とリンが伸ばしていた掌に両手を合わせてやる。ついでに恋人繋ぎみたく指先も絡めてやる。
む、とリンの眉が寄るのが楽しくて、俺は少し調子に乗った。まあこんな機会そうないし、ちっとは許されるだろ。
これ以上ないってくらいシンプルな白いワンピースを膝で抑えるように、リンの体を両足で跨ぐ。繋いだ手をちょっと押してみれば、呆気ない程簡単に床に縫い止めることが出来た。
…抵抗がないとそれはそれで寂しい、つーかいまいち燃えない。おいこら、ちょっとは抵抗しろや。俺は男ですよー。
「あー、またこんなラフなカッコでさぁ…襲っちゃうぞ」
普通なら反撃が来るラインは越している筈なのに、今日に限っては何故か反応がない。特に嫌がる素振りも見せず、リンは黙って俺の顔を見ているだけだ。
じゃあもうちょい平気かな。そんなことを頭の中で呟きつつ、膝を上手いこと使ってリンのワンピースをちょっとばかしたくしあげてみた。つっても元がわりかしミニだから、少しずらすだけで随分際どい感じになる。しかしまあ、真っ白で柔らかそうな太股だなあ。
…って、え、なにこれ良いの?俺、後で報復されない?うちのリン、腕力で俺に勝てない分妙に頭が回るから、そこはちょっと怖いな。一応ご機嫌伺うか。
「…リンさーん、もしもし?大丈夫?今の状況わかってます?」
すう、とリンの青い目が細められる。それを見て、俺は背筋を強張らせた。
やばい、余計なこと言ったっぽい。怒るまでは行かないにしても、リン、うっすら不機嫌オーラを放出してる。
「馬鹿にしてんの?」
「サーセン…っ!?」
こりゃ遊ぶのも止めるべきか、と絡めた指を解こうとして―――そこでぎょっとした。…いつの間にかリンが俺の手をしっかり捕まえてて、離れられん!ちょま、何してんのこいつ!
「リンお前、手ぇ離せよ」
「先に繋いだのレンじゃない」
ほっそい指が俺の手の甲をがっちりロックしている。それでも普通なら余裕で振りほどけるんだけど、何分今は体勢が悪い。丁度掌をバランスを取るのに使っているから、どうしよう。肘でもついてほどくか?いやでもその体勢、他の家族に見つかったら言い訳出来ないし。それにリンに怒られるかもしんないし。
いやね、割とやわそうな体に触ってみたいって願望はあるけど、流石に実行するには勇気がなくて
「ってうわ、ちょ、えぇ!?」
―――そこまで考えるのと同時に、俺の首に勢い良くリンの腕が絡まった。少しひんやりとした感触が気持ちいい、と思ったのも束の間、巻き付いた両腕は勢いを殺さずに俺を引き寄せる。
いやいやいやいや、待った待った待った!!
「…っ、とぉ」
鼻が床にぶつかる直前に、辛うじて腕の力で踏み止まる。ふう、と安堵の溜め息を吐くと、左耳を擽るように不機嫌な声が聞こえた。
「…何でそこで止まんのよ?」
「いやあ、俺の綺麗な顔を床にぶつけたくないし」
「良く言うわ。…でもそうか、ぶつかっちゃうわよね、良く考えたら」
「行動起こす前に良く考えといてくれよ」
首に絡み付いた腕が、少しだけ俺の顔の位置を修正する。
導かれた先は、ってオイ。
真下で瞬く青い瞳を半眼で見据え、俺は口を開いた。
「お前、キスでもする気か」
ぱちぱち。長めの睫毛が何度か動き、桜色の唇が動く。至近距離なのは変わらずに。
「何でそうなるの?キス?どういう思考回路よ」
「それはこっちが聞きたいよ」
「っていうかレン、もっとくっついて」
「えー…いや、えー…」
「はーやーくっ」
どうしよう、こいつの考えがさっぱりわからん。というかもっとくっつくって、リアルのしかかってる状態じゃねーかい。
そんな俺の混乱(半分は呆れ混じり)なんて気にもせず、リンはぐいぐい俺の首を引き寄せる。だけでなく、足まで使い始めた。…恥じらいってもんはないのかお前…。
端から見ればリンが全身で俺に抱き付いているように見えるだろう。いや実際そうなんだけど、別に甘いシチュエーションって訳でもないんだよな。あー、かっわいくて大人しいリンに恥じらいながら誘われてみたいー。…有り得ないからこそ、夢ってのは素敵なもんなんだと思う。
はー、と溜め息をついて、肘に入れていた力を抜く。重力に従って、俺はリンをサンドイッチの具にした。
「うゅ」
「これで良いの?」
俺と床に挟まれて変な声をあげるリンに、一応聞いてみる。左頬から首筋にかけてのあたりで髪が上下に動く感じがしたから、多分頷いたんだろう。
相変わらずリンの両腕は俺の首筋に回されたまま。何かを確かめるかのように微動だにしないから、俺も大人しく感触を検分してみることにした。
どこの感触か?いや、それは聞くだけ野暮ってモンですよ、ははは。
―――いやしかし、ほんとリンって胸ないなー。まああるっちゃあるんだけど、柔らかさとか大きさに致命的なものを感じる。これは将来性に期待、なのかな?
肌の柔らかさや触り心地は及第点だけど…期待させてくれ、頼む。俺はまだリン(の胸)に絶望したくないんだ。数年後にはせめてグミちゃん並みに。可能ならルカちゃん並みに。…おいそこで性少年とか言ったやつ誰だ。違うんだってマジで、浪漫だよ、浪漫なんだよこれは!
「………やっぱりダメかー」
不意に、ごく近くでそんな呟きが落とされた。
何事、と思ってリンの顔を見ようとするも、腕のロックで身動きが取れない。多少足掻いてみても、俺の視界はつやつやしたフローリングの床とそこに散らばった金髪しか捉えられない。
おーいリンたーん、俺もそろそろ苦しいし、いい加減放して欲しいんだけどなー。
「…何がダメだったんよ」
とりあえず話を進めるために、リンの呟きに食い付いてみる。俺の息でリンの細い金髪がさらさらと揺れるのを、ぼんやりと眺めながら。
「ちょ、レン、そこで喋んないで」
「はー?」
「首筋こそばゆいじゃない」
「…お前ね、だったらこの手外せって」
「嫌ぁ」
「うわーい典型的なワガママさんだー。で何でこんな事してんの」
「…」
腕に込められた力が一層強くなって、俺は改めてリンの耳元に鼻先を埋める形になった。ほんのりと、甘いシャンプーの香りが嗅ぎ取れる。
特に感傷も滲ませないまま、リンの声が部屋に響いた。
「…あのさあ」
「ん」
「私ね、ずっと、私とレンって同じ存在だと思ってたんだ」
「ほう」
「中の人も同じだし、レンって鏡に写った私らしいし、大体顔のパーツも一緒じゃない。…でもなんかさ、つまり実際のとこって、右手と左手なのよね?」
「…?ごめん、お前の言いたいことが分からん」
「むう」
不満げな唸り声と共に、下に敷いた体が身じろぎをする。暑いのか、さっきはひんやりしていたリンの肌が、今では熱を持っていると分かる。それでも腕は解こうとしない。何か知らんが徹底してんのな。
「あーあ、こうして合わさってみれば、はっきりすると思ったんだけど…そーでもないみたいだねぇ」
「あのさリン、お前、なんかさっきから要領得ない事ばっか言ってんぞ」
「別にレンは聞かなくて良いのよ?」
「…うわあー、可愛くねえ…」
「お黙りっ!」
「はーいはい、すみませんでした」
あんま怖くない怒り方は、リンが俺にじゃれているサイン。怒ったりデレたり、なんとまあ忙しい奴なんだろう。
そんなこと言うならくすぐるぞー、だとか、油断してると引っ掻くぞー、なんてふざけ合いを暫くやってから、不意にリンの両腕が首から離れた。
「ま、いっか」
ふう、と吐息が俺の髪を靡かせるのを感じる。
「悪かったわね、時間取らせて。気が済んだわ」
何がどう解決したのか、こっちには全く分からないままなのはなんとなくすっきりしない。
なので、俺は動く事なくリンの動きを封じたままで黙る。
リンも何を俺が考えているのか分かったらしく、暫くむにゃむにゃ言ってから言いにくそうに理由を口にした。
「だから、その…まあ、鏡合わせ同士合わさってみれば鋳型みたいなものが分かるかな、と思ったの。分かんなかったけど」
「あ、そ。そういうことだったんか」
ぱちりと開かれた青くて大きな瞳が俺を見る。
「レンは分かってたりする?私達の原型。または理想形」
知らねー。…って言うのは簡単だけど、この状況で即否定ってのも如何なもんかと思って、俺は柄にもなく真面目に思考を巡らせてみた。
が、しかし。
「…ごめん、わかんねーわ」
「…でしょうよ。まあアレね、それは個人個人で考えろっていう、よくあるタイプなのかもね。それならそれでいいかも、うん」
「自己完結しやがった」
「じゃあレン考えてよ。でもって答えも見つけてよ」
「めんどい」
「私もよ」
「…駄目じゃん」
「駄目じゃないわ、一応綺麗っぽく纏めたんだから。ああもうレン重い、どいて!」
それは流石に理不尽な気が…まあ、手をほどかれたのに離れなかった俺も俺か。
さして急ぐでもなく、緩慢な動きで身を起こす。勢いをそのままで体を反転させてリンの隣に腰を下ろすと、そこでようやくリンも上半身を起こした。
くああ、と大きく伸びをする姿が眠そうで、思わず笑いが零れた。眠いんならちゃんと布団で寝ろよー。
さて、リビングに行ってテレビでも見るか。そんなことを思いながら立ち上がると、後ろから思い切り肩を掴まれた。
犯人―――リンに文句を言ってやろうと、振り向きざまに開いた口に…柔らかい感触。
は?
「お・れ・い」
にや、とリンが笑う。
いやお礼って。お礼ってお前。
普っ通、そこで唇にキスするかあああ―――!?
「ば、おま、ちょ」
「足りない?じゃあもっかい」
「お願いします!…じゃなくて、何してんのー!?」
「嬉しいくせにー」
「当然だろ!…でもなくて!」
何故かにゃんにゃん俺にキスしてくるリン。あああああ、やめろ馬鹿!俺の留め金が粉砕される!というかもう融解する!これはアレか、もしかしてぎゅっと抱き締めたりして良いのか!?良いんだな!?よしなんかもーいいや。あー思った通り胸以外もやわらかい体してる!
触り心地いいなー、なんかいい香りもするし!
その時だった。
「あのー…鏡音リンちゃん、鏡音レンくん…なにしてるの?」
…そんな声が、ドアの方から聞こえたのは。
「…あ」
俺達の動きが固まる。
よりによって、今。
リンがキスしようと顔を寄せて、俺がその体を抱き締めちゃったりなんかした、今。
「…ミク姉…」
タイミングとしては、ある意味、完璧。
「きゃ―――!リンとレンが大人の階段を上っちゃうぅー!!カイ兄、めーちゃん、ルカちゃん、カメラカメラーっ!!」
「な、何だって!?」
「デジカメスタンバーイ!」
「これで待ち受けは決まりましたね!」
「違うから!ミク姉違うから!」
「そうだよ誤解、ってああみんな集まってる!?」
…リンからのお代は、後ほどこっそり頂きました。二人きりの時にね!
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ご意見・ご感想
初めまして、目白皐月といいます。
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そして、結局、お礼はもらえたんですね(笑) でも、この状態のミクたちを振り切るのは、色々と大変そうです。
2011/08/04 00:55:20
翔破
初めまして、コメントありがとうございます。
頭に浮かんだ内容を割と素のまま文章にしたものだったので、反応が頂けてとても嬉しかったです。
ちなみに、しばらくは年上の人達の追求が激しかったので、二人して自分の部屋に閉じこもっていました。お祭り騒ぎの大好きな一家なもので…
こんな感じで好きな物を好きなように書いていますが、今後も暇な時などに立ち寄って頂ければ幸いです!ありがとうございました!
2011/08/06 00:22:31