リビングのソファで、カイトはマスターから貰った新曲を確認していた。マスターからはまだ制作途中だから、との一言も付いていたが、それでも曲を貰って歌うことが出来るのは嬉しい。
そんなカイトをこそこそと扉や壁の影から観察している一団、というか者達がいた。
否、観察、というよりは寧ろ声を掛けるタイミングを見計らっている、と言った方が正しいのかもしれない。
「・・・で、どーすんだよ」
「そ、そんなの、考えてないよっ」
レンの言葉にミクは慌てた様子でそう答える。どちらも小声で、だったが。
レンは軽く溜息を吐いた。そうか、計画性は元々期待する方が無駄だったか。
「・・・リンは?」
「ん~、お兄ちゃん、今はマスターから貰った曲に集中してるからどっちにしろ無理だとは思うけどね」
まぁ、そうだろう。ボーカロイドなのだから、曲を貰って嬉しくない筈はない。
至極当然の一言に、ミクもレンも軽い溜息を吐いた。
「まぁ、仕方ないよね」
「だな」
その場は見守る、といった雰囲気になった三人は互いに笑い合ってそんなことを言った。
ただ、悠長な事も言っていられないのもまた事実だった。
それは、数日前。
「えー。では、これから会議を始めます」
こほん、と前置きをしてから、そう口火を切ったのは進行役のメイコだった。そこには、ミク、リン、レン、ルカが揃っている。
「議題は解ってるだろうけど」
当然だ、と言う様に、こくりと一同が頷いた。
確認するまでもなかったわね、と内心で呟いてから言葉を続ける。
「当日の事はマスターの協力の下、既に整ったも同然。・・・で、残るは」
「・・・・・・」
そうなんだよね、と頷きながらミクが困った、という表情で頬杖をつく。
もうすぐ迎える、一年に一度の大事な記念日。
カイトの誕生日だ。
ささやかながらパーティを開くのはマスターも巻き込んで計画済み。寧ろ喜んで賛同してくれた。
それは良かったのだが、ここに来て大きな問題が持ち上がっていた。
それが、今回の会議の議題でもある、最重要課題。
「プレゼント、ですよねぇ・・・」
ルカも溜息混じりにそう漏らした。
「変に拘るより、いっそストレートにアイスで良いんじゃね?」
レンが、既に何度開かれたか解らないこの会議――・・・その都度結論が出ずに結局解散になっていた―に、いい加減終止符を打ちたくてそんなことを言う。
「何て事言うの!」
「ふべっ!?」
間髪入れずに、隣に座っていたリンの拳がレンの顔にヒットする。
辛うじて吹き飛びこそしなかったが、椅子から転げ落ちそうになるくらいには衝撃があって。慌ててバランスを取ったから良かったようなものの、そうでなければ拳以外での別な衝撃と痛みとこんにちは、するところだった。因みにこの部屋の床は傷が付きにくいように、とコーティング済みのフローリングだ。
「な」
「そりゃあ、お兄ちゃんアイス大好きだけど折角の誕生日なんだから、アイス以外でももっと喜んで欲しいとか思わないの!!?っていうか、アイスに負けない何かで喜んで貰いたいじゃない!」
殴打による衝撃と痛み、その他諸々に抗議しようと口を開きかけるが、リンがそれより早く捲し立て、「な」にすんだ、という言葉をレンは飲み込まざるを得なかった。
「リンー暴力は馬目よ、暴力はー」
殆ど棒読みで、一応メイコがフォローにならないフォローをする。
「っていうか」
メイコは一度言葉を切った。
その顔に何処か諦めすら滲ませながら、彼女の視線は遠くへと旅立っている。
「マスターの買ってくる高級アイスのセットに見劣りしない、且つ勝てるアイスを用意できるなら、まぁそれでも良いんだろうけどねぇ」
「・・・・・・・・・・・・・・・済みません。無理でs」
立ちはだかる強敵の大きさにレンは白旗を揚げるしかなかった。内心でマスターの財力を半ば本気で呪いながら。とはいえ、カイトならアイスを用意した、というだけで喜んでくれるだろう。
だが、確かに、それはそれで面白くない。
どうせならアイス以外で、というのも悪くない考えだし。それが一同の共通の認識だった。
そんな時、ミクが口を開く。
「なら、矢っ張り本人の欲しいものをプレゼントするのが一番だよね」
発想を転換させてアイス以外を贈るとして。喜んで貰いたいし、喜んで貰えるものを贈りたい。
出来ればアイスに見劣りしないクラスのものを。
「お兄ちゃんの・・・欲しいもの・・・?」
ミクの言葉に、リンが呟いて考え込む。それは他の皆も同じだった様で、各々が考え込んでしまっていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お兄ちゃんの欲しいもの、って・・・・・・・・・・・・何?」
暫くの沈黙が流れた後。
リンの言葉が漸く沈黙を破った。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
誰も、何も答えられなかった。
カイトの好きなもの、といえばアイス一択と言っても過言ではない認識だったから。
それは、誰もが同じだったようで。奇しくも、流れる沈黙がそれを証明していた。
「・・・・・・」
「・・・それとなく、本人に聞くしかないわね・・・」
「ちょ、姉さんがそれ言うの!?」
はぁ、と溜息混じりにメイコが言うと、レンが、少なくとも自分たちよりも長い付き合いなんじゃないか、という意味も含めてそう抗議の声を上げる。
「本人に聞くしかないわよね?」
「・・・・・・・・・ハイ・・・・・・」
が、メイコは笑顔でそれを黙らせた。
「ですが、折角のプレゼントですから、当日まで内緒にしておきたいですよね」
「そうだよね!」
ルカがさらっと横からハードルを上げ、ミクも良い笑顔でそれに同調する。
「じゃあ、各々カイトに気取られないよう、欲しいものをリサーチするっていう事で良いかしら」
「賛成!」
「おー」
リンが楽しそうに声を上げた。否、絶対に楽しむ気満々なのだろう、目が輝いているのが解る。レンもまぁ、大筋には異論はない。
「で、解ったら、みんなに知らせること。良い?」
「はーい」
「これは・・・重要なmissionですね・・・」
元気に答えたミクと対照的に、ルカは真剣な表情でそう呟いていた。
次の日。
その日、ルカが珍しく率先してキッチンに立って何かをしていた。一応、家事はマスターを含めて持ち回りの当番制。だが、あまり炊事が得意でないと自分で認識しているルカは、普段当番を渋ることが多かった。
上手くできない云々は仕方ないにしても、それで出来上がった、お世辞にも美味しいとは言えないものを出さざるを得ないのがひどく心苦しいから。
それでも、最近は漸く努力の甲斐が現れ始めている。
まぁ、実際は更に上を行く壊滅的な腕前がいるのだが、幸か不幸かルカはその腕前を知らなかった。
「これでいいですね」
うん、と納得した様子で目の前に用意されたカップにお湯を注ぐ。
よくみれば、カップの上にセッテイングされているのはドリップオンコーヒー。マスターが自分用、来客用にと隠してあった高いものだった。何故場所を知っているのかは秘密である。
流石に、インスタントよりも香りが良い。
それに満足してルカはコーヒーを淹れ終えると、それを持ってリビングへと向かった。
「カイトさん?」
声を掛けると、カイトは手にしていた譜面から顔を上げた。
「あれ?良い香りだね」
ルカが用意したコーヒーを見て、そう言って微笑む。
「えぇ。淹れてみたんです。・・・どうぞ」
「ありがとう」
にっこりと微笑んで、カイトはカップを受け取ると、慣れた手つきで香りを楽しんだ後、一口味わう。
「・・・」
「うん、香りも良いけど、美味しいね」
「あ、・・・そうですよね」
嬉しそうにそういわれ、ルカは一瞬返答に困って、そうとだけしか言う事が出来なかった。
「・・・・・・」
コーヒーを堪能するカイトに、ルカはあれ?と内心で首を傾げる。何か忘れているような気がする。
「あ!砂糖とミルク・・・!」
気付いて声を上げた。
「大丈夫だよ?」
慌てて立ち上がり、取りに向かおうとするルカに、カイトはやんわりと声を掛ける。
言いながらも、カイトは満足そうにコーヒーをブラックで呑んでいた。
「・・・」
その様子をしげしげと観察して。
「えっ・・・と。ブラックで良かったんですか?」
「うん」
即答され、ほっとしたものの、これでは計画が台無しである事にはっとする。
アイスが好きなら、きっと甘いものも好きなのだろうと予想考えて。カイトの好きなアイスに匹敵するお菓子か何かを聞きだそうと考えていたのに。
どうやら、様子を見れば、別に「甘いもの」が好きな訳では無いのか、と予想してみる。
「えーと、甘くなくて良いんですか?」
「うん。アイスは大好きだから別だけど」
カイトが当然のように答えた事で、予想が確信に、というより確定へと変わる。
(甘いものは論外・・・!)
がらがらと、立てていた計画が瓦解する音を聞いたような気がした。
「そ・・・そう、なんですね」
フリーズしそうになるのを必死で堪え、ルカは何とか笑顔を浮かべる。引き攣っていないか心配でもあったが、それどころではない。
「・・・?大丈夫?どうかした?」
どことなく様子のおかしいルカにカイトは心配そうに尋ねる。が、ルカは慌ててぶんぶんと首を横に振って立ち上がる。ホントに、変なところで勘が良い。
ばれてしまっては、折角驚かせようとしているのに意味が無くなってしまう。
「ど、どうもしてません!・・・大丈夫です!」
まくしたてるようにそう言って、ルカはぱたぱたと奥へと走り去っていってしまった。
「・・・?えーと・・・??」
訳がわからないまま、一人残されたカイトはどうして良いか解らず何時もの微笑にぽかん、と口を開けた状態でルカの背を眺め、見送った。
ルカが華麗に敗走した次の日。
その日の炊事当番はカイトだった。
せっせと夕飯の片付けをする彼に、声を掛けるタイミングを見計っていたのはメイコだ。その手には既に酒がなみなみと注がれたカップがあった。
「めーちゃん、呑み過ぎないでよ?」
「ん~」
生返事を返しながら、カップを傾ける。メイコに気取られないように軽く溜息を吐いて、カイトは最後の食器を片付け終えた。
それに気付いたメイコはねぇ、と声を掛ける。
びくっ、とカイトが驚くのが解った。
「何?」
「え、否、何でも・・・」
目が泳いでいるカイトをメイコはじっと見据える。が、すぐに「そう?」と呟いて肩を竦めただけだった。カイトはカイトで、溜息が聞こえていなかったことが解って漸くほっとする。
酔ったメイコに絡まれては堪ったものではない。
「そ、それで、何?」
話題を逸らす意味も含めてカイトはメイコにそう聞き返した。
「ん~・・・っとねぇ・・・」
メイコはそんなことを呟きながら、言葉を探しているようで、一度押し黙る。
カイトはその沈黙の間メイコの言葉をゆっくり待った。
暫く、考え込んでから。
「――・・・・今、欲しいもの、何?」
何という直球。
隠れて様子をうかがっていたミク、リン、レン、ルカは思わず唖然として。一瞬思考停止した後、
『姉さんがそんな直球勝負でどうするんだ!!!』
と心の声、というか絶叫が一つになった。
そんな彼らの心の声など意に介される訳もなく。
カイトはきょとん、とした後、う~ん、と考え込む。
「・・・欲しいもの・・・?・・・そうだなぁ・・・」
考え込むカイトの視線の先には冷蔵庫。引き寄せられるように、カイトが冷蔵庫へと向かうと、メイコは呆れたように溜息を吐いた。
結局やっぱりアイスなのか。
そんなことを考えていると、カイトが冷蔵庫の中身を確認しながらぶつぶつと呟く。
「あ、やっぱり食材足りない・・・。・・・なんか、最近減りが早い気がするんだけど・・・」
「・・・・・・・・・・・」
予想の斜め上をいく返答に、メイコは思わず言葉を失う。
その原因には心当たりがあるものの、あえてそれは口にしなかった。それよりも。
「えーっと、カイト・・・?」
「んー?」
カイトは冷蔵庫のドアを閉めながら振り返る。
「そうだねー・・・。食材は欲しいかな」
「・・・・・・・・・あー・・・そう、ね。後で買ってくるわね・・・・・・」
否。浪費している原因達に買いに行かせよう、そうしよう。
半ば、諦めの体でそんな結論に達する。
「あ、それなら、ついでに他に頼みたいのもあるんだけど」
「・・・リスト作っといて」
ぱっと良い笑顔でカイトにそう言われ、がっくりと肩を落としながら、メイコは漸くそれだけ言った。
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