籠の中の人2
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妾が目の届くところにいたんじゃ評判にかかわる。
旦那様の弟の妻にそんなことを言われて、私は蔵に移り住まされた。
蔵からは積み荷がどけられ、二階の窓を開ければ風通りもよかった。若旦那が配慮して下さったのだ。だかそれより何より、そこからは若旦那の部屋が見えた。
「…お前を捕らえたみたいで、かわいそうだ」
若旦那は体調がよい日は庭に出られるようになった。
そして蔵の前まできて、私に会って下さる。
「そんなことはありませんよ」
「、あのね、今日はお店の商いをしてね。町を歩いたのは久しぶりだったよ」
「それはよろしかったですね」
若旦那は少しだけ健康になられた。
旦那様の弟夫妻はとても喜び、若旦那に商いを教え始めた。若旦那は楽しいようで私に会いにくるたびに教えてくれる。
私の頬を撫ぜ、
「僕が元気になったのはお前のおかげだよ。早く一人前になってお前と祝言を挙げたい」
「…え」
私は若旦那の言葉に息が止まった。
しかし若旦那は私の顔を覗き込み、首をゆるく横に振る。
「…大丈夫。今私に任せられた商いがうまくいけばね、認めてもらえると思うんだ。ねぇ、昔は僕は、外は怖いところだと思っていた。でもお前との暮らしのために働くと思えば、外に出られるんだ」
なだめるように手を取られ、私は何も言えなかった。
空が青い日に、蔵の窓から見れば若旦那は庭に背を向けていた。
横には旦那様の弟夫妻がいて、向かいには壮年の夫婦と美しい娘がいた。
鮮やかな着物を着て、髪を綺麗に結い上げた若い娘。娘は、若旦那を見つめて頬を染める。
若旦那は黙っていた。
旦那様の弟夫妻と、娘の父母が話し合い、話はまとまった。
皆がいなくなっても、若旦那様は私のいる蔵の方を振り返ろうとなさらなかった。
ただ、泣いているように震えていた。
それから少し後に、若旦那様は祝言を挙げた。
「商いのお話をされにうちにいらした時にお見かけして、はしたなくも、恋い焦がれておりました」
若旦那様と祝言を挙げたのは、あの若い娘だった。
そして娘はその夜から若旦那様の褥に侍る。
私は毎夜、蔵の窓を閉め切った。すすり泣く声が若旦那様に聞こえてしまいそうで、不快にさせてしまうのが怖かったのだ。
それに、相手は私よりも美しい娘。裕福に育てられた賢そうな娘。やわ肌の穢れのない娘。娘の方が若旦那様には相応しいとも思っていた。
そして、私の住む蔵の扉には外から鍵がかけられるようになった。
きっと、妾など見せまいとする鍵だった。つまりはあの娘のためなのだ。
「……死んで、空へ逝きたい」
私は蔵の木の床に爪を立てながら唱える。
でも蔵の部屋の中央には、以前に若旦那にいただいた赤い花柄の着物が衣桁にかかっている。
死ねばこれは現世のもの、私のものではなくなる。もしやあの娘が着るかもしれない。
「………、…若旦那様も私のことなど、っ、忘れてしまうかもしれないわ」
どれも、死んでも厭だった。
私は身を小さくして蔵で暮らした。
嫉妬深い娘は若旦那様に朝も昼もまとわりついた。夜は離れもしなかった。若旦那様は私のところに来ようとして下さったけれど、誰もそれをさせなかった。
「…、…」
私はその夜も一人で泣き過ごしていた。
毎夜毎夜、火も消して膝を屈めて力尽きて寝入るまで泣くだけの繰り返しだったから夜の音は聞き慣れていた。
夜が深まれば人通りもなくなり、見回りの声も犬の声もやんでいく。そして職業ゆえに起き出す者が出る少し前に、わずかに完全な無音が訪れる刻がある。
その中に、木戸が開く音がした。
「……、…?」
なぜか虫の知らせのように胸騒ぎがした。私は床から出て、蔵の扉に手をかける。いつ鍵が外されていたのか、扉は開いた。
しかし白い漆喰の扉の向こうで、屋敷の障子が燃えていたのだ。
「ッ!?」
私は息を飲んだが、偶然にも差し込んだ月明かりに照らされて、火事ではないと気付いた。
まだ、その方が良かったかもしれない。障子を染めていたのは人の血だった。
障子は血で濡れていた。破れてもいた。そこに横たわる奉公人から悲鳴もないのは、同じように店中で横たわっている奉公人たち同様、刺し殺されているからだろう。
しかもそこにいたのは死体だけではなかった。よくこれだけのという数の胡乱な風体の男が屋敷の中にはいて、起きてはいない者まで殺していく。
そしてまた私の目の前で、旦那様の弟の妻が若い男に追われ、斬り殺された。
ためらいなくその若い男は廊下を闊歩した。他の男たちに指示を出し、数人の供を残して金蔵の方向に走らせて、
「ッ」
庭に出た男たちから隠れ、私は咄嗟に藪の中に身を伏せる。
運よく見つからなかったらしい。しかしそこから見た、若い男が向かう方向に青ざめた。
若い男は若旦那様の部屋へと歩いていく。
なぜか迷いなく障子を蹴破った。あの娘の悲鳴が聞こえた。そして、
「――駄目ぇえッッ!!!」
叫んだ私をその場の二人が振り返った。
若い男の血濡れた刀の下に娘の死体がある。そして若い男はさらに若旦那様を押さえ込んでいて、
「……ぇ、」
しかし、私は若い男の顔に見覚えがあった。
若旦那様に跨る若い男は、華奢だが精悍だった。でも、見たような顔をしていた。
そしてそれは若い男もそう思ったらしい。私たちは互いの生き写しのような顔立ちに、言葉もなく見入る。
しかし、若旦那様は私を見たまま驚いた顔を崩さなかった。
「……お前、その腹、どうしたの…?」
私に問いかける若旦那様の声は、震えていた。
私は最近なぜか膨れている腹を見下ろす。帯が閉めにくいし不格好だった。若旦那様の祝言から腫れ出したから、お会いしたいとこいねがいながら見られなくてよかったとも思っていた。だが、若旦那様に相談もしたかったのだ。
病かもしれない、と。
死ぬなら、せめて若旦那様の腕の中がいい。
でも、若旦那様は私が何も告げぬ内に、顔を歪めた。とてもとても哀しく辛そうに顔をしかめて、
「…っ…僕は、まだお前を抱いていないよね…?」
泣き出した若旦那様に、私に似た顔の若い男が憐憫の目を向けてきた。
「――ッ、お頭、いましたぜ!」
その時に私に似た顔の若い男の徒党が、金蔵の方向から旦那様の弟を引き擦ってきた。そして旦那様の弟も、私の姿を見て息を詰めた。
しかし、卑しく笑う。
それで、私は悟った。
膝から崩れ落ちる。重い体が汚らわしかった。そしてそれ以上に、私を見る人の眼がうとましい。
「……そいつを殺して。夜盗でしょう?…ッ早く殺してよぉおおッッ!!!」
白々と、夜が明け始めていた。
店はさらに大きくなった。
夜盗により店の主人が代わったが、むしろ一新されたようだという。何でも新しい番頭が若いにもかかわらず鬼才だとか、妾が後継ぎを生んだとか、とにかく持ち直してからはすこぶる評判がいい。
そして、夜盗騒ぎの中で唯一生き残った先々代の主の息子は再び病に伏した。
妾は店の主に代わって店を切り盛りしながらも、店の主に箸の上げ下げさえさせなかった。
「――……かーごめ、かごめ…」
妾は己の子をあやしながら、顔を上げる。
よく似た顔の番頭は妾に小さくうなずき、主人の部屋へと進んだ。
「かーごの中の鳥はー…いついつ出やるー…」
番頭は寝たきりの主人の横に膝をつき、主人の顔を見つめる。
番頭は生き別れた妹の歌う声を聞きながら、心がこの世の人ではなくなった主人の優しげな顔を撫でた。
「――……あんた、俺を覚えてるかよ?」
「夜明けのばーんにー…つーるとかーめが滑ったー…」
後ろの正面だぁれ?
終り
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「籠ノ鳥」
作詞:まなみん
作曲:MazoP
編曲:MazoP
唄:鏡音リン
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