月曜の昼休み、俺はミクから、巡音さんが階段から落ちて、入院する羽目になったと聞かされた。
 階段から落ちただけならドジだなあ、で、済むが、入院となると大事だ。何だってまた、と思ったが、ミクも細かい話は聞いていないらしい。
「そういうわけだから、わたし、放課後はリンちゃんのお見舞いに行ってくるわ」
 弁当を食べながら、ミクは俺にそう言ってきた。それは確かに心配だろう。
「そうか、お大事にって言っといてくれ」
「うん。あ、それとね、鏡音君を連れて行くことにしたから」
「……はあ」
 俺は思わずため息をついた。こういう時にまで、そんなことを考えているのかお前は。
「なあ、ミク。俺、今日は部活なんだけど」
「知ってるわよ」
「なら、レンも部活だって知ってるだろ?」
「休むんじゃない? 少なくとも、わたしには行くって返事したわ。血相変えて」
 あ~そうですか。なんだかその状況が目に浮かぶぞ。あいつがああいう奴だったとはなあ。
「レン、他に何か言ってたか?」
「リンちゃんの容態心配してたわ。でも、わたしにメールできるぐらいだから、命に関わるような怪我じゃないと思う」
 そりゃ、意識不明の重態とかだったらメールすらできないよな。……不幸中の幸いって奴か。
 とにかく、レンはミクと一緒に放課後に巡音さんのお見舞いに行くのか。多分ミクのことだから、レンを連れて行くことは黙っているだろう。巡音さんが病室のベッドの上で、いつミクが来るんだろうかと考えているところに、ミクと一緒にレンが入って行くわけで……。
 驚いてる巡音さんにレンが駆け寄って、「大丈夫だったか?」って、訊くんだろうなあ……でもって、手とか握っちゃったりして。で、それを見ながらミクがにやにや笑ってるわけね。
 微妙にいらっと来る光景だと思うのは、俺だけだろうか。


 そういうわけで、この日の部活にレンは来なかった。巡音さんが手伝っていた公演の台本はできあがっていたので、グミヤがそいつをみんなに配る。木曜には配役を決めたいので、それまでに目を通しておけ……ね。俺はため息をついて、台本を鞄に入れた。
 部活が終わり、帰ろうとすると、蜜音とグミが話しているのが聞こえて来た。
「鏡音君、今日はどうしたのかしらね。学校には来てたみたいなのに、部活に出て来ないなんて」
「鏡音先輩なら、友達が入院したからお見舞いに行くって、昼休みにグミヤ先輩に連絡がありましたよ。あのね、蜜音先輩、あたし、思うんですけど」
「何?」
「入院したのって、巡音先輩じゃないかって思うんですよね。蜜音先輩、何か知りません?」
 わくわく、といった感じのグミ。お前は蜜音に何を訊いてるんだ。
「巡音さんって、この前コウに絡まれてた綺麗な子?」
「そうですよ。ちなみに、鏡音先輩が遊園地で一緒にいたのも巡音先輩です」
 そういやあの時、レンがグミヤとグミに会ったって言ってたよな。グミ、お前は拡声器か。
「ああ、あれ、あの子だったんだ」
「それで蜜音先輩、何か情報は」
「ないわよ。私、隣のクラスだし」
 グミは残念そうな表情になった。……こいつは何がしたいんだろう。
「でもあたしっ! 鏡音先輩って絶対巡音先輩のことが好きだと思うんですよっ!」
 えらく力を込めて、グミはそう断言した。おーい、部室中に聞こえてるぞ。俺はレンが少し気の毒になった。
「コウ君をあんなすごい勢いで追い払ったのだって、巡音先輩に寄ってくる変な虫に我慢がならなかったからだと思うんですっ!」
 おいおい……お前の感覚だとコウは変な虫なのか。今度はコウが気の毒になってきた。
「それ以前にコウは産業廃棄物だけどね」
 うわ……蜜音、お前は冷めきった口調で何てこと言うんだ。はっきり言ってかなり怖い。あ、ちょっと向こうにコウがいて、ショックを受けた表情をしている。
「だから多分入院したのは巡音先輩で、鏡音先輩はそれを聞いていても立ってもいられず、部活も休んでお見舞いに……」
「お~い、グミ! 帰るぞ~っ!」
 帰り支度を終えたグミヤが、グミに向けて叫んだ。グミがはっと我に返る。
「あ、蜜音先輩。グミヤ先輩が帰り支度終わったんで、あたしもう失礼しますねっ!」
 そう言うと、グミはだだっとグミヤの方へと駆けて行った。そしてグミヤの腕に飛びついている。……グミヤって、よくあいつとつきあってられるなあ。
 さて、俺も帰るか……そう思っていた時、俺の制服の裾をつかんだ奴がいた。誰だと思って振り返る。……コウだった。
「何やってんだお前」
「初音先輩ひどいですよっ!」
 コウは俺に、そんなことを言ってきた。
「……何が」
「鏡音先輩が巡音先輩を好きなこと、知ってたんでしょっ! だったらどうして僕をけしかけたりなんかしたんですかっ!」
 え……そりゃあ……なんか面白くなかったから……なんて言えるかあっ!
「うるさい俺だって、レンが巡音さんにあそこまで熱をあげてるなんて知らなかったんだよっ! ただの友達だと思ってたの!」
 ……嘘は言ってない。俺がレンに対し、「こいつ結局あの子が好きなんじゃん」と思ったのは、レンがコウと揉めてからだ。
「でも初音先輩、鏡音先輩とは仲がいいじゃないですか。全くちらっとも気づいてなかったんですかっ!?」
 コウはしつこかった。うるせえそういう話をしてないんだから、仕方ないだろっ!
「初音先輩が一言『やめとけ』って言ってくれてたら……」
 うん? なんだよこいつ、もしかして俺のせいにしてるのか? ちょっと待てよおい。
「俺のせいにしてんじゃねえよ、お前は」
「えっ……」
 全くこいつは……一体何なんだ? そりゃ、俺は確かに積極的に行けとか、無責任なアドバイスはしたよ。でも、最終的にどうするかを決めたのは、お前だろ。それに、お前がいきなり抱きつくだなんて、頭のネジが外れた行動取らなければ、レンをあそこまで怒らせることもなかったんだ。
「お前の気持ちって、俺が一言警告したら消えるレベルだったのかよ。言っとくけど、あの二人は別につきあってるわけでもなんでもないんだぜ? それなのに警告もへったくれもあるか。恋は早い者勝ちじゃねえ。レンがお前の恋愛感情のこと、『吹けば消えるロウソクみたいに儚い』って言ってて、あの時はひどいこと言うな~って思ってたけど、本当にそのとおりだよ」
 コウは泣きそうな表情で固まってしまった。……ちょっと言い過ぎただろうか。いや、これくらい言っといた方がいい。時には厳しい躾も必要だ、うん。
「わかったらもう一度、色々と考えてみろ。俺に言えるのはこんぐらいだ。じゃあな」
 俺はコウを残して、部室を出た。


 コウのせいでなんだか疲れた気がする。そんなことを思いながら、俺は帰宅した。着替えるか……自分の部屋に入る。着替えが終わった辺りで、ノックされるドア。
「誰だ?」
「わたし」
 なんだミクか。何の用だろ。「入ってこいよ」と声をかける。
「クオ、お帰り」
「あ~、ただいま、ミク」
 ミクはとことこと部屋に入ってきて、椅子に座った。俺は勉強机の椅子に座る。
「で、どうだったんだ、巡音さん」
 一応訊くのが礼儀だろう。
「あ、うん、大したことないって。ただ階段から落ちた時に頭を打ったから、様子を見る為にしばらく入院する羽目になったって」
 頭か……頭を打つのって、実はかなり怖いんだよな。もう随分昔だけど、有名な声優が階段から落ちて頭を打って亡くなったことがあるっていうし。その時も本人は最初「なんともない」って言っていたのに、後で急に容態が急変してあの世に行っちゃったっていう話だし。
「頭か……頭は危ないもんな」
「ええ」
 真面目な表情で、ミクは頷いた。
「で、レンはどうだった」
 訊かない方がいいような気もするが、俺は一応訊いてみることにした。ミクがぱっと笑顔になる。
「二人とも、すごくいい雰囲気だったわよ。お花活けに行くって口実で、しばらく二人きりにしてあげたの。わたしが戻ってきたら、鏡音君はリンちゃんの手を握ってたわ」
 くすくす笑いながらそう言うミク。うわ……予想どおりじゃねえか。面白くない。
「あ~、そうか、そうか、良かったな」
 俺は投げやりな調子でそう言ったが、ミクは相変わらずにこにこ笑っている。……ちっ。
 というか……レン、巡音さんのことが好きなら、頼むからとっとと告白してくれ。俺はつきあわされるのに疲れた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 第四十九話【クオ、部活にて】

 自分で作っておきながら言うのもなんですが、この一年生、本当にバカですね。

閲覧数:988

投稿日:2012/01/27 19:02:16

文字数:3,470文字

カテゴリ:小説

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