――――――――――#5
廊下から玄関の扉、門は開け放たれていて、その先にサイドカー付きのバイクがあった。エアバギーでない、タイヤ付きのビンテージだ。左付きで、エンジンは既に掛かっている。
「任務ご苦労」
ネルはサイドカーの後方で偉そうに腕を組んでいる何者かに振り向き、手を振る。影の中の人物は気軽そうに少し右手を上げた。
「お前運転しろよ。私が射撃と索敵をやってやる」
そのやり取りをした時には、二人はそれぞれシートに座っていた。
「最初から運転する気ないじゃないですか。サイドカーと私の真ん中に立ってケイタイ弄って」
不平を言いながらも、淡々とギアアクセルブレーキを確認する。ネルも足元のブレーキを踏み踏みして、サイドカーには駆動系がないのも確認する。
「ああ、たまたまだたまたま。目的地は基地だ。いけよ」
ハクはバイクを急発進した。ネルはおおう、と呻き声を上げながら、ガラケーとハードディスクレコーダーを両手に操って状況を確認する。
「あいつは見ない顔だな」
「そうでしょうね」
「また情報部か」
「情報部という部署はありませんが、そのような物です」
「クリフトニアの連中は情報部が好きだな」
「褒め言葉と受け取っておきます」
「おう。それにエアバギーじゃなくてタイヤの奴を寄越して来たのもポイント高いな。6弱音ハクをつけてやってくれ」
「ええ、エアバギーは風に煽られますから。って、何故単位が私の名前なのですか」
「そりゃー6つるぺたより6ちちぶくろの方がプレミアあるだろ」
「そうでしょうね」
「調子のんなよ」
「なぜ……」
若干おこのネルがブレーキを踏むと、バイクは左に曲がって行く。ハクは最短の道のりを選んで右折する。ネルのブレーキで道を指示すると言う、暗黙の了解が5分で出来上がった。
無言のまま、20分程度遠回りし続けていたら、左折する場所のない道でネルが軽くブレーキを踏む。ハクがネルに目をやると、「真っ直ぐ同じ速度で進め」と、口で言った。
「そろそろだな。あいつの理論では今頃、鏡音は屋上で見知らぬ女とデートなうだ」
「はあ?それはなんてエロゲ、と聞けばいいのでしょうか」
「まあ、鏡音は当然何も知らないからな。健音テイは侵入した敵基地で一般人の美少年を逆ナンする構図になる。鏡音レンはたまたま星を見たいと思って屋上に上がって、そこに敵軍の将校がたまたま居合わせて、こうエロゲ的な展開がな?わかるな?」
「エロゲで例えるなら私も製作スタッフですからね」
「だよな!謎の美女将校が敵軍でとかいうネタバレは必要ないな!」
「もっと真面目な理由がある所まで知っていますので」
「ですよね!」
「で?」
「はい」
ハクはちょっと不機嫌になると言葉が少なくなる。『緘黙症』とかいう病気らしくて、本人がそう言っていたから間違いないのだろう。このカンモクショウをし出すとハクは色々と勝手に段取りを組む。ネルからすれば厄介なだけだが、これで『黙示録のヨハネハク様』とかいう渾名の付く実績を残した事もあるらしい。ポジティブに言えば不言実行くらいのもんであろう。
「つまり、氷山の企画だとこうだ。鏡音レンは機密をそんなに知らないから、健音テイからすれば一般人同然で、無慈悲に殺したりはしないだろうと、それでいて美少年でコミュスキルもあるなら、そうそう一撃必殺をされたりはしないだろうと、そういう作戦だ」
「味方とはいえ、ちょっとひどいですね」
「ああ。氷山だからな」
ネルにせよハクにせよ似たような事はした事があるから、余り強くは言えない。しかし、他の旅団の司令官を前線の白兵として扱いながら、平然と実施する作戦では決してない。
「『囮』に取り付いた『標的』を私達二人で『被害担当』して、後続の『本隊』に引き継いで私達は引き続き『援護』、『本体』が『標的』を『生け捕り』にすれば『作戦完了』だとよ」
「敵より味方の方が『生死問わず』とは、氷山少将らしいですね」
「だな。レンきゅんさんマジ不幸」
頭の中で、色々と計算する。レンきゅんさんがフルコンディションでフルコンプリートして遠目から分かる位にヤッてでもいてくれたら空気を読むが、あの童貞はシリアスに逃げそうだ。ちょっと今年は家族が戦禍で死んだからって、喪に服してそうなゴミ童貞なのは知ってるから、逆に健音テイの立ち位置から即ヤリに持っていくのはかなり難易度が高かろう。
「しかし、イベントが発生していたらどうするのですか!?」
「ああ、お前がイベント発生させてたら心配していいと思うよ」
「そ、それはどういう」
「黙れ処女」
「いやいやいやいやいやいやいやいやなにをあなたは根拠に」
「うぜえ基地まだかよ」
あんな失望がデフォのイベントの何がいいのかとも思うが、この無様な人を見てると、物事の奥深さを考えなくもなかった。
機動攻響兵「VOCALOID」第6章#5
左サイドカー回
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