四人で遊園地に行った翌朝、俺は落ち着かない気分で目覚めた。今日は月曜だ……。そういや、『憂鬱な月曜日』って歌、あったなあ。断っとくけど、死にたいわけじゃないぞ。
 ベッドから抜け出して一階に下りる。洗面所に行って顔を洗い、居間へ行く。台所では、姉貴が朝食の支度をしていた。
「おはよう、姉貴」
「おはよう、レン」
 そういや昨日は姉貴が帰ってくる前に、寝ちゃったんだよな。姉貴、何時頃帰って来たんだろう。
「姉貴、昨日の帰宅はいつだったの?」
「ん~、確か午前様だったかしら……」
 いいのか、若い女がそんな遅い時間に出歩いて。俺より、姉貴の方が心配だよ。
「姉貴、あんまり遅くならないようにしてくれよ。世の中物騒なんだから」
「わかってるわよ。ただ、昨日はちょっと色々あって……」
 そんなことを言う姉貴。……多分飲んでたんだろうな。やれやれ。俺は台所へ行こうとして、サイドボードの上に置いてあったノートを引っ掛けて落としてしまった。……朝から何やってんだ、俺は。ため息混じりにノートを拾おうとしゃがみこむ。
 あ……これ、何かと思ったら姉貴がつけてる家計簿じゃないか。挟んであったレシートが、落ちたはずみに飛び散っている。まずいな。これ全部拾い集めとかないと。
「レン、何やってるの?」
 台所から姉貴の声が飛んできた。
「家計簿を落としちまったんだよ。わかってる。俺の不注意。元に戻しとくから」
「ちゃんとレシート全部拾っといてよ。挟んである奴、まだ整理してないんだから」
 へいへいと答えつつ、レシートを拾う。近所のスーパーにコンビニに……珍しくもないな。あれ? このレシート……。俺は手にしたレシートを、見間違いかともう一度確認した。しかし間違いなく、それは……。
「ラブホテル?」
 日付を見る。昨日の日付だ。ちょっと待て。昨日? 姉貴……昨日、どこで何してたんだよっ!?
「レン、何か言った?」
「……いいや何も」
 俺は家計簿に拾い集めたレシート――ラブホテルのも一緒に――を挟むと、サイドボードの上に戻した。見た時はさすがにぎょっとしたが、考えてみたら姉貴は成人した社会人なわけだから、そういうところに行くのも別に変じゃない。何かあったって、自分で責任ぐらい取れるだろうし。
 ただ姉貴のそういう面は、考えたくない。姉貴はあくまで姉貴なんだ。
 俺が居間で混乱していると、台所から姉貴が声をかけてきた。
「レン、あんたもツナトースト食べる?」
「ああ、うん。食べる」
 珍しく作ってくれるらしい。我が家のルールでは、基本的に朝食は各自で、となっている。……賞味期限が切れかけてて、使っちまいたい材料でもあるんだろう。まあいいや、作ってくれるんだから。
 姉貴がツナトーストを出してくれたので、それと牛乳とバナナで朝食を取る。メニューは姉貴も同じだ。量は俺の方が二倍ぐらい多いけど。
 あ、そうだ。
「姉貴、ちょっといい?」
「何よ?」
「『好き』と『嫌いじゃない』って、イコールで結べると思う?」
 どうせだから姉貴にも訊いてみようっと。何か面白い答えが返ってくるかも。
「変なこと訊くわねえ……」
 言いながら、姉貴は考え込んだ。
「私の見解だと、イコールで結ぶのは無理ね」
 あ、そうなるんだ。
「なんで?」
「『嫌いじゃない』ってのは、逃げを打つ時に使う言葉だから。本当に好きなら、ストレートに『好き』って言えるだろうし。『好き』という本音を言うのが恥ずかしくてごまかしたいか、本当は好きではないけれど、嫌いと明確に言うのは棘が立つか、あるいはそこまでの悪感情は抱いてない、けれど、『好き』というほどの感情もない……そういう時に使う言葉が、『嫌いじゃない』」
 えーと……なんだか、トドメを刺されたような気がするぞ……。姉貴に悪気が無いのはわかってるが……。
「レン、あんた、なんでそこで固まるわけ?」
「……なんでもないよ」
 つまり、俺のユイに対する感情は最初から「その程度」だったってことか? 参ったな……。言われてみれば納得できるものがあるような無いような……いやいや待てよ。
 俺が頭を抱えていると、姉貴が突っ込みを入れてきた。
「嘘おっしゃい。なんかあったんでしょ?」
 どうしてこういう時だけ勘が働くんだろうなあ。ああ、面白くない。
「……実は昨日、出先でばったりユイに会って」
 しょうがないので、一部話すことにする。巡音さんのことは伏せておかないと。
「ユイちゃんに?」
「そう。で、クオにまあ、当時のことちょっと訊かれたりして……で、思わず『嫌いじゃなかった』って言っちゃって、そこをクオに突っ込まれたわけ。『嫌いじゃない』と『好き』って同じなのかって」
 昨日はクオと遊びに行ってた――実際、遊びには行ったんだよ。ほとんど一日巡音さんと一緒だったとはいえ――ことになってるので、訊いてきた相手はクオということにしておく。幸い、姉貴はその辺は疑ってないようだった。
「で、それからその言葉の意味を考え続けて、今に至る、と」
「そんなとこ」
 姉貴のにやにや笑いが、微妙に癇に障るなあ。
「ユイちゃんとのつきあいは軽いものだったって、やっと気がついたわけか」
「だから、嫌いじゃなかったんだよっ!」
 あ、これじゃ余計ドツボにはまるだけか。言ってから気づく。姉貴は俺の前で笑うのをこらえてる。もっといらつくから、やめてくれ。
「まあ、別にそんなに深刻になることはないわよ。あんたまだ若いんだし、当時はもっと若かったわけだし。つきあうってどういうことなのか、わかってなくても仕方がないしね。そういうミスを何度か繰り返して、人は成長していくの。これに懲りたって言うんなら、次につきあう相手は『明確に好き』って思える子にすればいいんだし」
 正論なのはわかってるが、非常にいらつく。
「姉貴に言われても信憑性ってもんが全く無い」
「あのねえ、これでもあんたより六年長く生きてるんだけど?」
「たった六年じゃん」
 だから嫌なんだよ、弟って立場。こういう偉そうな姉貴の態度に耐えなくちゃならないし。
「じゃあ、お母さんに報告しておいてあげるから、そっちからアドバイスをもらおうか?」
「やめてくれっ!」
 そんな恥ずかしいことされてたまるか。……ああもう。
「……恥のかきついでに、もう一つ訊くけど」
「何?」
「俺、ユイに謝った方がいいと思う?」
 その程度の好意で、つきあいなんぞを承諾したのがまずかったのかもしれない。ちゃんと話して、謝った方がいいような気がしてきた。
「……私が見たところ、ユイちゃんの方はあんたより先にそのこと理解してるわよ。自分の恋が、おままごとレベルだったってことをね。終わった恋のことなんて、もう昔のことよ。女の子って、そういうものなの。だからそっとしときなさい。大体、謝ったってあんたの自己満足にしかならないわよ。あんた、ユイちゃんを今の彼氏から引き離してまでやり直す気、ないでしょう? そんなことされても向こうは迷惑なだけ」
 かなりグサッと来たぞ……。確かに、ユイとやり直したいという気には全くなれない。別に俺の方が捨てられたからとかそういうことじゃなくて……うーん、何だろう。
「なんで、俺たちうまく行かなかったんだろう……」
 そんなに喧嘩とかしなかったよな。それなりに普通のつきあいだったはずだし。ぎくしゃくはしてたけど、原因がわからない。
「あんたたち根本的にあわなかったのよ。あっていたら、最初はわずかな好意でも、時間と共に大きくなった可能性もあったんでしょうけどね」
「はあ?」
「だから、いろんな意味で違いすぎたの。違ってても上手くやれる人もいるけど……あんたには、無理でしょうね」
 姉貴が何を言いたいのかさっぱりわからない。違いすぎると言われても……。
「ところでレン」
 悩んでいる俺には構わず、姉貴は唐突に話を変えた。
「何だよ」
「あんたが持ってたSF小説、貸してくれない?」
「どれ?」
 SF小説だけでわかるわけないだろうが。何冊も本棚に並んでるのに。
「それがタイトル思い出せなくって」
「わかるかっ!」
 それでどの本かわかる奴、いたら超能力者だよ。姉貴、時々こういうよくわからないボケ、やるんだよな。
「えーと……確か『敵のゲートは下だ』って決め台詞が出てくる奴」
 さすがにまずいと思ったのか、そんなフォローを入れる姉貴。……ああ、あれか。オースン・スコット・カードの傑作だ。
「……『エンダーのゲーム』?」
「ああ、そう、それ」
 どうやら間違いなかったらしい。ま、「敵のゲートは下だ」なんて台詞、そうそう出てこないし。でも。
「姉貴、カードは嫌いって言ってなかった?」
 前に「面白いから読んでみて」て渡した時、かなり手厳しいこと言ってたような気が。
「嫌いだけど、読みたくなる時もあるの」
 相変わらずわけのわからん理屈だ……まあいいか。
「ふーん……別にいいけど。読みながらむかついたとか言って、本に当り散らさないでくれよ。俺のなんだから」
「するわけないでしょうがそんなこと」
 ……まあ、幾ら姉貴でも、酔っ払った状態で読書はしないか。朝食を食べ終わったので、俺は「ごちそうさま」と言って、学校へ行く支度の為に自室に戻った。あ、そうだ。『エンダーのゲーム』出しておかないと。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

アナザー:ロミオとシンデレラ 第二十三話【真実はいつも少し苦い】前編

『憂鬱な月曜日』と『暗い日曜日』が、ごっちゃになってないか?
 ちなみに『暗い日曜日』は、それを聞いた人が大勢自殺したという曰くつきの曲です。いや、なんぼなんでも都市伝説だと思いますが……。

閲覧数:912

投稿日:2011/10/24 19:51:30

文字数:3,847文字

カテゴリ:小説

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