「せんぱーい、幾らなんでも悪ふざけが過ぎますよ! あたし、一瞬本気にしたじゃないですか!」
ラブホテルを出て目的地に向かう最中、ハクちゃんはそんな文句を私に言っていた。
「あっはっは、あの時のハクちゃんの顔、見ものだったわ」
「もう、先輩って悪趣味!」
「心配しなくても、私はストレートだってば」
「先輩の場合、それが怪しいんです。だってバレンタインデーの時、たくさんチョコレートもらってたじゃないですかあ!」
うん、まあ、確かにもらったけどね。ついでに言うなら、ハクちゃんもくれたのよね。まあ、あれは女子高における一種のハシカみたいなものよ。みんな別に本気で私に恋愛感情抱いてたわけじゃない。
「さてと、着いたわ」
目当ての建物の前で、私は足を止めた。入り口には「アトリエ・シオン」と書かれている。
「先輩、ここどこなんですか?」
「私の勤め先」
インターホンを押す。マイコ先生の、いつもの声が聞こえて来た。
「は~い、どちら様?」
「先生、メイコです」
「めーちゃん! 待ってたのよ!」
ドアが勢いよく開いて、中からマイコ先生が飛び出してきた。休日だというのに、気合いの入ったメイクをしている。さすがはマイコ先生。着ているのは、レトロな花柄のワンピースだ。
「あら、その子? さっきメールで言ってた子って?」
「はい、そうです」
言って、ハクちゃんの背を押す。ハクちゃんが「え? え?」と言っている。
「あら、まあ!」
マイコ先生は叫び声をあげると、ハクちゃんの両肩をがっしりとつかんだ。顔を近づけて、ハクちゃんを上から下まで眺めている。
「ななな、何ですか……?」
「なんてもったいない! 折角の美人が台無しじゃないの!」
ハクちゃんを眺めたマイコ先生は、そんなことを言った。あ、やっぱり先生も同意見なんだ。
「先生もやっぱりそう思います?」
「当たり前じゃないの。それにしても、手のかけがいのありそうな子ねえ。腕が鳴るわ」
「じゃあ、すぐにお願いします」
マイコ先生は、ハクちゃんをがしっと抱きかかえると、家の中に引きずり込んだ。
「せんぱーいっ! 助けてくださーいっ!」
「あははっ……大丈夫、大丈夫。マイコ先生、身体は男でも心は女だから」
「答えになってませーんっ!」
ハクちゃんとマイコ先生は、奥の部屋へと消えて行った。うん、大丈夫よ、ハクちゃん。マイコ先生、ちょっとぶっ飛んではいるけど、いい人だから。
「ふふっ、どう?」
「うわあ、見違えました……さすがはマイコ先生」
一時間後、すっかり様変わりをしたハクちゃんを前に、私はそんなことを言っていた。ハクちゃんはというと、落ちつかなげにもじもじしている。
ちなみに、今ハクちゃんが着ているのは、膝丈ぐらいまでの黒いレースのふんわりしたワンピースだ。マイコ先生好みの、ややクラシカルな感じのするデザイン。髪もこてで巻いてウェーブをつけた後、黒と紫のリボンで綺麗にまとめてある。もちろん、しっかりメイク済み。
「あ、あの……」
「ふー、やっぱり、素材のいい子は着飾らせ甲斐があるわねえ……」
マイコ先生は満足そうな笑顔で、ハクちゃんを眺めている。
「ああ、あたしも一人くらい妹が欲しかったわ……ねえ、どっちかあたしの妹にならない?」
「え、遠慮しておきます……」
ハクちゃんが引きつってる。心配しなくても、先生のお約束のジョークだってば。ちょっと可愛い子を見ると誰彼無しにそう言うのよね。弟さんばかり複数いるっていうから、仕方ないのかもしれないけど。
「それはそうと、ハクちゃん、どう? 見違えたでしょ?」
私は、ハクちゃんを鏡の前に立たせた。鏡を見て、ハクちゃんがびっくりしている。
「うわ……これ、あたしですか?」
「そうよ~。あなた元がいいんだから、ちゃんとおめかししないと駄目よ。それと、不規則な生活送ってるんじゃない? 若いのにお肌がかなり荒れてるもの。睡眠不足と栄養不足は美容の大敵なんですからね」
ハクちゃんにべったりくっついて、マイコ先生が言っている。ハクちゃんはひきつった笑顔を浮かべた。まだ、マイコ先生に慣れてないから仕方ないか。ハクちゃんの環境じゃ、マイコ先生のような人に会う機会なんて無いだろうし。
「あなたたち、これから時間ある?」
楽しくなってきたらしいマイコ先生は、そんなことを言い出した。
「私は暇です。ハクちゃんも」
「そう、良かった。じゃ、みんなでお出かけしましょ。今日はあたしがおごっちゃうわ」
着替えて来るわね、と言って、マイコ先生は奥の部屋に行ってしまった。ハクちゃんがひきつったまま、私の方を見る。
「先輩……ここ、何なんですか? あの人は一体?」
ああ、まあ、疑問に思うのも無理はないわね。
「ここ? ここはファッションデザイナー、始音マイコ先生のアトリエよ。私、ここでパタンナーしてるの。つまり、マイコ先生は私の雇い主ってこと」
ここに就職できたのは、我ながらラッキーだったと思う。何せパタンナーというのは狭き門だ。専門学校の同期でも、希望の職種につけた人間はかなり少ない。
「あの人って……その……男性なんですよね?」
「生物学的にはね。でも、精神的には女性だから」
手術とかはしてないんだけどね。ああいう格好さえできれば満足って、以前自分で言っていた。
ハクちゃんはまだ混乱した表情のまま、首を捻っている。まあ、そんなに深く悩まなくてもいいわよ。マイコ先生はマイコ先生だって認識しておけばいいだけの話なんだし。
そこへ、ラメの入った青紫のフリルブラウスに、黒いレザーのジャケットとスカートに着替えたマイコ先生が出てきた。メイクもちゃんと変えたらしい。……さすが先生。
「さ、行きましょうか」
かくして私たちは、マイコ先生の行きつけだという新宿二丁目のお店で飲むことになった。ハクちゃんは初めて見る世界に最初は引きつっていたけれど、アルコールが入ると気分が変わったのか、派手にはしゃぎ始めた。……ちょっと変わりようが怖いけど、明るくなったんだからいいことにしましょ。ずーっと暗い表情してるのは良くないと思うのよ。
「なかなか面白い子ねえ」
グラスを片手に、マイコ先生がそんなことを言ってきた。
「面白いというか、難しい子なんですけどね」
「……ああ、そうかもしれないわね」
何故かマイコ先生は頷いた。そうして、ハクちゃんをじっと眺めている。
「マイコ先生、どうかしたんですか?」
「いえね。あの子を見ていたら、あたしがこの道を志したきっかけを思い出しちゃって」
この道……? そう言えば、マイコ先生がデザイナーになった理由を聞いたことはなかったわ。
「どんなきっかけなんですか?」
「『シンデレラ』って、おとぎ話があるじゃない? あたし、子供の頃、あの話が大好きだったのよ」
おとぎ話の定番とも言えるおとぎ話ね。世界中に、知らない人はいないんじゃないかってくらい有名な話。
「そうなんですか?」
「ええ、読む度に憧れたものよ。あたしもいつか、こんな風になりたいって」
過去を懐かしむような瞳で、マイコ先生はそう言った。憧れる気持ち自体はわからなくもないけど、どうしてそれがハクちゃんと繋がるんだろう?
「綺麗なドレスを着たお姫様になりたいって?」
マイコ先生は、苦笑して首を横に振った。
「違うわ、めーちゃん」
「どういうことですか?」
その頃はまだ自分の精神が女性だと気づいてなくて、王子様の方になりたかったとか? でもそれもやっぱり、噛み合わない感じがする。
私がそんなことを考えていると、マイコ先生は笑い出した。
「多分ちょっと変わっているんだろうけど、あたしはね……お姫様じゃなくて、魔法使いになりたかったの」
「……え?」
「魔法使いになって、ぼろを着た女の子に綺麗なドレスを着せて、舞踏会に行かせてあげたかったのよ。だから今、こんな仕事をやっているんでしょうね」
そういうことだったんだ。じゃあ、ハクちゃんがシンデレラか。シンデレラとは家族構成が違うけど。
「マイコ先生、充分魔法使いですよ」
「ふふ……ありがと」
お城の舞踏会とは行かないけれど、少なくとも、ハクちゃんは今、楽しそうにしていてくれるものね。
ロミオとシンデレラ 外伝その十【シンデレラごっこ】後編
マイコ先生=カマイトです。カマイトだとさすがに人名としてあれなので、カを取りました。本名はマイトですが、「始音マイコ」という名前で仕事をしているわけです。
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