――――――――――#12

 神威は考える。緊張の行き先がバラバラに拡散して、結果、良く分からない事になっている。

 「せやな」

 猫村が相槌を打ってきた。誰も何も言っていない。

 「私の心を読むな」
 「顔に出すからやろが。やる気あんのかこいつらって顔にでとったで」
 「やる気がないなどと思っていないが、全員が違う部隊の指揮官のように目的が違いすぎる」
 「それはあるな」

 これでは連携も取り難い。結月が緊張に絶えられず脱落したが、今は集中力を欠くと同道する者も気が散る。それでも、神威と猫村と巡音でも同床異夢という状況である。

 本来は最低限、参加する攻響兵が1日かけてある程度の知識共有をすべきだが、今回は現場以外で指揮官を置くべきであると提案したのは神威である。 

 だが、この作戦は。だからこそ、この作戦、こういう作戦であるから、あいつに頼む気になったのだ。成功させるなら言い値で構わない、あいつならやるだろうという人物が、第6機動攻響旅団エルウィンディ攻響旅団基地司令氷山キヨテル技術少将だけだった。

 「なや。あんたが氷山に頼んだんちゃうんかい。トーチカ攻めるみたいな顔してや」
 「ああ、スターライト前線ではこんな顔はしない。トーチカではなく、健音テイだからな」
 「お、おう」

 まず、強行偵察と電撃作戦に定評のある猫村が作戦指揮を担当し、巡音がエルメルト基地司令初音ミク中将のネガティブコードの仕様を知っていて、神威が現在交戦中の健音テイと交戦経験がある。そして作戦策定の氷山に、今日まで何も知らされいなかったにせよ、氷山と互角以上の策士として名高い弱音ハク、一時とはいえメディエスト全域の覇権に手の届きかけた亞北ネル、メディエスト僭主討伐戦争に直接終止符を打った初音ミク。

 『奴に悟られずに、攻響兵の精鋭だけで追い込みたい。頼めるか』
 『……頼めるかと言われても、引き受けるだけなら、可能ではありますが』

 氷山ユキテルという奴は評判どおりに策略深い人間であって、自らの思想信条に酔いしれるマッドサイエンティストであるのも事実である。借りを作ればどんな取り立てられ方をするのか分からないから、神威は何事も頼む気はなかった。しかしいざ協力させると、氷山は翌日総本営を動かし、情報本部を手足にしてこのトリッキーな作戦を実現させるのだ。恐ろしい奴だと、つくづく思い知らされる。

 『味方の精鋭戦力を集中させて、目標を戦術的に捕捉可能な状態にする。私の仕事はそこまでだと、考えて構いませんか?』

 若干悩ましげに沈黙してから、氷山は此方を探るような目を向けて問いかける。

 『面倒な言葉の定義は要らぬ。とにかく多数の精鋭で健音テイを囲めれば、後は私が指揮を執る』
 『君を陽攻にするかも知れない。それでもいいかな?』
 『ぬ……、それでは二人も三人も将校級が要るという事になるのか。重音テトの件もあるが』

 神威は素朴に心配事を口にした。

 『神威。君は賢いが、君が頼み事をする僕は君より賢い。細かい詰めは任せてくれるかな』
 『あ、ああ』

 氷山は強い口調で、皮肉交じりの返事をした。裏側に篭った怒気を思わず感じ取った。

 『君を遊ばせて置いて良いか良くないか、他の攻響兵をどれだけ召集するか、その方式は、他の業務作戦への影響は、そういう全てを僕の都合で任せてくれるなら、やってあげてもいいよ?』
 『ああ、気を悪くしたならすまない。仔細貴殿に任せよう』
 『それでいい。それと、神威』

 インテリ特有の理屈攻めで多少気が晴れたのか、冷静に話を元へ戻す。賢いというより、忙しい頭の使い方をしていると、前々から思っていた。

 『何だ』
 『分かっているとは思うが、攻響兵を動かすというのは戦略に関わる話だ。攻響兵を貸してくれという打診をする時に、どうしても代替を用意しなければならない時は、君を派遣するかもしれない』
 『なんだと。それでは、健音テイは誰が対応するのだ』

 氷山は溜息を吐いて、ゆっくり切り返した。

 『レクチャー用の資料は用意しておいてくれ。戦力は十全に揃える。面倒な言葉の定義は要らぬ、と君はさっき言ったが、これ以上何か疑問はあるか?僕が信用できないなら』
 『分かった。とにかく貴殿に任せる。必要があれば指揮に従う』

 そう言って、神威は頭を下げた。

 『ええ。貴方が手こずるというから、それだけで重大な事なのでしょう。ですから』

 意味有りげに氷山は言葉を止める。神威が頭を上げるまで続きを喋らなかった。

 『今回の件で、私が貴方に借りを作るかもしれません。それは、問題ないですね?』

 あの笑顔。思い出しても、とんでもない奴に頼んでしまったという後悔は、今でも拭えない。頼み事をしてきた者に逆に借りを作る程の、一体何をするつもりなのか、あの男は。あるいは、あの男に――――――――――

 「あのおとこにあんいにたのむより、ものわかりのわるいちゅうおうをどやしつけたほうがよかったな、みたいな顔しとるけど大丈夫なんか?」

 猫村が話し掛けて来る。こんどはより明確に、神威の考えていた事をそのまま口に出した。流石に不愉快になる。

 「心を読むな」
 「せやかてショートエコーでおもくそはっきりいっとったやろがいまさらひくで」
 「それは気付かなかった。私はもう将としては無能なのかも知れんな」
 「そんなんは関係あらへんわ。ショートエコー聞きまくって潰れへんのはハクさんぐらいやから、変な心配せんでええねん」
 「だが、人の心から直接情報収集できれば、何もかもが捗るだろう」
 「せやな。そんでも碌な情報もとれんと3日でノイローゼになるヘタレばっかやそうやで。人の心なんか聞くもんとちゃうでなあ」

 突然何か極秘作戦の存在を仄めかす発言をし出した。何の意味があるのだろうか。

 「ところで、」

 ネギ畑とやらはまだか、そう聞き掛けた時だった。

 HATUNEMIKU――――――――――僕達の楽園は すでにある世界

 初音ミクの、リリック。が、響いた。

 AKITANERU――――――――――やべぇ!!!!
 YOWANEHAKU――――――――――ちっ、新造した用水路も駄目ですか!!!

 HATUNEMIKU――――――――――同じ過ちを 繰り返さぬ為に

 「くるで!!!」
 「伏せてください!!!!!」
 「なっ」

 突然、前方の建物に視界を半分遮られた向こう側の、地面が光った。巨大な閃光を伴い、その後に衝撃と轟音が続いた。

 「あれがフィジカルコードで封じていたという、初音ミクの力か!」
 「伏せてくださいって、言ったじゃないですか!!!」
 「そうやない巡音ルカ、今は初音ミクの能力の話や!!!!」

 なぜ猫村がフルネームを呼び掛けてまで、この瞬間にツッコミをしようと思ったのか、永遠に聞くまいと即座に決断した。

 「LEVEL3相当、ほぼ旅団級か。聞けば核兵器も超える程の破壊能力を持つという話だが、あれを挨拶代わりに撃たれては敵わんな」
 「まあ、もうちょっと質悪いらしいで。軍を抜けたこの姉ちゃんが呪い掛けられる位にはな」
 「フィジカルコード絡みか。さもありなんだな」
 「ええ、まあ……」
 「問題は、初音ミクがフィジカルコードを自壊する程の暴走をするかどうかだ」
 「それはありません。あくまでパッシブですし、初音ミク本人がネギ畑を放棄する時点で、フィジカルコードは効果を失いますから」

 説明が上手い。が、少し上手過ぎた。

 「おう、今はミクにゃんがネギ畑を放棄した場合の話とか聞いてへんねんで?最重要機密みたいなんを軽々しく口にしなや姉ちゃん?」
 「いえ、重要な話です。初音ミクがネギ畑を再生する意思がある限り、フィジカルコードは効果を失いません。ですから、最悪の場合には多少は」
 「破壊しても構わない、という事を言いたかったのか」
 「ええ、本当はもう少し難しい話があるのですが」
 「ふむ」

 神威は考え込んだ。続きを聞くべきかどうかを、と、同時に。ぶん殴られた。

 「十分話はわかった!もう聞かんでええ!うちらはバカやから難しい話は分からん!突撃や!」

 選択肢は無かった。基地司令という程の役職になると、自らの麾下だけでも全軍に関わるような機密を数多く抱えている。不必要な情報を持っていて、一番困るのは権力闘争絡みで揺さぶりをかけられた時である。その辺り、氷山は分かっていて対応する人員を選んだのかも知れない。

 「そういう事だ。今からは護衛は出来ないが、大丈夫か?」
 「はい。私はなるべく安全な場所にいます。民間人に何かあれば、事、でしょうから」
 「うむ。民間人が戦闘中の基地に紛れ込んで被害を受けた、それだけで大事だ。それが市長であろうが無かろうが、に関わらずな」
 「ええ、願わくば私の政治生命に関わるような戦闘にはならないと、信じていますよ」

 メディソフィスティア僭主討伐戦争の最前線で精鋭を務め上げた経歴を持つだけあって、巡音ルカは今やって欲しい事を過不足無く分かってくれていた。しかもドヤ顔で威圧する辺り、猫村の飲み仲間なだけはあるとも思った。

 「そしたら、ついでにあの子も拾ってきてもらわれへんかなー」
 「お断りします。人が真面目に話しているのに笑ったのですよ」
 「せやな。それはあかん奴やで。けしからんわー」
 「……皮肉が通じない」

 自らのボケをあくまで押し通そうとする猫村と、理由は分からないがへこたれる巡音。真面目に聞いていて意味が分からないのは私だ。

 「とにかく市長にはご自身で安全な場所を探して、待機していて貰おう。その際に私の部下と合流できたら、そのまま護衛として連れて行って構わないが、特にご自身の安全を図って頂きたい」
 「では、そのように」
 「軍としては以上や。最後に、生き延びろ。これは私からの命令や!」
 「茶番はいい。ゆくぞ」
 「ちょぉ!人の心読みなや!誰も行っていいとか言うてへんやろが!」
 「うるさい。どうせ氷山の事だ。LEVEL3の時点で判断は任せるとか言う指令があるのだろう。そうでなくても、私は一人でも行く」
 「なや!ホモか!ホモ特有のテレパああごめんなさいごめんなさい調子乗りましたすんまへんすんまへん」

 つい抜いてしまった刀を納めるのも間抜けなので、本来の方向へ向き直って歩き出した。

 あの方向に、噂に聞いていた世界の真実、『メディソフィスティア僭主討伐戦争が終わった、本当の理由』があると、行われていると知って、知っていて、本当はあまり気が進まない、進まなかったの、だが。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

機動攻響兵「VOCALOID」第6章#12

俺氏が実力の限界を超えてホモォ…┌(┌ ^o^)┐要素を組み込もうとした回。なお無理だった模様_(:3」∠)_

閲覧数:183

投稿日:2014/01/07 00:41:52

文字数:4,427文字

カテゴリ:小説

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