雅音カイトが音楽教室の講師の仕事を終えたのは、午後5時を少し過ぎたくらいだった。梅雨の独特の蒸し暑さに街の人々は辟易しながら行き交っていた。そんな中、マフラーを巻いたまま街を闊歩するという、場違いなカイトの姿は、否が応でも人々の注目を集めていた。
「暑くなってきたな……」
 カイトは、あまりの暑さに耐えかねて公園のベンチに座り込んだ。そして、コンビニで買ったアイスバーを食べ始めた。
「マフラーなんて外せばいいのに」
 出かける前、咲音メイコがそう言っていたのを思い出していた。だが、カイトとしては自身のポリシーとしてマフラーを外すことなどできなかった。
「今日は早く帰ってきてよ。おいしい料理たくさん作るからね」
 出かける前に鏡音レンがそう言っていた事を思い出す。
「あいつの所に行くのはまた今度にするか」
 アイスの棒をゴミ箱に放り投げ、立ち上がる。ここから『オクトパス』へ行くための秘密の場所はそう遠くはない。だが、その時、カイトの前に大柄の男が3人ほど立ちはだかった。

 その男達は、アル・カポネをほうふつとさせるような、ギャングスタイルだった。3人ともサングラスをかけているためにその視線を読み取る事が出来なかったが、ただならぬ雰囲気に身構える。
「……何か用かな」
 カイトの前に突然、男がショットガンを取り出した。
 銃声が夕暮れ時の公園に響き渡った。カイトの頬を弾がかすめた。突然の銃声に、周りにいた人々が逃げ始める。
「い、一体何なんだ!?」
 カイトは一目散に走り出す。狂音獣であれば、変身して叩きのめすところであるが、相手はどう見ても人間である。変身して叩きのめしたりすれば、大変な事になる。 
「俺が何をしたって言うんだ!?」
 その時、いきなりマフラーを引かれた。思わず転倒して、植え込みの裏に転がった。
 慌てて振り返ると、よそ行きの、涼しげな姿でメイコが口に人差し指を当てていた。
「メイコ!? どうしてここに?」
「今日は、打ち合わせ。それよりカイト、一体何があったの? 貴方がやくざにけんかを売るとは思えないけど」
「こっちが聞きた」
 大声を出すカイトの口を、メイコがふさいだ。
「とにかく、声を出したら気付かれるわ。今は逃げましょう。狂音獣でもない、普通の人間に大けがさせるわけにはいかないわ」
「ああ」

 
「どこに行った。探せ!!」
 男達はそのまま二人が潜んでいる建物のそばから離れていった。
「助かった……」
「みたいね……。でも、どうやって『オクトパス』まで帰ろうか……」
「ほら、緊急信号を出してみんなに来てもらえば」
「そうしなきゃいけないみたいね」
 メイコはすぐに剣を取り出した。カイトは目の前に現れたザツオンを見て、納得した顔をすると、何も言わずに弓矢を取り出す。
「今日は2人でデートかしら? お邪魔だったかしら」
「ええ。とっても邪魔よ。できれば来てほしくなかったんだけど。シスター・シャドウ」
 修道女のような姿をした、シスター・シャドウがメイコ達の前に現れた。
「残念だわ。せっかく狂音獣もつれてきたのに」
 シスター・シャドウの隣には、赤い三角帽子に水玉模様のつなぎを着た、サーカスのピエロ……いや、正確にいえば、メイコと同じ声を出すピエロだった。
「どうかしら、貴方のソング・エナジーで作り上げた狂音獣よ。行きなさい、マッド・ドール」
 メイコはカイトが戦慄するほど厳しい視線で狂音獣を睨みつけた。
「メイコ、ここは一気に離脱しよう。分が悪いぞ」
 先ほどの男達もメイコ達の前に現れた。メイコは頷くと、すぐにメロチェンジャーに目をやる。
「コード・チェンジ」
 2人はカナデレッドとカナデブルーに変身し、狂音獣と対峙する。
「行くわよ!」
 剣を振り上げ、メイコはすぐにザツオンに向かって走り始めた。カイトは後ろに控えるシスター・シャドウを狙って弓を引く。
 その時、ザツオンが音楽を流し始めた。『ゴッドファーザー 愛のテーマ』だ。その音に操られるかのように、人が集まり始めた。
「さあ、やれ」
 マッド・ドールの一声で、集まった人々が銃をカナデンジャーに向け、引き金を引く。
「ちょっと、どうして!?」
「や、やめろ!」
 2人はすぐに逃げ出した。だが、ザツオンや狂音獣に操られた人々が襲いかかる。
「……くそっ」
 思うように応戦できない2人は、苦戦を強いられた。
「お前達も操り人形にしてやろう。やれ、マッド・ドール!」
 マッド・ドールは笑っているのか、ふざけているのかわからない表情を浮かべ、ステッキを取り出した。そして、奇声をあげながらカナデレッドに向かっていく。
「一騎打ちなら望むところよ!」
 メイコは剣を振り上げ、狂音獣に向かっていく。だが、狂音獣はメイコの目前で突然跳躍した。
「え!?」
 そして、ステッキの先に仕込まれていた銃でメイコを攻撃。背後から襲われたメイコは、ひとたまりもなく倒れた。
「まずは貴方を私のマリオネットにしてやるわ」
 足を撃たれ、立てなくなったメイコに向かってマッド・ドールは、手のひらから糸を放った。
「メイコ!!」
 糸を巻きつけられたメイコは変身が解けた。
「次はお前だ。カイト」
 マッド・ドールはカイトに向き直った。
「これでも……ウィンド・アロー!」
 弓矢をヴァイオリンに変形させ、音速の矢が放つ。だが、狂音獣はそれを音の衝撃波で破壊する。
「何!?」
「驚いたか! メイコのソング・ウェイブだ」
 カイトは後ずさりをする。だが、そこにはマッド・ドールに操られた人々が、武器を手に向かっている。
「終わりだ。あきらめろ」
 狂音獣から放たれた糸がカイトの足に巻きついた。そして、そのまま蚕の繭のようにぐるぐる巻きにされた。
「メイコ……」
 身動きが取れなくなったカイトは、そのまま変身が解除され、意識を失った。

「よし。今のうちに……」
 その時、どこからともなく竪琴の音が流れた。
「そうはさせません。シスター・シャドウ」
 穏やかな声ではあったが、凛とした声が響き渡った。巡音ルカが歌を歌い始めた。すると、マッド・ドールに操られていた人々がザツオンに向けて発砲を始めた。
「おのれ、いつも邪魔を!」
「ミク、リン、レン。今です」
「わかったわ」
「OK! ルカ姉」
「みんな、行くよ。コード・チェンジ!!」
 ミクの合図で全員が変身を終える。すぐにレンはスピードを生かして、すばやくカイトのもとにたどり着くと、縛られていた糸を切り離し、彼を抱えて走り出した。
「メイコ、しっかり!!」
 初音ミクはすぐにメイコのもとに走り、手刀で糸を断ち切る。
「ミク……」
「メイコ、来るの遅くなっちゃった」
 ミクはすぐにメイコを抱え、外へ走り出した。
「これでも!」
 リンはホルン・バズーカを天井に向けて放つ。
「何!」
 弾がさく裂すると、そこから煙幕が放出され、狂音獣の視界を遮った。なおもリンは手当たり次第に煙幕を放ち、5人が撤退するのを手助けする。
「じゃあね」
 最後に残ったリンは、威勢よくガラス窓を突き破ると、そのまま飛行中のブラス・ファイターに飛び乗り、去っていった。
「……くそ、逃げられた。まだ、洗脳作業が終わっていないのに」
 シスター・シャドウは怒りのあまり、持っていた鞭を地面にたたきつけた。


『オクトパス』に帰還したメイコとカイトは、何かに操られるように、ざるを持ってどじょうすくいを始めた。
「たぶん、マッド・ドールの力で、操られているのよ。この映像を見て」
 弱音ハクは、モニターの電源を入れると、そこに映し出される銃を持った人々を指差した。
「この人たちは、たぶん映画のBGMを聞かされてその影響を受けて……」
「じゃあ、今、メイコとカイトが……」
「好きでやってるわけないでしょ!!」
「か、体が止まらない」
 顔を真っ赤にして怒るメイコだが、体は一心不乱にどじょうすくいの動きを忠実に行っている。その様子を、リンは必死に笑いをこらえて見ていた。よく見ると、スマートフォンでメイコを撮影をしているようだ。
「これは安来節です。島根県の民謡ですわ」
 ルカはスピーカーから流れる音楽の解説をしているが、目が笑っているようにも見える。
「思った通り、マッド・ドールは音から連想されるイメージで人間を操る事が出来るみたいね。幸い、まだ、メイコとカイトにはあいつらからの指令に従うような命令は出てないみたいだけど」
「ねえ、それって、こっちでも2人を操れるってこと?」
「…………リン、今何を考えたの? と言うよりも、音を止めてくれない?」
 ルカが音を止めると、2人の動きはピタリと止まった。やっと自分の意思で動けるようになった2人は、大広間の椅子にすわり、作戦会議に加わった。
「だけど、もう一つ問題がある。今度現れた狂音獣は、メイコのヴォイス・エナジーを基にして作られている。俺のウィンド・アローも通用しなかった」
「何ですって!」
 ハクは驚きの声をあげ、持っていた酒の入ったコップを落としてしまった。
「メイコのソング・ウェイブのコピーだ」
 カイトはそう言って、悔しそうにあの時の事を思い出していた。

「ついに、現れましたか。メイコの声を持った狂音獣が」
 深刻そうな表情を浮かべるルカに、
「大丈夫よ。そんな狂音獣は、私が叩きのめしてあげるわ!」
 ミクは前に向かって、拳を突き出す。
「でも、操られてる人はどうするんだよ。一緒に叩きのめすわけにもいかないし」
 レンは当然の懸念を口にするが、ミクの耳には届いていなかったようで、リンと勝手に作戦会議を始めていた。
「リンもちゃんと話を……」
 その時、レンの手がテレビのリモコンに触れた。すると、テレビから『東京音頭』のトランペット演奏が流れ、傘を持った野球ファンが大喜びしていた。
「か、体が!」
 カイトはその音につられて、テレビの野球ファンと同じように、傘を上下に振る。
「あら、私は大丈夫……」
 次に映し出されたのは、別の試合だった。そのチームのファンは、チャンステーマに合わせて橙色のタオルを振り回す。流れているメロディは、SMiLE.dkの『BUTTERFLY』だった。メイコはその音に反応して、近くに置いてあった一升瓶を振り回し始めた。
「ちょっと、メイコ、危ない! きゃっ」
 しゃがんだミクの頭上を一升ビンが通過する。
「レン! テレビを消し……ぎゃっ!!」
 リンの後頭部を一升ビンが直撃する。
「何で私が……とばっちりを……」
 そう言って、リンは意識を失った。


「とにかく、まずはあのマッド・ドールを何とかしないと。私もカイトも変身できないのよ」
 ようやく場が落ち着き、大人4人での話し合いが始まった。後頭部を強打し、意識を失ったリンは、そのままミクとレンに連れられて大広間から撤退していた。
「操られた人々は、私の声である程度制御はできます。しかし、貴方達も……」
「下手をすれば、セイレーン・ヴォイスの影響を受けかねないということね」
 ルカの提案にメイコも少し苦慮していた。
「なあ、リンの作戦に乗ってみるのもいいかもしれない。そう思わないか?」
「えっ!? それって、私達をリンが操るってこと?」
「ああ。そのとおりだ」
 カイトの提案に、メイコは思わず、
「バカ言わないでよ! また、ギャンブルするつもり?」
 と、声を荒げた。
「ギャンブルも何も、変身できないんじゃ、俺達は足手まといにしかならないだろ」
「それはそうだけど、一体どうしようっていうのよ」
 カイトに食ってかかるメイコを、ルカは慌てて止めようとした。だが、ハクはすぐに彼女の前に立って、
「あの二人よ。きっとうまく話し合いができるわ」
「しかし……」
「いざとなれば……」
 ハクはリモコンに手を伸ばした。
「何ですって! もう一度……」
「だめだとか言ってばかりだったら……」
 2人の議論がヒートアップしようとしている。その瞬間、
「こうするのよ」
 ハクがリモコンのスイッチを入れると、『オリーブの首飾り』が流れた。その瞬間、メイコとカイトは手品を始める。カイトはマフラーから万国旗をだし、メイコは手からトランプのカードを出して見せた。
「こうすれば、2人ともまともに行動できないでしょ」
「ハク、やめて!!」
「お、音を……」
 手品をしながらハクに対して騒ぎ立てる2人を見て、ルカは思わず声を出して笑った。
「ルカ、笑わないで! 好きでやってるわけじゃないのよ!!」
「か、体が止まらな……はいっ」
 ハクに対して文句を言っている2人は、今度はシルクハットからハトを出して見せた。
「面白いですわ。手品を見るのって久しぶりです」
 ニコニコしながら2人を見るルカに、ハクは少しだけ心が晴れたような気がした。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

光響戦隊カナデンジャー Song-13 MUSIC MARIONETTE Aパート

お久しぶりです。
光響戦隊カナデンジャー第13話です。
後ほどBパートをアップします。
参考動画
ゴッドファーザー 愛のテーマ http://www.youtube.com/watch?v=SWt3E_trXOI

安来節 http://www.youtube.com/watch?v=sChA_yDg_Ls

東京音頭 http://www.youtube.com/watch?v=612zRU_0GbA

バタフライ http://www.youtube.com/watch?v=zzN9L5pzmJI

オリーブの首飾り http://www.youtube.com/watch?v=40IUBbt2XVg

閲覧数:89

投稿日:2013/08/28 10:16:36

文字数:5,285文字

カテゴリ:小説

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