目がさめると、自分が自分じゃないような強い違和感を覚えた。 髪がなんか重い。
髪がまた、ボッサボサになっているのではと思い、洗面台へ行くことにした。

すると…

そこにいるのは、どうみても俺じゃない。 「女の子」が寝ぼけた様子で座っていた。

    =  ♪  =

「えっ、えぇぇぇぇぇぇぇ~~~!?」
「やぁ、遅かったねぇ。 姉さん。 どうしたんだい?」
俺のカッコをした、妹(リン)が俺に話しかけてきた。 こいつめ…。

「やりやがったな。 人がウトウトしてるときに服変えてさらに、髪形を変えるに
とどまらずメークまでするとは…。 なんて手間のかかることをっ!!」
「だって姉さん、つついても全然起きなかったじゃないか。 ボクは悪くないっ!」
断言しやがったな なんて奴だ。  それに、どうして男口調なんだ。

どうしてこんなカッコをさせられるかと考えていると、あちらから話しはじめた。
「どうして、自分がこんなことになったか考えてるでしょう?」
「分かってるならいえよ。 それと、何故服を勝手に着ている!許可は?許・可・っ!」

状況把握が出来てないこともあって、少し興奮しながら言うと
リンはニヤニヤしながら、
「まぁ、落ち着いて姉さん。 そんなこといいながら実はやってみたかったんじゃ?」
「何故それを!? じゃなくて、ンなわけないわ。 ないからね。 ないってば。」
否定もむなしく、奴はさらにニヤニヤしながら、とんでもないことを口にした。

「ねぇレン、一日『ちぇんじ』してみない? 実は私も着てみたいんだ。 学ラン…」

    =  ♯  =

誰しも、普段は絶対に出来ないことをやってみたい気持ちをもっていると思う。
例えば学校でのことだが、とある女子がこんなことを言っていた。

「学ランっていいなぁ、一度着てみたいなあ。 みねっち、ちょっと貸してくんない?!」
「えぇっ、何でまた? 無駄に重いし。 ブレザーとかならわかるけど…」
その時、そんなことを言ったような覚えがある。

ここで言っておくがみねっちというのは、名字から付けられたあだ名である。
鏡音だからみねっち 一体誰が言い出したのか、今ではすっかり定着してしまった。

話をもどそう。 他の女子にも聞いてみたが、やっぱり着てみたいとのことだった。
「カッコいい」からだそうだ。 正直なところ毎日学校着ていく俺としては全く分からない。

だって、何処にでもある普通のどす黒い制服だぜ。
色が紺色とか、それらしい帽子がついているとかなら、ちょっと着てみたい気もするが、
俺の通う学校では、全く特徴が無い。 学校のマークが他との唯一の違いと言っていい。

と、そんな特徴の無い服でも普段着ない人たちには着てみたかったらしいのだ。
というわけで、普段着ないリンにとっても、一度は着てみたいものだったらしい。

なぜだろう? 俺はこの提案に「了承」してしまったのだった。


そう。 昼食(チョコパフェ付)の誘惑には勝てなかったのだった。

    =  ♪  =

そうして、俺は今「鏡音リン」として電車に揺られている。

絶対に誰かにばれて大惨事になるだろうと覚悟していたが、案外そうでもないらしい。
大体の人は、おかしいと思ってもとりあえず気にしないのだろう。
たとえ、自分がガシガシ歩いていたとしても、女子にしては声が低かったとしても、
そして階段コケて醜態を晒したのだとしても、誰も気にしない。 うん。これは優しさだ。

そう考えると、実は今までやってきた、電車内で歌を口ずさんでしまったり、
担任の先生に「かあさん」といったことなど、誰にも見られなかったと思っていたが、
本当は、スルーしていただけで裏でひそひそ言われてたのでは?と不安になった。
今後は気をつけるようにしよう。 うん。

    =  #  =

今日は土曜日なので、本当のことをいえば学校は無い。
だからこそ、「替え玉」が許される(のか?)のだが、学校は授業だけの所ではない。

そう、今日は「部活動」の日だ。

リンが所属するのは「軽音サークル」部員が足らなくて、部活動にはなれないらしい。
で、その中でキーボードを担当しているのだそうだ。
「レン君ならキーボードすごいし、その場のノリでいけちゃうでしょ~。」

無理な話だ。 確かに、俺はキーボードで「神速のレン」という通り名を持つ程の腕だ。
恥ずかしくてたまらないが、自分でもキーボードは大抵の人には負けない自信はある。

しかし、そのキーボードは「パソコンの」であって、決して「音楽の」ではない。
これがギターなら何とか(但しマジでやるとBが押さえられない)なったものの。 

「実は今日打ち上げがあって…、そこで何か発表しなきゃいけないんだ。」

「なるほど、そういうことか ってアホか。 どうして考えておかなかったァ?」
砂糖のように甘ったれたリンに喝をいれようとした時、

「かわりにやってもらおうって訳じゃなくて、『実は弟でーす』てやったら面白いかな。って」
「よーくわかった。 『拳骨』か『ぐー』のどっちがいい?」

その後、しっかりと喝を入れてやったはいいが、泣き出してしまった。
このまま放置しておいても良かったが、これで放置すると話術の達者なリンのことである。
絶対に自分の身に大変な災いが降りかかる恐れがある。 簡単に言えば、後が怖い。

その後、なんとかなだめて俺が行かなければいけなくなった。
アレ、自分、思うがままにされていないか。 まぁ、昼食+チョコパフェで我慢するしかない。
やっぱ、女の子の涙には勝てないでしょう?

    =  ♪  =

なんとか、学校に着いた。

自分のやっていることがどうしようもなくアホくさいことだと何回思ったことか…。
その度に何回も思ったのだが、もしここで帰れば、

「見てみて!レン君がウチの制服着てる~! そんな趣味あったんだ!!」
となって、その結果何か大切なものをたくさん失ってしまう恐れがある。

いや、もう十分に失っているが、写真にとられて晒されでもしたら「死」あるのみだ。

「大丈夫。 ちゃんとミッションクリアしたら言わないから。」と言ったので大丈夫だろう。
まぁ、この言葉が嘘だったら元も子も無いのだが、リンは絶対言わない。
本人の信念で、「言ったことは絶対に守る」んだそうだ。 実際今まではそうだった。
なので、奴のここだけは信用している。 大丈夫。 行くだけでいいんだ。

そういえば、ある小説にも今の自分みたいなのがいたよなぁ…たしかその主人公は
親に正体がばれて、学校を辞めたんだよな。 じゃあこれもばれたらヤバくないか?

そんな不吉なことを考えながら部室を探していると、

「おはよーっ! どうしたの? まだ弟さんのことで悩んでるの?」
突然、後ろから声をかけられた。この人は知ってる。 たしか、GUMIさんだったな。
リンとは同じ、「軽音サークル」のヴォーカルだった。 とても綺麗な歌い方で…
プロフィールを思い出しながら、無意識に「自分」で答えてしまっていた。

「だから弟じゃないから。 兄だから。」
「どうしたの? 遂に妹で落ち着いたかって聞く前に聞くけれど、風邪でも引いたの?」
しまった、今は「鏡音リン」として来ているんだ。バレたかと思ってヒヤリときた。

「うぅん、ちょっとのっ、喉が凄くダメで…その…えー」
「本当に大丈夫なの? 顔が真っ赤だよ。 保健室行ったほうがいいんじゃない?」
どうやら、ばれてなかったようだ。 皆気づかないのか。

後々考えてみれば、どうせ身分をばらす気だったから隠す意味は全くなかったが、
半ばパニックになっている自分にはそこまで考えてる余裕なんてなかった。

ようやく落ち着いてきたところで、聞いてみた
「じゃぁ、早速部室行かなきゃね。 準備、準備。 早く行こうよ。」
「やっぱりリンちゃん風邪重いの? その前に教室にいかなきゃ。」
自分は全然元気である。 ひょっとしたら、リンの頭が風邪を引いてるかもしれない…
まぁとりあえず、彼女についていくことにした。 どんなことにでも先達はあったほうがいい
と、昔の人は行っていたからな。 というより、この人についていかなきゃ何も分からない。

だいぶ落ち着いてきたところで、GUMIさんから、
「そういえば、もう解決したの?」
「へっ?何?」
何のことかさっぱり分からない。 しかし、自分とは別の意味で理解してくれたらしく、
「あっ、ごめんね。 つい気になっちゃったから。
リンちゃん言ってたよね。 4月に、ちょっとしたことで大喧嘩になっちゃって、
弟さんの大事にしてたギター、弦全部切っちゃったって…
そのことを今でも事あるごとに言ってくるって話のことだけど…、ごめん。」

あぁ、そのことか。

    =  #  =

と言うか、悪いのリンだろ。 ひょっとして、俺が悪いことになってる?
もう、弦が全部切れてその月のお小遣いが全部飛んでったのは気にしていない。
自分だって、床に置いていたのが悪かった。大事なら別のところに置くべきだった。
そこじゃないんだ。 それよりも、全く関係ないことで、ちょっとこちらが強く言うと、
少しうつむいて「何でそんなことで怒るの?」とでも言うような、冷めた目をするのだ。
弦を切って俺が文句を言っている時にも同じような表情を見せていた。

何だか腹立たしい気持ちになってくる。 今も腹が立ってきた。
思わず感情をぶちまけたくなったが、なぜか理性がそれを止めて冷静なままだった。

「うん、私が悪かったんだもん。 いくらでも言われても仕方ないよ。
謝ったって意味がないだろうし…。」
感情とは真逆の言葉が出た。 そんな風にリンが言ってほしいという希望もあるが。

「だめだよ。 いつもそうなる!」
突然大きな声で言われた
今までの柔らかな雰囲気が一転。かなり吃驚した。

「だめだよ。 そんなままでは。 まず謝ろうよ。
『いくら言われても仕方無い』とか、『ウチって最低な奴』とか、『どうせ自分なんて』
とか、自分のことを嫌ってるみたいだけど、いつも言ってるけどそんなことは無いよ。
自分が悪いと思ったからって、わざと自分をいじめる様なことはやめてよ。
もっと、自分のことを大切にしようよ。 ちゃんと謝れば絶対に許してくれるから。」
そこで、GUMIさんの目にうっすらと涙が浮かんでいた。

驚いた。 いや、GUMIさんがこんなにも親身に話してくれることにも驚いたが、
それ以上に、リンの学校で言っていたことに驚いた。

あの傍若無人で、ストレスなんて言葉を知らないような奴がそんなに考えていたとは。
今、こうして「鏡音リン」にでもならなければ絶対に知り得なかった。
ここで、何か自分にとても重たくどろっとしたものが圧し掛かってくるのを感じた。
今まで、自分が何かを言った時いつも見せたあの表情は、
「リンから俺への軽蔑」だと思っていたが、実は「リンの自身への軽蔑」だったの
ではないかということに気がついた。 だとすれば、自分はなんてひどいことを
してしまったのだろう? 追い討ちのようにプレッシャーをかけてしまったの
ではないかと思って胸が苦しくなった。

お互いがお互いを勘違いしすぎていたんだ。

そうして、気づかされた自分の過ちのことを思うと、もうどんな面を下げて会えば
良いのか。分からなくなっていた。

「ごめん。 悪いのは全部自分だった。」
つい口から零れた一言だった。

「そうだよ。 その言葉が大事なんだよ!!」
GUMIさんがまたしても大きな声で、今度は明るい表情で言った。
自分のことに一杯になりすぎていて、隣の人のことなどすっかり忘れていた。
自分からリンへのごめんだったのだが…。

そして、もう一度GUMIさんの言葉を思い出した。

そうか、話せばいいんだ。 とにかくたくさん話して、話して、知ってもらえればいいと

「ありがとう。 いろいろ大事なことが分かったよ。」
心からそう思った。 この人にはいくら感謝してもしきれない。 

「分かればいいんだよ。 弟さんとまたうまくやりなよ。」
弟さん?! あっ、また「自分」が出てしまった。 どうしよう もう、絶対バレタよな
なんだか急に顔が火照ってきた。 学校には行った。 もう帰ろう。

「すいません。 急用を思い出したので、これで帰ります。 ごめんなさい。」

「えっ、あっ、本当に!? もう…。」
驚くのも無理は無い。 来てすぐに走って帰って言ったのだから。

ミッションを一つはクリアした。 後もう一つのミッションへ移るとしよう。


帰る道で、 そういえば最近はろくに話していない自分に気づかされた。
まず謝ろう。そして今日はゆっくり、二人で話し合うことにしよう。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

ちぇんじ!

*一部オリジナル設定を変更しているところがあります。
*ぱっとみ題名がアブナそうですが、全然そんなこと無いです。


 時は七月のこと。 高二の、鏡音レン・リンの織り成すストーリーです。(レン一人視点ですが…) お互い別々の高校に通っていているのですが、あるときリンのふとした思い付きからとんでもないことになってしまいます。

 あと、レン君のボサ毛は天然ではありません。普段はさらさらです。 ワックスとスプレーで立たせています。 しかし、寝癖で時に、酷いことになります。

閲覧数:351

投稿日:2010/05/04 01:58:10

文字数:5,294文字

カテゴリ:小説

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