偽りの忠誠
黄の国騎士団が青の国へ出立して一カ月。
落ちぶれたとはいえ、一級品の装備に身を包んだ多勢の騎士団は瞬く間に海向こうの国を侵攻した。第三王子カイトが暗殺された事件によって混乱する青の国は勃発した戦争への対応が遅れ、各地を占領される事になった。
元々軍事力に劣り、後手に回ってしまった青の国だが、当然手をこまねいていた訳ではない。正規軍は元より、志願した大勢の義勇兵も合わせた混成軍を結成し、破竹の勢いで攻め上がる黄の騎士団を迎え撃った。
始めこそ圧倒的な兵力差で島を蹂躙し、我が物顔で突き進んでいた騎士団だったが、所詮は数と装備、そして過去の名声と栄光に頼っていただけの烏合の衆である。故国を守らんとする意志で纏まり、かつ綿密な戦術を執る青の混成軍に敗走を重ね、現在では劣勢に追い込まれていた。
「騎士団がいてもいなくてもあんま変わんないねー」
隣のリリィが呆れを隠さない口調で言い、リンは歩きながら頷く。国を守るべき騎士団が丸ごといなくなったと言うのに、王都の住人から不安や疑念を感じられない。おそらく王宮だけではなく、国民にとっても騎士団は無能だと思われていたのだろう。
輝ける存在だった頃を知っている身としては複雑な気分にならなくもないが。
「むしろ一般兵や近衛兵の人達が生き生きと仕事してない?」
「確かに。前よりずっと雰囲気明るいよね。……余計な重圧消えたから」
最後の一言は冗談か本気か。手厳しいリリィの言葉にくすりと笑いを漏らし、リンは抱えていた荷物を持ち直す。
王都の市街に出向いていた二人は、買い出しを終えて帰路についている所だった。普段はリンだけでも充分ではあるのだが、一人では大変だとリリィが手伝いを申し出てくれたのだ。事実まとめ買いで重くなった荷物を手分けして持っている。
リンよりも大きな包みを両手に持ったリリィはさり気なく辺りを見渡し、声を落として話す。
「相当な資金と戦費がかかったんだろうけどさ、それを全部補填した貴族の財産も凄いよね」
どれだけ溜め込んでたんだ。ぼそりと付け足されたのをリンは聞き逃さなかった。
「国民に還元しないで浪費してたのにね……」
正確な金額は知らないが、自分達が一生涯働いても手の届かない額が集まったのは間違いない。腐れ貴族達には恐れ入る。
スティーブ一派の上級貴族の処刑を終えた後、レンは粛清した者達の屋敷から財産を没収した。更に王宮に飾られていた絢爛な調度品も取り去り、まるで身辺整理をするかのように売り払ったのだ。その莫大な額は戦費の穴埋めだけに留まらず、レンが頭を抱えていた貴族達の散財を補って余りある数字を叩き出す結果になった。
無論王宮の内装は激変した訳だが、レンは父王時代から飾られていた物には一切手を付けなかった。つまり内装は昔に返っただけの事であり、リンにとっては本来の姿を取り戻した王宮が息を吹き返したように思えた。
「レン様は豪遊とかする気全然無いんだよね。少しくらい贅沢しても罰当たんないのに」
感心した様子でリリィが言う。王子の身分と潤った国庫。貴族から受け続けた不当な扱いを鑑みれば、レンは豪奢を求めても良いはずなのだ。だけど彼はそれをしないし、しようと考えているかも怪しい。粛清された貴族達と同じになっては困るが、克己的な彼なら二の舞の心配は不要である。
「あまり興味が無いんじゃない? 王子って元々そんな感じがするし」
リンは弟を名前で呼ばずに答える。レンと話し合い、これまで通りメイドのリンベルとして過ごすと決めていた。黄の国王女が実は生きていたと公にすれば、かつてリンを玉座に据えようとしていた者達がまた野心を持って利用しないとも限らない。後継者争いを蒸し返すのは嫌だと姉弟の意見が合致し、このまま伏せておくと決めたのだ。
尤も、二人きりの時は名前で呼び合っている。
王子の話で不意にある事が頭を掠め、リンは思い出した疑問を口にする。
「何となく気になってたけど、どうして王子は部屋に飾ってある宝剣を使わないで普通の剣使ってるの?」
父王レガートがいない現在、レンは黄の国の実質的な王だ。王家に代々伝わる宝剣を持つ資格も権利もある。目立つなどの理由で外出時に持たないのは分かるのだが、王宮にいる時でも身に着けないのは少々違和感を覚える。
「いきなり話変わったね」
「覚えてる内に聞かないと忘れちゃうし」
いつも腰に提げている剣は実は凄い名剣で、宝剣の代わりに使っている。というのが無難な想像であり、リンもそう思い描いてリリィに伝えた。
「いや全然。武器庫にあったのを適当に選んで持ち出したんだよ。前に鑑定して貰ったけど、名剣って訳でもないし価値が高くもないってさ」
当たらずとも遠からずの返事を期待していたが、予想は見事に裏切られた。
「……つまり何の変哲もない剣って事?」
ますますレンの意図が読めない。王族だから無銘の剣を使ってはいけないという法則は無いが、何だか物足りないような、肩すかしを食った気分だ。
見るからに萎んだリンを一瞥し、リリィは最初の質問に答える。
「で、宝剣を使わない理由だけど、レン様は大きな力に頼り過ぎたくないし、そもそも重さとかが合わなくて使い難いんだって」
「ああ。手に馴染まないって結構問題だよね」
リンが納得して言葉を返す。道具全般に言えるが、合わない物を使うのは大分不便なものがある。それに、強い力は無暗矢鱈に使ったらいけないという考えはレンらしい。
「まあ、必要な時には権力を使うのに躊躇わないから丁度良いんじゃない?」
上手く釣り合いがとれているとリリィは笑い、ふと目を伏せて呟く。
あたし達を拾ってくれた時みたいに。
「え……? 何か言った?」
囁きを聞き取れなかったリンが問いかけ、リリィはさらりと返す。
「ん。何でもない」
やがて王宮の城壁に差し掛かった。近くに誰もいないのを確認した上で、リリィは声を潜めてリンに尋ねた。
「あの話本当かな?」
リンは一瞬立ち止まりかけ、何事も無かったように足を進める。
「分からないよ、そんなの。……でも、王子に報告しないと」
王宮の窓から鳥を飛ばしたりしている人を何度か見かけた事がある。
小声で答えたリンの脳裏に浮かんだのは、顔見知りの店主から教えられた情報。普段なら気に留めない内容の世間話だが、王子からある指令を受けている身としては蔑ろに出来ない手掛かりだ。
緑の国に機密情報を流した人間が王宮にいる。リンが帰って来た数日後、レンはリリィと近衛兵隊の者達に打ち明け、内通者は誰かを探れと命令を下した。
緑の国に訪問した時に西側の森で野盗に襲われた事、その野盗が貴族から情報を渡された事も伝えた。その際、王子と行動を共にしていたリンベルは知っていたのかと訝られたが、彼女には口外を禁じていたとレンが説明すると、合点した皆から疑念が払拭された。
先日処刑した者達に内通者がいたかもしれない。だが、もしそうならば不審な情報は出て来ないはず。まだ王宮に残っているのかどうかの確定が欲しい。
極秘の調査が始まって二週間。全く進展が無かったが、僅かにでも事態が動きそうだ。
「話は嘘じゃなかったみたいだね」
リリィが足を止める。リンも歩くのを止め、怪訝な顔で先輩の目線を追った。
王宮に戻ったリンとリリィは荷物を手早く片付け、即座にレンの私室へ赴いた。書類作業をしていたのを邪魔するのは心苦しくあったが、急ぎの知らせと察した王子はすぐに手を止めた。
ジェネセル大臣が伝書鳩らしき鳥を飛ばしているのを目撃した。知り合いの店主曰く、王宮の誰かが鳥を受け取ったりしているのを何度か見たらしい。リンとリリィがありのままを報告すると、執務椅子に座るレンは眉を寄せた。
「ジェネセル、か……」
事実かと驚きも虚偽ではないかと疑いもせず、レンは冷静に受け止めている。落ち着いた態度に侍女二人が戸惑いを覚えている前で思案し、やがて声を上げた。
「そうか……、どうして気が付かなかったんだ!?」
怪しいがやや心許ない情報にも関わらず、ジェネセルを内通者と断定する心当たりがあったらしい。
激しい打撃音が部屋に響く。信頼していた家臣に裏切られた怒りからなのか、レンが拳を机に叩き付けていた。
「王子!」
「レン様!」
リンとリリィが呼びかけるが、レンには二人の声が聞こえていない。
「くそっ! 俺が甘かったのか! 何で見抜けなかったんだ!」
己を責めて歯を噛み締め、固めた拳を震わせる。
スティーブ達に与せず、かと言って王子に迎合する訳でも無い真っ当な姿勢。故にこそ信用し、大臣としての地位を任せていた。
王子の予定を細かに知り得た立場。緑の国に流された機密。大火災に関する密告。
ジェネセルが内通者である可能性を考えていない事も無かった。しかし同時に忠誠心を信じていたかったのだ。
この人はスティーブ達とは違う。トニオやアルのように信頼出来る大人だと。
裏切られた憤りと悲しみに支配され、衝動に駆られたレンは拳を振り上げる。その左手は机を殴らず、音を再び響かせはしなかった。
一瞬の苛立ちと疑問を覚えたレンが動かない腕を仰ぎ、目に映った光景に息を飲んだ。
「止めて下さい。王子」
泣きそうな顔のリンが両手で拳を包んでいる。
「レン様。自分を傷つけないで下さい」
手首を掴むリリィに行動を諌められる。呆気に取られたレンは怒りを忘れ、気まずく目を逸らした。
「……放してくれ」
王子に頼まれた二人は一度視線を合わせ、大丈夫だと判断して手を解く。平静を取り戻したレンは左手を机に置き、椅子にもたれかかって一息吐いた。暴れていた感情が治まって頭が冴える。
目的は金か出世欲か。理由の追究は不要だ。重要なのは内通者を即刻捕えるべきなのと、ある意味好都合なこの状況を逃してはならない事の二つ。
悪の王子の喧伝にあつらえ向きの人柱が手に入った。そう考えれば良い。
レンは姿勢を戻し、傍に立つ二人に命じる。
「リンベル、リリィ。至急、近衛兵隊に玉座の間へ集まるよう伝えろ。ただし、あまり大っぴらにならないように」
こちらの動きを勘付かれる前に手を打たなければならない。逃亡されては手遅れだ。
急げ、と鋭い目になった王子に事態の切迫さを察し、二人の侍女は「畏まりました」と言って部屋を後にした。
「そろそろ潮時だな」
自室で緑の国へ伝書鳩を飛ばしたジェネセルは、窓から西の空を眺めて呟いた。
重税に加え、色恋のもつれと言う馬鹿げた原因で始まった戦争と貴族達の粛清。王宮の横暴な振る舞いを受け、国民は長年燻らせていた不満を隠さなくなってきている。
以前に王都郊外で何度か起きていた騎士団との小競り合いとは違う。反政府活動が表面化しつつあり、きっかけがあれば容易く暴発する。宰相達が国を疲弊させ、王子は国を再生させようとしていたのが真相だが、内情を知らない国民は『悪の王子』を討たんとするだろう。
その先にあるのは黄の国の滅亡。そして緑の国による侵略だ。黄は緑に併合される。
く、とジェネセルは笑いを漏らす。レン王子は決して愚かではない。むしろ聡いからこそスティーブ達に疎まれた。少年故に政治経験の少なさは如何とも出来ないが、緑との関係を変えた父王レガートと同じく、名君の器を持っている。
しかし、自分の計画と野望には邪魔でしかない。始末は近い将来に国民が勝手にしてくれる。黄が滅ぶ前に国外へ逃げさせてもらおう。
ジェネセルが逃亡の具体的な手筈を思い立った時、地鳴りを彷彿とさせる音が耳に届いた。近い、とおおよその距離を測って間も無く、突如ドアが開かれて赤い集団が乱入する。
「何事だ!」
無作法を咎める叫びが上がった頃には、近衛兵隊はそれぞれの武器を構えてジェネセルを包囲していた。
兵を率いる隊長、トニオが厳かに告げる。
「ジェネセル大臣。反逆の罪により、身柄を拘束させて頂きます」
「馬鹿な! 何を根拠に!」
否認したジェネセルに副隊長のアルが答える。
「緑の国に内通して機密を流すのは、明らかな反逆行為でしょう」
包囲を狭くした近衛兵隊を目にし、逃げ場がない事をジェネセルは瞬時に理解する。彼らは王子直属の部隊だ。たとえ大臣の権限を利用して好条件を差し出しても、内通者を見逃す訳がない。
「終わり、だ……」
聞こえるか否かの呻き。微かな声にトニオとアルは不審の色を浮かべるも、任務を全うするべく兵に指示を出す。
レン王子の慧眼に恐怖を抱いたジェネセルは抵抗なく捕えられ、近衛兵隊に連行されて行く。
己に与えられる未来に絶望して。
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