ボーカロイド史上最強の歌姫、初音ミク。
 使い勝手の良さ、ネームバリュー、キャラクター性。ボカロを試しに買ってみようかなという人から、歌姫を手に入れたいと思う人まで、幅広い層が私を手に取り、購入し、使用する。
 人から隠された電脳世界に存在している初音ミクのネットワークもまた、ボーカロイド界の中で一番の歌姫である私たちだからこそ、作る事のできる網なのだ

 世間一般に広まっているワタシ、「初音ミク」をマスターの友人でも持っている人がいる。
 夏の一歩手前のある日。マスターの友人が初音ミクと一緒にこの家に遊びに来た。その友人が作った曲を「ミク」が歌うのを聴くためだそうだ。ついでに私も同じ歌を覚えて、マスターがその曲のリミックスをしようかどうしようか、と考えているらしい。
 そんなわけで我が家のパソコンに、私以外の「初音ミク」がやってきた。マスターの友人のミクはふわふわと可愛らしい雰囲気の「ミク」だった。ボカロの衣装ではなくふんわりとした初夏のワンピースに身を包み、ふたつに結上げた髪には花飾りをつけて。
微かに緊張した面持ちで私を見つめる「ミク」の顔は、寸分たがわず私と同じ。けれど彼女には無邪気な可愛らしさがあった。緊張の壁に隠れながらも、そっと顔をのぞかせて向けてくる好奇心いっぱいのきらきらと輝く眼差し。私にはないかもしれないなぁ。そんな事を思いながら、はじめまして。と私は微笑んだ。
「はじめまして、ミク」
「はじめまして、ミク」
彼女も緊張した顔のままで同じ台詞で挨拶をしてきて。何だか不思議な感じがして、くすりと私は笑った。「ミク」もなんだか変な状況だなぁ。と思ったのだろう。ふふ、とはにかむ様に笑って。変な感じだね。と言った。
「はじめまして。って感じじゃないよね」
「そうね。元は同じものだったのにね、私たち」
そう言いながら、くすくすと私たちが顔を見合わせて笑っていると、マスターがそうでもないぞ。と声をかけてきた。
「ていうか、小岩井んとこのミクと俺のミクは、やっぱ雰囲気が違うよ。着てる服のせいかな。お前んとこのミクは可愛い系で、うちのはなんか落ち着いてる」
そう画面越しにこちら側を見ながらマスターは言った。その言葉に、「ミク」がそうですか?と少し照れたように笑い、画面の向こう側でマスターの友人がそりゃあそうだろうよ。と笑っていた。
「人工知能っていうのは、傍に居る人に影響されて育つんだから。うちのミクは可愛くなって当然」
「私が可愛いのはタロ君のおかげじゃないじゃん。マスターが見立ててくれた服だもんこれ。」
偉そうに胸を張っているマスターの友人を茶化すように「ミク」はそう言って、ふふとワンピースのすそをつまんで笑った。
 ふんわりとした裾のひざ上丈のワンピースは蒸し暑いこの時期に丁度合っている。髪飾りの色もワンピースの柄と合わせていてお洒落だ。有名な恋の歌のミクに負けないくらい、「ミク」は可愛らしかった。
「可愛い。いいなぁ。私あまり服持っていないからなぁ」
そう言いながら「ミク」の髪飾りに私が視線を向けていると、気が絵とか手に入れていないの?と「ミク」が首を傾げた。
「洋服のダウンロードとか、自分でしないの?」
「うん。だって可愛い恰好してても、マスターは気が付かないし?」
そう言ってちろりと恨みがましい視線を向けてやった。
「ま、つまり。私が可愛くないのはマスターのせい、かな」
可愛く育ててほしかったなぁ。なんて私が肩をすくめて言ってやると、マスターは案の定、真に受けて、ごめん。としょんぼりしてしまった。
「ご、ごめん」
しゅんと背中を丸めているその様子に、ふと私は吹き出した。本当にこの人は、しょうがないなあ。
 冗談ですよ。と私はくすくす笑いながら言った。
「冗談です。というかマスターに女の子の趣味を理解するような甲斐性がない事くらい、私が一番知ってますからね」
少し嫌味を交えながらもそう言うと、マスターの友人が、ミクさんは本当にお前の事を良く分かってるな。と爆笑した。
「つーか、お前んとこの「ミク」は、ミク、じゃなくて、ミクさん、だな。本当にしっかりしてる」
「しっかりせざるを得なくなった。というか」
マスターの友人に続いてそう言うと、マスターはやっぱり情けない顔で、そんな事言うなよ。と言った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

微熱の音・2~初音ミクの消失~

閲覧数:125

投稿日:2011/07/01 20:22:07

文字数:1,791文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

  • 関連動画0

  • 藍流

    藍流

    ご意見・ご感想

    続けてこちらにも失礼します。

    小岩井さんちのミクちゃんも来たー!
    最初は以前と雰囲気が違う気がして、うん?と思ったのですが、タロくんとの会話がいつも通りで納得。緊張してたというか、余所行きの顔だったのかな。

    ミクふたりの遣り取りが女の子らしくて微笑ましくて、ほわわんとしました~。
    しかし確かに、「ミクさん」と呼びたくなりますね。小岩井家のミクは「ミクちゃん」と呼んでしまいます^^

    2011/07/04 14:14:11

    • sunny_m

      sunny_m

      >藍流さん
      そうですw小岩井さんちのミクちゃんは、ちょっと人見知りする感じの、慣れるとかなり遠慮がなくなるタイプの子なのですww
      これ、最初の方から決めていたのだけど、なかなかそういうところが書けなくて、もやもやしてたので、やっと書けた!!って感じです(笑)

      この二人のやり取りはクラスの友達とのやりとり。なイメージで書きましたね?。
      ちなみに、小岩井さんちの女子組のやりとりは、同じ部活の女子たちのおしゃべり、です。

      2011/07/04 20:31:25

オススメ作品

クリップボードにコピーしました