芝居を見に行ってから、またしばらく時が過ぎました。そして今度はその時の町で、お祭りが開かれることになりました。例によって屋敷の人たちは全員で出かけて行きましたが、レンはまた口実をつけて誘いを断ってしまいました。
「で、今回もその格好で出かけるんですか。レン、あなた性格悪くなってきてませんか」
「一言多いよ。それより出かけ……」
「あーっ! やっぱりっ!」
突然割って入ってきた叫び声に、レンは泡をくって辺りを見回しました。なんと、カイトたちと出かけたはずのリンが、いつの間にか屋敷に戻って来ていたのです。
「お、お嬢様……どうしてここにいるんです。さっき旦那様たちと出かけたはずでしょう」
「うん、出かけたわよ。でも、忘れ物したって言って、あたしだけ戻ってきたの」
そう言うと、リンはつかつかとレンの近くまでやってきました。
「それより、この前町で見かけたの、やっぱりレンだったんだ。お父様もお母様もどうして気づかないのかしら」
「気づくお嬢様が鋭すぎるんじゃ……ところで、何忘れたんです」
「何も忘れてないわよ。戻ってくるための口実だもの」
あっけらかんとそう言われ、レンは開いた口がふさがりませんでした。
「わざわざ俺のこと確認するためだけに戻ってきたんですか?」
「だって、お父様もお母様も、あれはレンだって言ってもわかってくれないし。でも、あたしあれは絶対レンだと思ったの! 確認せずにはいられないじゃない」
意気込んでそう言われ、レンは対応に困ってしまいました。
「あの……お嬢様、このこと旦那様たちに話す気ですか?」
レンの言葉に、リンは思案する表情になりました。そして、何事かを思いついたらしく、ぽんと手を打つと、満面の笑顔になりました。
「黙っててあげる! その代わり、今日はあたしも一緒に連れてって!」
「……はあ?」
レンは驚いてリンの顔をまじまじと見つめました。
「一緒にって、俺とですか?」
「他に誰がいるの? レンはこのこと秘密にしておきたいんでしょう? 誰にも言わないでおいてあげるから、あたしと一緒にお祭りに行ってちょうだい」
リンは相変わらずにこにこと笑っていますが、レンは頭が痛くなってきました。どうしたらいいのでしょう。
「レン、連れてってあげたらどうですか。それで黙っていてもらえるんですから」
出し抜けに、馬が口を挟みました。
「わっ、お前、なんでお嬢様の前で普通に喋ってんだよ!」
「すごい! 喋る馬なんて初めて見たわ! ねえねえ、この馬どうしたの? どうして喋れるの?」
リンは興味津々で馬を覗き込みました。
「話すと長くなるんで説明は勘弁してください。ただの馬じゃないことだけ、わかっておいてもらえればいいんです。それよりレン、どうするんですか。私は連れて行く方がいいと思いますよ。それで私のこともあなたのことも黙っててもらえるんですから、安いもんじゃないですか」
「あ~もうわかったよ。連れて行くよ。けどお前、お嬢様を乗せるんだから、加減して走ってくれよ。お嬢様に怪我なんかさせたら、俺、旦那様に川に放り込まれちまうよ」
レンは馬の背に乗ると、リンに手を貸して自分の後ろに乗せてやりました。
「しっかりつかまっててくださいよ。こいつ、速いから」
「わかったわ」
リンが自分の腰に腕を回してきつくつかまったのを確認すると、レンは馬を走らせて、町へと向かいました。リンを乗せていることもあり、いつもよりも速度は落としましたが、それでもかなりの速さです。
やがて、町に着きました。お祭りということもあり、人でごった返しています。
「お嬢様、つきましたよ」
「……う、うん……」
やっぱり少し刺激が強すぎたようです。レンは馬の背から降りると、リンを抱えあげるようにして降ろしてやりました。
「大丈夫ですか?」
「平気……ありがと……」
リンはしばらくレンの肩にもたれて荒い息を吐いていましたが、次第に落ち着いて来ました。レンはその様子を、心配そうに見守っていました。
「もう大丈夫よ。さ、お祭りを楽しみましょう」
そう言って、リンはレンの手を握りました。
「お嬢様……手をつなぐ必要ってありますか?」
「人が多いからはぐれないための用心よ」
本当にそんな必要あるだろうか、とレンは思いましたが、つないだ手を離す気には、不思議となれませんでした。
レンとリンはお祭りのにぎわいの中をあちこち見て回りました。昼頃、疲れと空腹を覚えたので、屋台で軽い食事を取ることにしました。
「ねえ、レンは旅をしていたって聞いたけど、それって、お金ができたら、また旅を続けるってこと?」
食事をしながら、リンがそんなことを訊いてきました。レンは内心、ため息をつきました。
「一応そのつもりですが」
「どこへ行くつもりなの?」
「とくにどこへ行きたいとか、そういうのはありません」
レンの答えに、リンは首を傾げました。
「じゃあどこでもいいってこと?」
「そうですね」
そう答えると、リンはまた質問をしてきました。
「どうして旅をしていたの?」
「お嬢様、どうしてそう質問ばかりされるんですか?」
答えづらい質問だったせいもあり、つい、レンはそう訊き返してしまいました。
「レンのこともっと知りたいから」
「俺のことなんかどうだっていいじゃないですか」
「どうでもよくないわよ。気になるんだもの」
「あれこれ詮索されるのは好きじゃないんです」
レンがそう言うと、リンは黙ってしまいました。そのまま、二人の間にしばらくの沈黙が落ちました。
「お嬢様……あの、その……ただなんていうか、俺にもあまり訊かれたくない事情が……」
気まずさに耐えられなくなったレンは、リンに声をかけました。
「……ごめんね、レン。考えなしにあれこれ訊いちゃって」
「いや、俺は別にそんなつもりじゃ……」
「ただね、ちょっとレンのこと心配だったの。だってあんまりみんなとうちとけてないみたいだし」
リンの言葉に、レンは驚きました。リンがそういうふうに考えていたとは、思ってもみなかったからです。
「俺、そんなに浮いてます?」
「そういうわけじゃないの。お父様も他のみんなも、レンのこと仕事熱心だってほめてるし。お父様、ずっとうちで働いてくれればいいのにって言ってるぐらいよ」
「じゃ、お嬢様は何が引っかかったんですか?」
「だから、レンはいつも一人でしょ? 他のみんなは誰かしらと話したり、休日に遊びに行ったりするわ。でも、レンは休日は一人でどこかに消えちゃうし、家にいる時はずーっと仕事場で黙々と仕事してるし。なんとなく引っかかったの」
「なんとなく、で、こんなことするまで飛躍したんですか」
リンは首を横に振りました。
「レンをこの前町で見かけなかったからやらなかったわよ。いつもと全然格好が違うし、お父様とお母様は全然気づかないし」
要するに、自分の行動がこの顛末を引き起こしたのだということに気づき、レンは内心で頭を抱えました。リンがそこまで、レンのことを気にしていたのは計算外でした。
「俺には、お嬢様がよくわかりません……」
思わずそう呟くと、不意に、リンがこちらに顔を寄せてきました。
「あたしは、レンのことがよくわかんない。知りたいって思ったら、ダメ?」
悪戯っぽい笑顔でそう言われ、レンは目を白黒させる羽目になったのでした。
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■1A_1
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