久しく聞いていなかった。だが、聞き覚えのある声の存在に、ミクは驚いた様に顔を上げた。
不安そうな面持ちをしながらも、レンはミクに駆け寄る。
だが、ミクは何も言わず、顔を俯かせる。
「ミクさん……」
「……………………」
俺が近くに駆け寄っても、ミクさんは何も言ってくれない。
俺の顔も見てくれない…どんな表情をしているか全く分からなかった……。
でも、彼女を目の前にしたら、今までの気持ちが一気に込み上げてきたんだ……。
「俺…気付かない間にミクさんに何か嫌な事しちゃったんですか…?だから、もうこの公園にも来なくなって、メールにも電話にも出てくれなくなったんですか…?」
震えるレンの言葉に、ミクはハッとする。
「違う!違うよっ!!レン君は何も悪くないの…!!私が、…私が悪いの…私が…弱いから…クオ君と……何より、レン君に会えるの時間は本当に楽しくて、元気を貰っていた……だからこそ、傷つく前にもう会うのをやめようと思ったの…」
「ミクさん…俺も、ミクさんとリンに……いや、ミクさんに会える時間は楽しくて、穏やかで、いつもあっという間に過ぎてしまう時間だったんです……。だからこそ、教えてください。『傷つく前に』って…どういう事ですか?」
「………私、来年の春には外国に留学するの…音楽の勉強をする為に…」
「………………」
「元々、『いつか外国で勉強したい。もっと音楽を勉強して、自分の歌で沢山の人にその楽しさを表現したい、伝えたい、笑顔にしたい』…そう思って、今までずっと音楽を学んできた。
…でも、レン君達と出会って…一緒に過ごす時間が楽しくて……最後にレン君と会ったその後日に留学するチャンスが舞い込んできた時も、嬉しさよりも辛さの方が勝っていた……。
だから…もう、この時間が無くなっちゃう事も…レン君と会えなくなる事も……これ以上、傷つく位ならもう終わらせようって決めたのに……そのはず…なのにっ……」
「ミクさん……」
言葉が出なかった。
俺が知るミクさんはいつも優しい、ふんわりとした笑顔を浮かべていた。
涙を見せた事があったのも、リンと出会った時の話をしてくれたあの時だけで…その涙も、リンの痛みを感じて流した物……本当に、優しい人。
だが、今ここにレンが知るミクの笑顔はなかった。あるのは、自分の犯した事に対する罪悪感と、そうまでしても、想いを振りきれなかった情けなさから嗚咽を漏らしながら涙を流すミクの姿だった。…。
「あはは…ごめんね。バカ…だよね……自分で決めた事なのに…レン君達に迷惑かけて…リン…だって、クオ君と会いたがっていたのに、私の我が儘で公園に行けなくて…なのに、結局私が一番未練がましくこの公園に来ちゃった。本当にバカ」「ミクさん」
ミクの言葉の続きを自分の言葉で遮るレン。
「れっ…ん、くん……」
―『もう自分を責めないでほしい…だって…』
レンはミクの両手を自分のそれでギュッと握り、彼女の瞳を見つめる。
「ミクさんは勝手だ……」
「…うん」
「勝手で…俺、嫌われたんじゃないかって傷ついて……もうここには来ないって何度も自分に言い聞かせようとしたのに…未練がましくて、何度も足を運んで、その度に落胆して……もう行かないって、今日こそはそう腹括っていたのに、クオの所為でここまで来てしまいましたよ…」
「…ごめん、なさい……」
「…だけど、今はクオに感謝…かな…」
「え……?」
「それに、俺…さっきのミクさんの言葉を聞いて、勝手に期待しちゃいましたから。今から勝手に俺の想い、言わせて貰います。明日には俺の誕生日だし、ミクさんも勝手したんだから、これでおあいこです」
「…え…レン君……?」
ミクがレンに「何を?」と尋ねるよりも早く、レンは彼女に抱き続けて来た想いを吐露する。
―『…だって…俺も、ミクさんの立場だったら……』
「…ミクさん。俺、ミクさんが好きです。いつも笑顔が可愛くて、優しくて…まぁ、鈍感だったりするし、勝手にこの関係が『終わる』とか想像して、何の話もしないで公園に来てくれなかったけど、それでも、俺はミクさんがずっと好きでしたし、今も好きです。俺は…まぁ、ミクさんよりも年下で………背も……低…い、けど……」
年齢と身長は自分のコンプレックスでもあるのでその辺りの声は呟きにしかならなかった。
だが、レンは吹っ切れた様に勢いに任せて今度こそはっきりと言い切った。
「……あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ーーっ!!だけどぉっ!!俺はあなたが好きなんですっ!!大好きなんですっ!!!お友達とか、そんなじゃなくてっ!一人の女の子として好きなんですっ!!!!告白してサヨナラされるなら、時間はかかってもまだ諦めもつくけど、告白すらしてないのにサヨナラされる方がよっぽど嫌ですっ!!!!」
「ぜぇ、はぁ…」と、走って来た時以上に息を切らすレンは、言い切った後は顔を真っ赤に染めながらも強い意志を秘めた瞳でミクを見つめる。
ミクは暫くレンの鬼気迫る様な勢いに呆気にとられていたが、次第に堪えられないと言った風に笑いだす。
いたたまれないのか、レンは「…真剣なんだから…笑わないで下さいよ」とジト目でミクを見やる、その顔は、相変わらず赤いままだった。
「…っふふ。うん…笑ってごめんね…あのね、私もレン君が大好きだよ…。
私、一人っ子だから最初は弟が出来たみたいで嬉しかったけど…」
(あ…、やっぱそうだったんだ……)
女々しい?これでも覚悟はしていましたよ?でも、告白した本人に言われるのはホントにきついんだよ?
………クオ?
ミクの言葉にあからさまに項垂れるレンに、クオは憐れんだ様な目をする。
「…けど、会って話していく内にやっぱり男の子なんだな~って思う所あったり、それに、笑顔が可愛くて、か、か…カッコいいな~って思う所とかもあったり…だけど、私の方が年上だから……告白しても困らせるだけなんじゃないかって思ってて…だから、私もレン君の事が好きです。男の子として……あはは…両想い?…なんだよね?嬉しいのに……その…はず、なのに……。ごめんなさい…『告白しても困らせる』なんて言葉は言い訳だね…」
「ミクさん………」
「私…怖かったの…。『告白しても、ダメだったらレン君にもう会えなくなる…この時間が無くなる』……って、だから私、留学も都合の良い言い訳にしちゃったんだ……。大好きな音楽も、リンも…クオ君にも……レン君にも……迷惑かけてっ……私っ…!!」
「ミクさん、もう良いんです…もう、自分を責めないでください」
「!!」
―『ミクさんの立場だったら…きっと…俺も……』
気付いたら彼女はレンの腕の中にいた…。ミクは突然の事に驚きで目を見開く事しかできなかった。
そんなミクを、レンは強く抱きしめながら白い息と共に、自身の言葉を紡いでいく…。
「俺だって…同じです……。ミクさんに嫌われるのが怖くて…あの時間がなくなるのが怖くて、
『好き』の一言が言えませんでした…。
でも、ミクさんも同じ想いを抱いてくれていた……。それを、知れた…。だから、嬉しいです。
凄く…今まで会えなかった寂しさや悲しさが嘘みたいに、嬉しいです……。
だから、ミクさんが海外に留学してもこの想いは変わりません。ミクさん…俺はあなたを帰ってくるのを待ってます…待たせて、下さい…。
―変わらずに、あなたを好きでいさせてください…」
「…レン…君…ご、めんなさい…」
「うん」
「ごめ…、なさ…い…!」
「もう良いです。俺がミクさんの立場でも、きっと同じ様な事やってただろうし…」
子供の様に嗚咽をあげて泣きじゃくるミク。彼女の猫であるリンも、ミクを案じてるのか、その足に優しくすり寄り、クオもまたリンと同じ様に彼女の足にすり寄る。
ミクは、まるで親に再会できた迷子の子供の様に泣きじゃくった。
レンはひしと抱きしめながらあやす様に、ミクの頭を、背中を泣きやむまで優しく撫でてやるのだった……。
その後、俺とミクさん、それにクオとリン達の時間も戻った。
俺はクオを連れ、ミクさんもリンを連れてまた毎週の様に会っていた…以前と違うのはミクさんがきっかけとなり、もたらされた関係の『破綻』だった。
俺達は、『猫を連れて会うお友達』から『飼い主も、お互いの飼い猫も恋人同士』と言う関係へと発展した。
だから、公園以外でもミクさんと二人きりでデートしたり、クオもリンと一緒に外をぶらついたりした。
…そして、ミクさん達と出会った春の季節から一年…また春がやって来てミクさんは、リンを連れて外国へと留学した。
ミクさんはクオの為に、リンだけでも家に置いていこうとしたのだが、リンはそれを拒む様に飼い主であるミクさんの傍を離れなかった。
リンは、クオより飼い主のミクさんと一緒に行く事を選んだんだ……。
……でも、それで良い。
リンはミクさんが大好きで、ミクさんにとっても今までリンは彼女の心の支えになって来た筈だ。
それに、時間は掛かるけれどまた会える。
クオもそれが分かってるのか、リンを優しく嘗めて毛繕いをしてやっていたしな。
―そして、俺達はある約束を交わした……。
ミクさんの留学が終わる予定の4年後、初めて2人と2匹が出会った様に、あの公園でまた会う事を……。
「あっちで浮気しないで下さいよ?リンもだよ?クオの為にね」
「みぃ~」レンの言葉に同意する様なタイミングのクオの鳴き声。
「にぃ~」それに応じる様なリンの鳴き声。
「ふふ…クオ君もレン君と同じこと言って、リンは『そんな事しないわよ』って言ってるみたい。
それに、私も…浮気なんてしないよ?そっちこそ、私がいない間に学校で同級生の子や可愛い女の子とかに言い寄られても私のこと、忘れないでよ?」
「全然大丈夫です。俺、男だけど友人曰く『ドン引ける程に一途』ですから(俺、学校でそこまでミクさんの話してたのか……)。いつかミクさんに呆れられて、うざがられて、振られるかも……あ、その時は彼氏に戻れないまでも他の男共(害虫)は駆除して、いつかはまた俺の元に戻ってきて貰いますから」
「わぁ~レン君、怖~い。それを聞けたら…まぁ、6割位は安心して良いのかな?ちなみに、私もかなり一途だから覚悟してね?」
「ばっちこいですよ。むしろ、大歓迎です」
「ふふっ…頼もしくて何よりです。…それじゃあ、レン君…クオ君も、またね」
最後の言葉を伝え終えたのか、リンを連れ去ろうとするミク。
レンは自分の拳を握りしめ、自分の中の何かに耐えながら必死に彼女の背に言葉を向けようとする。
「………み、…あ~違っ!……み、みみ、ミミ……ミクっ!!」
羞恥心やら、恥ずかしさ、ヘタレを押し殺して言った俺の顔は絶対赤かったと思う。
(…はは、俺…やっぱり大好きな人の前ではヘタレだ……)
「っ!レン君…今……」
「ミク!俺、待ってるから…クオと一緒にか、かか……彼氏として、その…、リンと……ミクの事、待ってるからっ!…………だから、頑張ってこいっ!!!」
初めて敬語をなくし、呼び捨てで自分の名を呼んだレンの応援の言葉にミクは瞳に涙を浮かべながら何度も頷く。レンの顔は……やはり真っ赤だったが、何より満面の笑顔を浮かべていた。
「……!うん…うん…!!また会える時を楽しみしてるからね!!」
―『行ってきます…レン』
―『いってらっしゃい…ミク』
その言葉を合図に二人は初めてのキスを交わした……相手を愛し、また会う事を約束したキスを…。
【四年後―現在―】
レンは走って行く。
その手には、ミクから帰国を知らせる内容の文章が綴られたエアメールが大事そうに握りしめられていた。
…クオの後を追う様に『約束の場所』へ…ミク達と出会った、あの公園へと走る。
公園に着いた頃には、息を切らしていた。呼吸を整えながら前の方を見やると、先客がいた。
それは、初めて出会った時と同じ桜の木の下のベンチに座る愛しい恋人の姿だった…。
ツインテールにしていた髪は下ろされ少し切ったのか背中辺りまである。
4年と言う歳月は、可愛らしい少女であったミクを美しく成長させていた…。
そして彼女の膝の上には、「可愛い」という言葉を卒業し、「綺麗」という言葉が似合うミクの愛猫…リンの姿もあった。
その光景に見惚れながらも、四年前の様に呆ける事なく、レンは叫ぶ。
「ミクっ!!」
声変わりをし、少し低くなった声。それでもミクは誰の声かなど、間違えることなくその声の主の名を呼び、駆けよる。
「っ!レン!!」
―『お帰り…ミク』 ―『ただいま…レン…』
俺はそこにいるミクの存在を確かめる様に抱きしめた。
四年前、初めて抱きしめた時も彼女は細かったし、……やっぱり俺より身長が少しだけ大きかった事が悔しかった。
でも、今のミクは俺より二回り近くは小さい…本当に、華奢な女の子だった。
ミクは、嬉しそうに顔を綻ばせながら俺の背中に、相変わらず細い腕を回して抱きついてくれた。
ミクオも成長して、リンと同じ位だった体躯はしなやかに、けれど彼女よりも大きい物になっていた。
恋人達の猫も再会を喜び、嬉しそうに体を擦り寄せ合う。
まるで、キスをするかの様にクオはリンの頬を優しく、愛おしそうに舐める……。
―そしてレンとミクも……、
巡った季節、巡った想いの分だけ、二人と二匹の想いの深さは増して、重なった……。
【END】
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