「―――ふぅっ…ったく、ミク姉てばホントに寝坊が好きだよな……」
玄関で履き潰れたスニーカーの靴紐をちょうちょ結び。
立ち上がり腰を払う。帰ったら掃除しないと駄目かもな……埃が人の歩かない所に薄っすらと積もって獣道みたくなってる…うへぇ、メンドー。
立て付けの悪い戸をガラガラと大きな音を立てて開けると、チュンチュンと囀りを響かせていたスズメの数羽が細かく羽ばたいて、電線の上にとまって俺を鳥瞰した。そのまんまか。
東の小高い山際から覗く朝日の陽が目に差し込んで眩しい。
昇り途中の煌く朝日が放つ涼しい陽光が、納屋周りに咲くたんぽぽの葉についた朝露に弾かれて一層キラキラと心地良い眩しさに囲まれた。
朝と夜には独特の匂いがあって俺はそれが好きだったりする。
冬のシンとした冷たさと乾燥と静けさとが一緒くたに入り交ざった、吸い込むたびに気道も肺も凍てつくような感覚に支配されるのが案外好評価かな。
夏の場合は…ん~何だろうな? ここらへんだけなのかは知らないけど、海が近くて湿気の多く含んだTシャツ一枚で十分な気温の爽気はシトシトしてて、実は乾燥肌の俺的には夏の方が一馬身弱好きだ。
あと、なんつーかな? ひと気とか車通りの少なさがのっぺりとした雰囲気に情緒がある~…かな?w
まぁ閑話休題。
「さて、と」
たんぽぽの葉に滴る雫と茶褐色に湿った粘土質の硬い地面を蹴飛ばしながら、納屋からチャリを出す。
前カゴにお気に入りのメッセンジャーバッグを放り込み、サドルに跨ってペダルを一漕ぎ、二漕ぎ…。
コンクリートの道路にタイヤを乗せて、ギアをフルまで上げてトップスピードに持ち込める様に体重を目一杯乗せ立ち漕ぎでギィギィ言わせる。
下り坂に差し掛かったところで腰を落ちつかせて傾斜に身と加速を任せる。
頬を撫でる風が次第にビュウビュウ耳を掠めて騒々しいのは無視してシャーッと山を下る、途中のカーブで麓の港街と大海原を一瞥してからギコギコ加速を再開した。
チャリリンッ―――。
「おはよう、レン君。今日も早いね」
嫣然とした微笑を口元に携えて、優艶と伸びた長い菫色の髪は今日は後ろでまとめている。
柔和な表情と物腰、彫刻の様に端整な顔つき、白磁の様な肌はまるで女性のような雰囲気があるが、スラッと伸びた背丈とキリッとした目つき、ハスキーな低音の声は俺の男としての目標でもある。どっかのバカ兄貴とは違う。
「おはよう、がっくん……あれ? マスターは?」
「奥で寝てるみたいだね」
「バイトに開店前の準備させて寝てるって…もう、大丈夫なのかな」まったく。
「昨日も夜遅くまで起きてたみたいだから、勘弁してあげて?」
「がっくんがそう言うなら…」
店内から従業員準備室に入り、『りん』と汚い字の名札の入ったロッカーを開けて肩に掛けてたバッグをしまってからハンガーにかかった茶色の長いエプロンを首に掛けて腰の後ろで紐を結ぶ。
このへんは勤めて九ヶ月目、手馴れてきた。
島国の港街って言うのはどうしても賑わってしまうらしい。
この国と他国を行き交う、人も物も金も言葉も文化も宗教も娯楽も穢いものも、全部が一様に港を通るわけだから。
近隣の浜で一番大きな港のあるこの街は、近隣で一番賑わう街なのは…まぁ、当然っちゃ当然か。
そして、この港街に幾つもある飲食店、幾つかある喫茶店のうちの一つ『Cadlo Vio』。
去年の、ある一件からここで働くようになってから……はや九ヶ月ちょい?
自給は640円とコンビニよりかは少ないけど、お金以上に大切なものを教わった気がして。
がっくんとマスターのお陰で自宅と同じくらい心の落ち着けるところになった。
「んぉ……レンか」
店と家宅を繋ぐ扉から、上瞼の下がった眠そうな眼をゴシゴシ擦りながら、空いた手で寝癖の頭をバリボリかく、この喫茶店『Cadlo Vio』のマスターが大欠伸をしながら顔を覗かせた。
「おはようございます。すごい顔ですね」
「ほっとけ……午前中は、お前とがくで接客してくれや」
「はぁ……。今朝は何時まで起きてたんですか?」
「んぁ? 五時くらいかぁぁ~」と大欠伸。のどちんこ見えてますよ。
「はいはい。おやすみないさい」
働き始めた頃から季節も巡って暑くなってきて、近くの大きい目の砂浜が海水浴場になった所為かどんどん賑わいを増すこの街。
一年を通して一番忙しくなるんだろうけど、マスターが“あぁ”じゃ実感が湧かない。いつも店でコーヒー入れてるマスターとまるで別人だよな~。すげーギャップ。
『staff only』の扉を静かに閉めて店内に戻ると、芳ばしい香りに満たされていた。
「あっレン君、朝食はもう済ませてる?」
「…うん、軽くだけど」
「もし良かったらでいいんだけど、トーストとサラダ食べる?」
「っ! うん。食べたい!」
今日も一日が始まる、がんばろっと。
=to be continued=
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-----------...ネバーランドから帰ったウェンディが気づいたこと【歌詞】
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BPM=172
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まふまふ
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