ねえカイト。アンインストールされたあなたは、一体何処へ行くの?
エス
「………アンインストール、する気、なの?」
「…そうじゃないけど」
ディスプレイの向こう側で、真っ青な目を見開いて私を凝視するカイトの表情は何とも言えない複雑なものを含んでいて、不用意なことを口走った自分を心の中で罵倒し、視線を落とす。 手の中で湯気をくゆらせる飴色の紅茶。爽やかな香りは今この凍りついた空気に最も相応しくない。
「例えば。 パソコンが故障して。修理するのに、全部捨てなきゃならなくて。 …もし、万が一、そういう時が来たら―――あなたはどうなるの?」
「………、そんなこと、聞かれても。 マスターは死んだら何処へ行くのか知ってるの?」
「………そんなこと聞かれても」
「ね」
私の言葉が、彼をアンインストールするつもりで放たれた言葉ではないと知って安心したのか、いくらか柔らかい面持ちで微笑むカイト。 それが、どうしてだか、切ない。 泣き出しそうな衝動を堪え、誤魔化すために、紅茶を一口啜る。
「…恐くないの」
落とすような声色の台詞はもしかしたら何処へ行くのかわからない「私」へあてたものなのかもしれないしただただ目の前で穏やかに笑う無邪気で残酷な「彼」に吐き捨てたものなのかもしれない。 カイトはきゅうと唇を引き締め、「恐いよ、」と囁く。 ちいさな歌は何処にも記録されずに私の心の一番痛いところに蓄積されて、いつか私を苦しめるバグとなる。 わかっていて私はその先のカイトの言葉が聞きたくてたまらない。
「…でも、きっと、真っ白になっても―――僕は歌が好きなんだろうし、またマスターを好きになるんだと、思うよ」
「それは、寂しいよ」
「歌とマスターを嫌いになる方がもっと寂しい」
「今まで、を、否定された気がする」
カイトと築いた「日々」は決して軽いものではない。私とカイトの間の見えない「絆」のようなものは、初期設定からの単なる主従関係などではなく、もっと別の…日常から生まれたものだと、思っている。 もしまた真っ白な彼が忘れる前と変わらずに私を慕ったとしたならば私たちの「日々」は何の意味を持っていたのだろうか。そんなものがなくても出来上がるような簡単なものだったのだろうか。
カイトがカイトであるままだとしても私はきっと初めて出会った時の私のままじゃないから不安になる。多分きっと元のままの「絆」は築けないし、元のままでない「絆」で繋がった「カイト」を果たして私は愛せるのだろうかと思うと言葉に詰まる。いつのまにか私は「カイト」という一個体をどうしようもないくらいに心の側に置いていた。
ああ。精密機械の脆さはこの暴力的な感情を受け止め切れやしないというのに。
「…そういうことにならないよう、注意するしかないのよね。 無限を祈って手を尽くすしか」
「無限なんて、僕にも貴女にも持て余すものだ、マスター」
「わかっていても人は有限を憎むものなのよ、マイディア」
いつか真っ白になるその時は、どうぞ私を憎んでくれ。 消え去った想い出が宝物であるために。
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