君恋る音(きみ・こうる・おと)
2.ハジメテノオト‐①
ささき蒼衣(そうえ)

 …―多分、初めて貴女を知った時から、僕は“恋”に落ちていた。

「―じゃ、取り合えず下に降りよっか。先輩達、待ってるだろうし。」
 葉月がそう言うので、KAITOも彼女について部屋を出る。…と…。
「うわーい、アルファお兄ちゃーん♪」
 KAITOをそのまま縮めたかのような、幼い子供が彼に抱きついてきた。片ひざをついて抱きとめてやる。
「あー、かいとちゃん。月島君は?」
「こんにちは、葉月お姉ちゃん。あのね、マスターはお出かけしてるの。」
 屈み込んで幼いKAITOを見下ろす葉月に、かいとがにこにこと答える。KAITOは、「弟」―商品として発売されている『VOCALOID KAITO』H.F.R.(ヒューマン・フォームド・ロボット)typeの1号機を苦笑して見下ろした。
 彼、CVR00-01β(ベータ)〈KAITO〉 P-01α(アルファ)も2、3回会った事のある「かいと」のマスター(所有権者)は、いささか面倒くさがりのきらいのある男だったが……。
「…愛称(ペットネーム)、本当に『かいと』になったのか?」
「うんっ!『月島かいと』って言うんだよ。」
「真由紀先輩のところのMEIKOちゃんは『ルイーザ・メイ』なんだって。何か、人によって名前のつけ方にずいぶん差があるよね。」
 葉月に手を握ってもらってご機嫌のかいとのもう片方の手を握ってやって、3人で歩き出す。
 
 ところで。『愛称をつける』なんてペットみたいだ、って思う方、いますね?
 ここで考えてみて欲しいのだけど、『KAITO』にしろ、『MEIKO』にしろ、他のVOCALOID達にしろ、何十体と同じ機体が存在する事になるわけで。
 そりゃKAITOやMEIKOは、自分を呼ぶ“マスター”の声なら一発で聞き分けられるが、彼等と接するのは“マスター”ばかりではなく。マスターが他の子を呼ぶ事もありますし。
 そういった個体識別の為と、副次的に、感情移入の促進の為に、VOCALOIDに限らず、ロボットに愛称をつけてあげる事は推奨されているのです。

 3人でティールームに来ると、先程までとは打って変わってひどくにぎやかになっていた。
「―あー、アルファお兄ちゃーん!」
「お兄ちゃーん!」 
「わあーい、お兄ちゃーん!」
 幼稚園児よろしく、ティールームの中央部のスペースに集まっていた子供達十数名が、一斉にKAITOの所に走りよって来た。
 青い髪に青い瞳、白のコートに薄茶のズボン、薄青のスカーフを巻いた男の子、栗色のボブヘアに赤茶の瞳、赤い上着とスカートの女の子、一際目立つ明るい緑の髪をツインテールにした、グレイのシャツ、黒のプリーツスカートに緑のネクタイ、腕に黒のスリーブをつけた女の子。
 『KAITO』に『MEIKO』、そして『初音ミク』。現在「仙台アトランダム工科大学」学生・職員寮に住まう、子供型H.F.R.(ヒューマン・フォームド・ロボット)のVOCALOID達だ。
 次々に飛びついてくる子供達を何とか受け止める。
「―わっ、KAITO、大丈夫っ!?」
 ちび達十数名のタックル(?)を受けてさすがにふらついたKAITOに、葉月があわてて駆け寄る。
「大丈夫です、マスター。ふらついただけですから。」
 KAITOが笑ってみせると、葉月はほっとしたように笑った。…ふわりとしたその笑顔が、ものすごく、
(…可愛いなァ、マスター・葉月…<はあとまーく>)
 顔がにへらっと崩れそうになるのを何とか抑えて。葉月と共にティールームの中に入る。もちろん子供達付きである。
「おー!来た、来た!」
「わー、おっきな『KAITO』だぁ!初めて見たよ、青年型!」
「KAITOくーん!葉月ちゃん、こっち、こっち!」
 わっ、と大歓声で迎えられて、ぎょっと身を引く。葉月がKAITOの腕にすがりつくようにした。…彼女の手を、安心させるように握りこむ。
 にぎやかなのは、ちびVOCALOIDばかりではない。あちらこちらのテーブルから、学生や研究者達が手を振る。―その数、優に50人超。KAITOが来た事を聞きつけて集まってきたんだろう、耳の早い事だ。
 何やらわいわい騒ぎながら飾り付けなどやっている面々を横目に。
 ちょうど木原教授と蒼衣(そうえ)の座っているテーブルの辺りが空いていた(空けていた、というべきだろうか)ので、葉月の肩を抱くようにしてそちらへ移動する。
「―すごい騒ぎですね。」
「全くね。皆、耳が早いよ。…変なトコでノリも無駄にいいし。」
「これから歓迎会をやる事になっちゃったのよ。良いわよね、KAITO君。」
 蒼衣(そうえ)が肩をすくめ、木原教授がおっとり苦笑する。
「…はあ、僕は良いですけど……」
「――葉月さん、大丈夫?」
 硬直してしまった葉月の顔を、蒼衣(そうえ)がのぞき込む。葉月は顔を引きつらせたまま反応しない。
「―マスター・葉月。」
 KAITOがそっと、しかし葉月の耳にはしっかり聞こえるように呼びかけると、彼女は、はたと硬直状態から復帰して、引きつりながらも笑って見せた。
「あ、うん。大丈夫。」
 KAITOはほっとして息をついた。木原教授の隣に葉月を座らせて、彼もその隣に座る。
「お二人さ~ん、はい、飲み物だよ~♪」
 やたら楽しそうな声をあげて。春奈が飲み物の入ったグラスをワゴンに乗せて押してきた。グラスの中の液体は、やけに色鮮やかだ。
「…まさか、お酒じゃないでしょうね、それ。」
「まっさかぁ♪まだお昼ですもん。ちびちゃん達もいますし。」
 蒼衣(そうえ)が横目で春奈をにらむ。低いトーンの声に、眼光も鋭い。結構な迫力だが、相手は平気な顔でけらけらと笑っている。
 21世紀後半に成人年齢が18歳に引き下げられて、飛び級したのでもない限り大学生が飲酒しても違法にはならない。とはいえ、まだ昼のうちから酒てのはマズイだろう。
「ね、KAITOって、お酒平気なの?」
 春奈の持ってきた飲み物を何とも言えない顔で見ていた葉月が、ふとKAITOに訊いてきた。
「――え?ええ、ま、人並みには飲めますよ。…あ、僕達青年型はともかく、ちび達は酒なんてダメですからね!」
「えーっ、俺達だってお酒飲めるよーっ!」
「お兄ちゃん、過保護ーっ!」
 慌てふためいて付け足された後半の言葉に、ちびVOCALOID達が文句をつけてきた。かいとと飾り付けを手伝っていたちびKAITOの一人と、ちびMEIKOの一人が、こちらに走りよってきて声を上げる。
「―ま、小さいVOCALOID達もアルコールをエネルギー変換できるようになってるし、アルファの心配は取り越し苦労ってヤツなんだけどね。」
 蒼衣(そうえ)が軽く肩をすくめる。
「そーだよっ!俺よりマスターや葉月お姉ちゃんの方がお酒弱いもん!」
「あたし達の方がよっぽどお酒飲めるよっ!」
 小さいKAITOと小さいMEIKO―胸の名札にはそれぞれ「けいと」、「ルイーザ・メイ」とある―が、憤然と胸を張る。
 そりゃ、VOCALOIDに限らず、人間形態(ヒューマン・フォーム)ロボットがアルコール飲料で具合を悪くする事等、それこそ故障でもしない限りない訳だが。
 「兄」としては、やっぱり、子供型にお酒はちょっと…と思ってしまう。
「まあ今日は皆ジュースだから、ね。」
 顔をしかめたKAITOの背を春奈がばん、と叩く。小柄な体格(145㎝)に似合わぬ力に、KAITOが一瞬息を詰めた。
「大丈夫?KAITO。」
 子供達は尚もぎゃんぎゃん騒いでいたが、やがてお菓子をもらって機嫌を直したようだ。
 呼ばれて、向こうの方にかけていってしまった春奈の背を見送るKAITOに、葉月が心配して声をかける。KAITOは、苦笑して彼女の方を向いた。
「大丈夫ですよ。…でも、春奈さんって豪快な人ですね。」
「外見に似合わず、ね。」
「人間、誰しも自分の中の一部しか表に出していないものよ。…ロボットでもそれは同じね。」
 蒼衣(そうえ)が肩をすくめる。木原教授の台詞を聞いて、KAITOは、思わず葉月と顔を見合わせた。
「…ねえねえ、兄ちゃんさ、葉月お姉ちゃんにこそお酒飲ませちゃダメだからね?」
 KAITOの座る席の前のテーブルに手をかけて、けいとがこちらに伸び上がる。
「え?」
「けっ、けいとちゃんっっ……;;」
「葉月お姉ちゃんね、すっごくお酒弱くてすぐ酔っ払っちゃうの。この前もジュースと間違えて強いお酒飲んじゃって大変だった。」
 ルイーザ・メイの台詞に、蒼衣(そうえ)も顔をしかめる。
「…確かにあの時は大変だったな。葉月さんが酔うと抱きつき魔になるとは思わなかった。」
 木原教授がくすくすと笑う。KAITOが横を見ると、葉月は首筋まで真っ赤になっていた。
(あらら…マスター・葉月ってば、真っ赤になっちゃって……)
 そういう所も可愛い、などと本人に言ったら叱られるだろうか?
 そう思いながら、KAITOが口をつけた飲み物は……
(―ホ、ホントにこれ、ノンアルコールかっ!?)
 思わずそう思ってしまうくらいの、パンチのある味だった。

(To be continued)


 …もちろん、ノンアルコールですよ、飲み物は。
ジュース各種に、コーラやソーダ、ハーブティーやら何やら混ぜ合わせたわけです。…一杯に全部混ぜ合わせたわけではありませんが。ノンアルコール・ワインやホッピーなんか混ぜたモノもあったりして。
 KAITOが「本当にこれはノンアルコールか、と思ってしまうくらいパンチのある味」と感じたのは、VOCALOIDに限らず人間形態(ヒューマン・フォームド)ロボットが人間より味覚(に限らず感覚全般)が鋭い、という設定もあります。
 ちなみにホッピーというのは、麦芽、ホップを主体にして作られたビール風味の炭酸飲料です。焼酎など割って、ビール風のカクテルを楽しむそうです。

ささき蒼衣(そうえ)

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

君恋る音(きみ・こうる・おと) 2.ハジメテノオト‐①

…勘違いから、2話目の③を先に投稿してしまっていました。(①、②を投稿していたと思い込んでいた、という……;;)
というわけで。「君恋る音」、2話その1です。

2011.8.22 1話目から通しで読めるよう入れ替え直しました。

もっと見る

閲覧数:219

投稿日:2011/08/22 17:58:21

文字数:4,139文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました