07
こいつは戦争だ。
僕たちはいつだって明日に怯えている。
今日一緒に戦い、一緒に寝た仲間が明日も一緒に生きているとは限らない。
それでも夢を見る。
戦争なんてなくなって、銃もなくなってしまう夢を。
そんな……実現するはずもない夢を。
あれから数ヶ月が経過した。
東ソルコタ神聖解放戦線は、戦力を拡充し、西へと戦線を押し上げて支配地域を広げていった。
チャールズは銃に撃たれて死に、ベスは爆弾と共に吹っ飛んだ。
オコエは……戦うことに怯え、疑問を持ち、あるとき脱走した。リディアもだ。
あの二人は、悪魔の本に感化されてしまったらしい。
兵士とは消耗品だ。簡単に死に、簡単に補充できる。
たった数ヶ月で、僕以外の兵士はみなメンバーが入れ替わった。
僕が生き残っているのは、ほとんど運だ。
生き残るための立ち回りや、武器の扱い方を他の人よりも考えているつもりではある。
けれど、そんなことしても変わりようがない、自らの意志が関与できない状況で人々は死んでいく。
僕がいま生きているのを、運以外に説明できなかった。
しかしそれでも、ソルコタの東部から政府軍を追い払い、東ソルコタ神聖解放戦線の支配地域は、もうソルコタ政府よりも広くなっている。
被害の分だけ、殺された人の数だけ、その結果はついてきている。
もちろん、そうなればそうなるほど、外からの抵抗は激しくなっていった。
最近では、政府軍とも赤十字とも違う、あの水色に白の模様が描かれた旗のやつらともよく戦う。
彼らの部隊は手強い。
僕らや政府軍と違って様々な肌の色の兵士たちで、なにより大人しかいない。装備の質も訓練の度合いも、僕らなんかより上だ。
彼らに勝てていることと言えば、人数と特攻くらい。
それでなんとか互角の戦いに持ち込めているって感じだ。
僕は……以前のように導師を信頼できなくなってしまっている。
あのキャンプファイヤー以降、疑惑があったり、それをなんとか打ち消したり、ということを繰り返していた。
もう、終わりにしようか。
オコエとリディアがそうしたように、戦うことなんてやめてしまえばいい。
導師のいないときは、疑惑が膨らみ、困惑し、本当に正しいことでは無いような気がしてくる。
だから……もう終わりにしよう。
そう思うのに、導師の言葉を聞くと、やはりなにも間違っていないのたと安心させられて、自分のためにも、みんなのためにも戦わなければと思う。
……僕は間違っていない。
そうだろうか?
正直なところ、わからない。
やらなければならない、とは思う。
ソルコタ政府を打倒し、コダーラ族を根絶やしにし、新たな政府を樹立し、カタ族を再興させ、導師をこの国のトップにする。
そのためには、僕らにはもっと銃弾と爆弾が必要だ。
僕はもっと屍の山を築き上げなければならない。
この命が果てるまで。
「政府軍首都アラダナを襲撃する。最終目標は行政府庁舎だ。これが最後の戦いとはならないかもしれないが……間違いなく決定的な戦いとなるだろう」
導師が語気を強めて拳を宣教台に叩きつける。
その音が、静まり返った大伽藍に響く。
ドーム状の空間は、兵士に埋め尽くされていた。
そこにいるのは、数百人もの兵士たちだ。
半分ほどは大人の兵士で、もう半分は僕と同じか僕より下の子どもたちだ。
こんなに大人数で集まれるところが残っているとは思っていなかった。
近頃は空爆も頻繁にあり、外で集まろうものなら簡単に標的にされて殺されてしまう。主要な施設だってほとんど破壊されてしまった。
ここは天然の洞窟をさらに掘り進めてできた場所だから、まだ敵にバレていないのだろう。
「我らはずっと虐げられてきた。我が国を植民地としていた国は、コダーラ族を優遇し、我らカタ族を弾圧した。独立してからも、コダーラ族の優位は揺るぎもしなかった。ソルコタはコダーラ族の国として認知され、我らカタ族は虐げられ……格差に甘んじてきた」
そこまで告げて、導師はみなを見渡す。
「これは我々の独立戦争である。……虐げられ、格差に甘んじるのも……今日で終わりだ」
「そうだ!」
「やるぞ!」
導師の言葉に、みなが声をあげる。
「我らは声を大にして主張してきた。『不公平だ』と。我々には様々なものが与えられなかった。彼らには当たり前だった選挙権、市民権、そして戸籍。それらが無いせいで、治安機構そのものが我らの敵だった。警察は昔からそこに住んでいた我々を『不法居住者』と呼んで追い払った。我々自身の安全が、命が脅かされてきた。他ならぬ政府と、その下僕どもによってだ」
誰かが「その通りだ!」と叫ぶ。
導師はその声に深くうなずいた。
「これまで届かなかった我らの声を彼らに届かせるには、銃を使う他なかった。この弾丸による独立戦争の他、手段が残されていなかったのだ。この独立戦争がここまで大きくなったのは、その偉大なる成果と言えよう。我らは、我らを虐げてきた彼らに思う存分思い知らせてやった。……そうだろう?」
にやっと笑う導師に、みなも呼応して笑う。
「そして……これから、やつらにいままででもっとも大きなノーを突きつけてやろうと思っている」
みな、静まり返った。
「……準備はいいな?」
導師の言葉に、伽藍が爆発でもしかねないほどの歓声に湧いた。
「我らが受けた屈辱を彼らにも与えてやれ!」
『応!』
「もらった数の倍の弾丸を返してやれ!」
『応!』
「壊された建物の倍の建物を壊してやれ!」
『応!』
「殺された数の倍の奴らを殺せ!」
『応!』
「我らは奴らを駆逐し、我らだけの国を作るのだ!」
導師が拳を振り上げ、みなが自動小銃を掲げて雄叫びをあげる。
伽藍の中は熱狂に包まれていた。
「……」
以前なら、その熱狂に違和感も抱かなかっただろう。
だけど……なぜだろう。
いまの僕は、それが本当に正しいことなのか、確信が持てないままに戦っている。
もう、終わりにしとけば……。
そんな疑念がぬぐえなかった。
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