崩壊の足音

 武装した民衆が蜂起。その知らせは程なくして王宮へ届き、やがて黄の国正規軍と反乱軍は衝突する事になった。以前から発生していた騎士団と民衆との小競り合いとは違い、反乱軍はれっきとした組織として謀反を起こした。
 悪ノ王子への不平不満を高めていた国民は反乱軍を革命軍と呼んで支持。正規軍は物資や人員の支援を受ける反乱軍に敗走を重ね、王都の眼前に敵軍の駐屯を許す事になった。
 崩壊を目の当たりにした王宮では召使などの非戦闘員が逃げ始め、脱走兵も僅かに出始めていた。

 仕方ないとはいえ、やっぱり寂しいな……。
 一緒に仕事をしていた召使仲間は逃げ出してしまった。本当にもう王宮にいないのだと実感し、回廊を歩くリリィは物悲しさを自覚する。近衛兵隊と一般兵の大半は残っているが、最後まで王宮に留まるかどうかは分からない。
 状況を考えれば当たり前。逃げる奴を止めるな、責めるな。逃亡した者達にレン王子は寂しげな目をしただけで怒りはせず、残っている者達にはいつ逃げても構わないと告げていた。
 現在も王宮に残っている使用人は、料理長を除けば自分とリンベルくらいだ。しかしさっきから彼女の姿が見えない。使用人室に到着して中に入ったが、人気は全くなかった。
「どこ行ってんのかな」
 調理場でおやつ作りや料理長の手伝いでもしているのだろうか。リリィは壁に掛けられた伝言板でリンベルの行く先を確認する。城下へ買い出しに出ていると書かれた文を目にした直後、リリィの頭に不安がよぎった。
 この前の失踪事件と伝書鳩目撃。二回とも偶然に決まっているが、リンベルと買い出しの組み合わせには何だか心配だ。どうも嫌な予感がする。
 取り越し苦労で済めばいい。胸騒ぎを覚えたリリィは、休む間もなく部屋を去った。

 王都に迫った反乱軍とは公然な戦闘こそ発生していないが、小規模な交戦は何度か起きていた。
 戦いがあれば負傷者が出る。怪我人の手当てで減って来た薬や包帯を購入する為、リンは市場に足を運んだのだが。
「あの、今あるのはこれで全部ですか?」
 空の箇所が目立つ商品棚を眺め、リンは思わず本音を口にする。これでは必要な分に全然足りない。それ以前に数が少なすぎる。自分が王宮のメイドなので嫌がらせをされたのかと邪推した程だ。
「すまないね。置いてあるので全部だ。在庫も無い。他の店もこんな感じさ」
 ここだけが品薄な訳じゃない。そう教えてくれたのは人の良さそうな店主。彼は困った表情で話す。
「革命軍が食糧やら薬やらを買い占めていてね。王都の物資を全部集めてるんじゃないかって勢いだ」
 お陰でどこも品不足に陥っている。説明を終えた店主は溜息を吐いて愚痴を言う。
「そりゃあ買ってくれるのは歓迎さ。国民を圧政から解放する為に戦ってくれているのも分かる。だけど少しは住人の生活の事も考えてくれないかね。いくら悪ノ王子を打ち倒す為とはいえ、物事には限度って物がある」
 店主は目の前の客を王宮のメイドだと知らないで文句を言っているが、適当に相槌を打って聞いていたリンは若干顔を引き攣らせた。
「戦なんて早く終わって欲しいね。戦争はもうこりごりだよ」
「そうですね」
 青の国との戦争は未だに続いているものの、敗北を重ねる騎士団からは降伏や脱走が相次いでいるとレンから聞いている。終結するのは時間の問題だろう。命からがら帰った所で、黄の国に連中の居場所など無いが。
 残っていた商品を買い、リンは店主に礼を言って店を後にした。

 市場を巡って薬や包帯を何とか買い集め、リンは大通りを急ぎ足で進む。すれ違う人々は何となく沈んでいて、近々起こる戦いに不安を抱えているのがひしひしと伝わってくる。
 身近な場所が戦場になるのだから無理もない。盛り上がっているのは反乱軍に関わって恩恵を受けている人間だけ。大半の住人は流れに身を任せるしかない傍観者だ。誰もが理不尽に逆らえる強さや勇気を持てる訳じゃない。
 ふとざわめきが耳に入り、行く先に若い男の集団が見えた。緑髪の彼らは一様に大きな包みを抱えており、意気揚々とした様子で道を横切っていく。
「何だろう……」
 男達が歩いて来た方からざわつく声が聞こえる。怪訝な顔をしたリンの目に人だかりが映った。
 見覚えのある建物に驚き、鼓動が激しくなる。群がった人へ近寄って事情を聞くと、小麦問屋に複数人の強盗が入り、食べ物や金品を奪って行ったらしい。幸い怪我人はいなかったとか。
 さっきのだ。と確信したリンは底冷えする感覚を味わう。奴らは略奪を行っておいて、得意気な態度で道を歩いていた。しかし何故緑髪の、西側の人間が我が物顔で黄の国王都を歩いている。
 騒いでいた野次馬が散っていなくなる。佇んでいたリンは建物を眺めると、そのまま小麦問屋へ歩き出した。ここの人達は無事なのか確かめたい。人的被害は無かったとはいえ心配だ。
「テトさん、いますか」
 扉をノックながら呼びかける。程なくして中から扉が開かれ、赤髪の女性が現れた。小麦問屋を経営する女主人は、巻貝のような形の髪を頭の両脇で揺らしてリンに挨拶をする。
「いらっしゃい。リンベルちゃん」
「忙しい所をすみません。強盗が入ったと聞いて……。大丈夫ですか?」
 リンが尋ねると、テトは苦笑して答えた。
「あたしも従業員も全員怪我は無いよ。だけど中は滅茶苦茶。王宮に納品したのが昨日で良かったよ」
 もし今日明日だったら小麦が足りなかったかもしれない。不幸中の幸いだとテトは呟く。
 この小麦問屋は王宮御用達で、リンやリリィのような使用人にとっては馴染み深い店だ。自ら王宮にやって来るテトと世間話をするのも珍しくない。実はジェネセルが伝書鳩を使っているという情報をくれたのは彼女で、客から話を聞いたりもしていたらしい。
「今は総出で片付け中。次の時までには何とか間に合わせられるようにしておくよ」
「あっ、待って下さい」
 戻ろうとしたテトを呼び止め、リンは片付けを手伝うと申し出る。用事があるんじゃないかと聞かれたが、もう済んだから平気だと返す。
「ちょっとでも手伝わせて欲しいんです。いつもお世話になっていますし」
「世話になっているのはこっちの方だよ。……ありがとうね」

 片付けに参加してしばらく過ぎた頃、床に散らばった窓硝子を箒で集めていたリンは疑問を口にする。
「何でここを狙ったのかな……」
 何となしに言っただけだったが、意外にも明確な答えが返って来た。
「ウチが王宮のお墨付きで、悪ノ王子に味方してるからだってさ」
「え?」
 あまりに馬鹿げた理由を聞き、リンは近くで作業していた従業員へ振り返る。脚の折れた椅子を置き、従業員は理不尽への怒りを露わにする。
「お前らの為に戦ってるんだから物資の提供は当たり前とか、王宮に小麦を納めるのは悪の加担だとか言われて、小麦やら金やらを奪われたのさ」
「それってまさか」
 王宮を敵視し、大量の兵糧を必要にする集団と言えば。唖然としたリンが犯人を名指しする寸前。
「そのまさかさ。ここを襲ったのは革命軍。リンベルちゃんの前では反乱軍と呼んだ方が良いかい?」
 割り込んだ声にどちらでも構わないと返し、リンはいつの間にか傍に来ていたテトへ向き直る。
「と言うかテトさん。いつからそこにいたんですか」
「悪ノ王子にって辺りから」
「ほとんど聞いてますね」
 会話をしていた従業員は椅子運びを再開している。妙な手際の良さに感心するリンの隣でテトは言う。
「国の為だか知らないが、奴らは実に馬鹿だよ」
 自分達が何をしているか分かっていない。そもそも略奪した連中は本当に革命軍の兵士なのかと憤懣やる方無い。東側を嫌う緑の国の人間が名を騙っているだけではないかと怪しむ。
「反乱軍は略奪を買い占めと言っているんですかね」
 リンは呆れと怒りから露骨に皮肉る。レンを悪だと批判する前に、反乱軍は自分達の振る舞いを改めるべきだ。尤も、国民の為に戦う革命軍様は正義の行為だと言い張るに違いない。
 さあね、とテトは短く返し、ふっと微笑んでリンを見る。
「ウチは王宮御用達に誇りを持ってやっているよ。レガート様の時代からずっとね」
 えっ、とリンは驚く。父が健在だった頃。つまり自分がまだ王女だった時から、王宮はこの店を使っていたのか。全然知らなかった。
 気付けば窓から差す日の色が少し赤い。リンは柱時計へ目を送り、テトに視線を合わせて話しかける。
「テトさん。もう遅いので私は帰りますね」
「そんな時間かい。ありがとう。助かったよ」
 片付けておくと言ってくれたテトに箒を渡し、リンは荷物を持って忘れ物が無いかを確認して出入り口へ移動した時、背中にテトの声がかけられた。
「気を付けて帰るんだよ。あと、レン王子やリリィちゃん達にもよろしく」
 心配してくれたテトと扉を開けてくれた従業員に礼を言い、外に出たリンは帰路に就く。
 小さい子じゃないんだけどな……。
 くすぐったい気持ちと温かい思いを胸に、リンは王宮へ歩き出した。

 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

蒲公英が紡ぐ物語 第42話

「実に馬鹿だよ」を言わせたいがためにテトさん登場。従業員は多分他のUTAUの人達。

 シャルテットの名字が台詞ネタだと気が付いたのは、悪ノ間奏曲を読んでから一年以上経ってからでした。

 

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投稿日:2013/03/13 19:09:45

文字数:3,730文字

カテゴリ:小説

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