6-2.
「未来、おかえり」
海斗さんと付き合い始めて一週間後の金曜日。家に帰っていつもどおりに「ただいま」ってつぶやいたら、今日は返事が返ってきた。
驚いてリビングに入ってみると、ダイニングテーブルにパパとママが座っていた。二人ともスーツを着たままで、険しい顔をしている。私が帰ってくるのをずっと待ってたみたいだった。
「座りなさい」
怒りを押し殺したような低い声で、パパが言う。黙って私が椅子に座ると、ママは私をキッとにらみ付けてきた。
「私達が何を言いたいのか、わかるわね?」
それはもう質問じゃなくて、詰問だった。
私は静かに首を横に振る。
思い当たることって言ったら海斗さんのことくらいしかない。でも、塾を遅刻したのも一回きりだし、それからは学校も塾も今まで通り行っている。家事も手を抜くようになったわけじゃないし、勉強もやっている。海斗さんと付き合うようになっても、私は今まで通りにやることはやってるつもりだ。怒られるようなことなんて、何もしてない。
パパは深いため息をついて、数枚の紙をテーブルに広げた。
「これ……!」
私はそれを見て、思わず息を飲む。
その紙には、小さな文字がびっしりと印刷されていた。一枚目には、一組の見慣れた数字の羅列といくつかの時刻が記されていた。その時刻のほとんどは深夜の時間帯で、その時刻の隣りにはそれぞれに何分何秒と経過時間が書いてある。
それは、海斗さんの携帯電話番号だ。
そしてその時刻は、私が海斗さんと電話していた時刻だろう。つまり、この紙に書いてあるのはこの一週間の私の携帯の通話記録だ。
半ば呆然としながら二枚目以降の紙を手にとる。けれどそれを見て、私はさらに絶句した。
それは、メールの送受信記録だった。
それだけなら、まだいい。
それだけなら「夜遅くにメールのし過ぎだ」と言われるくらいですむだろうから。
問題なのは、その紙にはメールの内容までもが記されていたということだ。
「どういうこと……?」
わき上がってきたのは羞恥なんかじゃなかった。私の心の中にうずまくのは、怒りと恐怖と絶望と、ほんの少しのやるせなさだった。
そこまでしてこの二人は私を束縛したいのか。それはもう、教育だとかしつけだとかいう範囲を大きく超えているとしか思えない。普通に考えたってプライバシーの侵害だ。病的だって言ったって、言い過ぎなんかじゃないと思う。
「その海斗とかいう奴とは、今後一切、関わりを持つな」
平然とそんなことをパパが言うのを、私は信じられない気持ちできいていた。
「……なんで、そんなこと言うの?」
テーブルに広がる数枚の紙を見ただけでもう、私はパパとママのことが信じられなくなっていた。
それまでは、仕方ないと思っていた。私はお金を稼いでいるわけじゃないし、パパとママに養われているから生きていられる。それをわかってるつもりだったから。
でもそれは。
それは、ここまでされても、我慢しなきゃいけないことなの?
「決まっているだろう。お前のためだ」
そんなこともわからないのか、という風にパパはため息をつく。
「未来。あなたがこの人のせいでどれだけ時間を無駄にしてるのかわからないの? あなたが無為に過ごした時間を有意義に使っていれば――」
「――やめてよ」
ママの言葉をさえぎって、私はか細い声でそう言う。
「携帯を出しなさい。これは当分預かる」
私は差し出されるパパの手を無視して、うつむいたまま二人を見もせずにケータイをテーブルに放った。
それくらい、私にだってわかる。私のためだって差し出すその手は、私をしっかりとつなぎ止めて離さないようにするための首輪じゃない。
――こんな、よく鳴る鈴のついた首輪なんていらないわ。私は、そんなの欲しくない。
「未来! その態度はなんだ!」
「未来、少しは私達の気持ちをわかろうとしたらどうなの?」
ママのセリフに、思わず笑い出しそうになってしまった。「私達の気持ち」ですって? 本当に……お笑い草ね。じゃあ、パパとママは私の気持ちをわかろうとしたことがあるのかしら。ぬいぐるみを欲しがっただけの幼稚園の幼い娘を本気で叱り付けるような親が、果たして、今まで一度だって娘の気持ちを考えたことがあるのかしら?
「何を笑っている! 親を馬鹿にしているのか!」
……音が聞こえた。
ガラガラと、私が壊れていく音が。そう、確かに。
怒るパパの隣りで、ママが「仕方ないわね」とつぶやいて私のケータイを手にとる。
私はその様子を無感動に見ていた。
もう、どうなったっていいわ。もう知らない。二人の好きなようにすればいい。
そんな投げやりな気持ちで、ママが私のケータイをいじっているのを見ていた。
――浅はかだった。私はパパとママのことをわかってなかった。パパとママは、私が考えていた以上に容赦がなかった。
ママが私のケータイで電話をする。
「――ママっ!」
誰に電話しようとしているのか悟った私は、立ち上がって叫ぶ。ケータイを奪おうとした私から距離をとって、ママはあの人と話し始めた。
「あなたが海斗というのね?」
海斗さんの言葉は、もちろん私には聞こえない。でも、海斗さんが困惑してるであろうことは容易に想像できた。
「これ以上、うちの娘につきまとうのはやめてもらえますか? 私達がどれだけ困っているか、あなたにはわからないんですか?」
その「私達」はパパとママだけじゃない! 私のことなんて、何も知らないくせに!
「もちろんです。娘もあなたにつきまとわれて迷惑がっているんです」
「ママっ!」
私の言葉は届かなかった。ママが「わかりましたね?」と言って通話を切る姿を、私は立ったまま呆然と見つめる。
「これで――わかったわね?」
平然とそんなことを言うママのことなんて、もう信じられなかった。そうされて当然だという顔をしているパパだって、信じられるわけがない。
「……くせ、に」
「なんだって?」
「私のことなんて、何にも知らないくせにっ!」
私の言葉に怒りをあらわにする二人。でも、これだけはゆずれなかった。
私にとって、海斗さんがどれだけ大切な人なのか、二人は知らない。海斗さんが私の窮地を救ってくれた恩人だってことを、二人は知らない。
だから。
だから、私は二人を許さない。許せない。
こんな人達と一緒なんて――ごめんだわ。
私は二人に背を向けて、まっすぐに玄関を目指す。
「おいっ、どこに行くつもりだ!」
「待ちなさい。未来!」
私は、パパとママが私にしたように二人を無視して、制服のままで家を飛び出した。
ロミオとシンデレラ 29 ※2次創作
第二十九話。
パパ登場の回です。
とうとう家を飛び出す未来嬢。ようやく歌詞上のストーリーに追いつけたんじゃないか、という感じです。
意外と多い背景設定の多くをやっと消化して、ここまでやってきました。
自分の考えたラストまで、もう少しがんばろうと思います。
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