「行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい」
「頼んだぞー」
十二月三日午前十時。関東の冬特有の寒い晴天の朝、勇馬と信一に見送られ、みずきはいつもの様に自転車に乗ってお使いに出掛けた。行き先は、音楽ソフトで有名な隣町のデパートだった。
「ったくもう…勇馬と言いマスターと言い乙女の扱いが荒いったら……」
ついさっきのどう考えても理不尽なやりとりを思い出しながら一人で愚痴などを呟いていて、前を見ていなかったのがいけなかった。
みずきがふと顔を上げると、目の前にもうそれが迫っていた。
「きゃあああっ!!」
「ぅ、わ!?」
二つの悲鳴が重なり、みずきの自転車は前を横切ろうとしていたその自転車に横から突っ込んだ。その衝撃でみずきの自転車の後輪が浮いて、彼女の体は宙に投げ出された。
「いったぁ……」
ものすごい音を立てて、みずきは重なり合った自転車の上に膝から着地した。幸いひどい怪我は無かったが、手と膝がすりむけて血が出ていた。
「………ぅう…」
みずきが膝を曲げて怪我の程度を確認していると、足下からうめき声が聞こえた。
「え!?」
急いで足下を見ると、一人の男の子…みずきが追突した自転車の乗り手……が二つの自転車とみずきの下でつぶれていた。
「どっどおおぉぉ!?」
驚きのあまり奇声を上げて、みずきは急いで自転車の上から飛び退いた。
「ごっごっゴメンナサイ!」
「いやいや…左右確認しないで飛び出したこっちも悪いし……」
自転車の下から這い出て来たのは、驚いた事に、人間ではなく、みずきと同じ、VOCALOIDだった。見れば分かる。彼を包んでいるのは、人間の肌では無かった。そして、女の子一人と自転車二台に押しつぶされた後、普通の人間ならこんなにすぐに動けるようにならない。
「…VOCALOID……?」
「ん?え………あぁっ!?VOCALOID!?」
その男の子のVOCALOIDは、みずきをジロジロ眺めた後、驚きの声を上げた。
「へぇー…まさか、コッチ(三次元)で本物に会えるとは思ってなかったな…」
「…本物って?」
「俺、さ。マスターに作られた特別なオンリーワンのVOCALOIDだから。公式とも、UTAUとも違う。……俺の情報によると、お前は公式の、VY1…MIZKI、だろ?
彼は不敵な笑みを浮かべた。みずきは、出来るだけ偉く聞こえるようにに言った。
「そうよ。私はMIZKI」
「俺は、リク。お前のように、名字は無い」
「ふーん」
「ちょっ!ふーんって……』とか言わないか?」
「何か悪い?」
みずきは、実のところ、悔しかったのだ。『オンリーワン』という言葉は、みずきにとって、羨ましくてならなかった。
「…ってあああああああ!!!」
「なっ何!?」
「お、俺の自転車が……」
「え」
みずきは驚いて、リクの自転車を見た。ぶつかった時に歪んだのだろう、前輪がぐにゃりと曲がってしまっていた。もう、走れそうにない。
「マスターが作ってくれたのに…」
「え…あ、ご…ごめんなさい……」
「いや、別にこのくらい俺のマスターならすぐに修理してくれるから!でも、家までどーすっかな……しゃーない、歩くか…」
「私が、送ってあげようか」
考えるより先に口が動いていた。自分の責任だと思ったのもあるが、それよりも、みずきの知らない何かが原因だった。
「お、送るぅ!?お前が、俺を!?」
「人の親切を……ほら、乗って」
「え……」
「早くしてよ」
「無理だって!」
「大丈夫。VOCALOIDだし」
「いや、それ関係ない…まあ、いいか。乗ってやる」
そう言って、リクはみずきの自転車の後ろに乗った。彼の重みでみずきの自転車がぐらりと揺れた。
数分後、みずきはリクの運転する自転車の後ろに乗って彼の家へ向かっていた。みずきは何分か頑張っていたが、さっき転びそうになった時無理矢理ハンドルを奪われたのだ。
「大丈夫だって言ったのに」
「いや、大丈夫じゃなかっただろ」
「あのくらい楽勝なのに」
「スリップしそうになってたくせに……」
「う……うるさいな…」
この時、みずきはまだ気がついていなかった。
異常な胸の高まりが、事故のせいだけでは無いという事に。
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