くそ、まだぴりぴりする。
がつがつと足を進めつつ、がくぽは内心で毒吐いた。溢れかけた魔力を強引に捻じ伏せた名残が、乾いた冬の日に散る火花のように指先や髪の根に未だ主張している。
それにまた苛立ちを煽られながら歩いていたからだろう。常ならぬ空気に彼が気付いたのは、わっと上がった歓声が耳に入ってからだった。
「凱旋だ!」
「何処の部隊だ?」
「部隊じゃない、カイト様だよ! またあの化け物を屠って、町ひとつ守ったってさ!!」
普段ならば静謐に満ちている『塔』の通路が、今ばかりは湧き立つ。さもありなん、近年、魔獣は恐るべき脅威だ。それと戦う討伐部隊は人々にとって"守護者"であり、そして――。
「カイト……また遠征していたのか」
浮かれた声で紡がれた名に、がくぽは苦く柳眉を顰めた。
カイト。『塔』、或いは騎士団や警備隊の内で知らぬ者など無い、それは"英雄"の名だ。通常は部隊を組んで当たる魔物討伐を、単身でこなしてしまう未曾有の術士。膨大な魔力キャパシティと精密な魔力制御を誇るその男は、部隊を派遣する事の難しい辺境の地などをいつも飛び回っている。
けれど、がくぽにとってカイトは"英雄"などではなく、個人的な知己であった。親しい、などとは口が裂けても言わないけれども。
「ハ、騒々しい。"天才様"の御帰還なんぞいつもの事だろうに、毎度毎度よくもまぁ飽きずに騒げるものだ。そうは思わないか、東(トウ)家の若君?」
嘲りの声に呼び掛けられ、振り返れば薄く嗤う男が立っていた。
「否」
同意を求める響きを、がくぽは冷徹に跳ね返した。鼻白む男に冷たい視線を突き刺して、不快も露わに言葉を続ける。
「ただの一度でもあの場を経験した者であれば、そんな戯言は浮かびもすまい。如何な者とて絶対の勝利などは在り得ない――それが実戦というものだ、西(セイ)家の」
「……大層な口を叩くものだ。"玩具"に頼らねば碌な術も使えぬ分際で」
揶揄する視線を腰に佩いた刀に向けられ、がくぽの瞳がすぅっと冷えた。柄に手を掛け、侮蔑の言葉を吐く男を睨め付ける。
「俺の『美振』に斬れるのは魔獣ばかりではないぞ。玩具というならその身で試すか?」
剣呑な空気に男が怯む。それに短い息を吐き捨てて、くだらない、とがくぽは身を翻した。
「俺は俺の為すべき事をしている。貴様は貴様で勝手にしていろ」
「……鬼子が……っ」
憎々しげな呟きを背に受け、ちらりと一瞥をくれればヒッと息を呑む音がした。ますますもってくだらない。睨む気も失せ、がくぽは藤色の髪を揺らしてその場を去った。
「あれ。がくぽさん、来てたんだ」
「俺は貴様が嫌いだぞ、カイト!」
通路の端でばったり顔を合わせた件の"英雄"に、開口一番、がくぽは叫んだ。脈絡も無く罵倒されたカイトはと言えば、きょとんと目を丸くして小首を傾げる。
「どうしたの突然。ルカちゃんと何かあった?」
「どっ……どうして其処でその名が出てくる! これだから貴様は嫌いなんだっ」
「酷いなぁ、久しぶりに会ったのに。あ、じゃあめーちゃん?」
「斬るぞ貴様!!」
「それは困るよ~」
今にも本気で抜刀しそうながくぽを前に、まるで動じずにくすくすと笑う。これだから、と歯噛みして、がくぽはその呑気な笑顔から視線を逸らした。
「……何だ、その服は」
逸らした視界に入ってきた青尽くめに、思わず問いが零れ落ちた。
普段は白を基調とした長衣を纏うカイトが、今は短い上着にマントを合わせた姿だった。儀礼の際や出立の時にのみ着る正装だ。色味の違う青は髪や瞳の色とも馴染み引き立て合ってはいるが、そんな事はどうでもよかった。
「いつもの服は着られる状態ではない、という事か」
如何な者とて、絶対の勝利など――先程口にした言葉が脳裏をよぎる。旅に身を置くがくぽもまた、魔獣の厄介さはよく知っていた。強さ、素早さ、強大な魔力。ほんの刹那の判断が生死を分ける。単騎で動くカイトはフォローも望めない上に、その背に護るものが在る。屠らずとも逃げられればいい自分とは違うのだ。
不機嫌に眉を寄せるがくぽに、柔らかな微笑が向けられた。
「考えすぎだよ、がっくん。随分久しぶりの帰還になっちゃったから、ちょっとおめかししてみただけ」
「たわけが。……適当にしておけ。泣かれるのは敵わん」
吐き捨てた後に続いた、些か弱い声音。海色の瞳に微かな驚きの色が閃き、一拍置いて「うん」と返った声には、笑みが滲んでいた。
「気をつけるよ。俺が護りたいのは国より世界より、ただ姉弟達だから」
「ところでルカちゃん元気?」
「何故俺に訊くっ! 俺も旅暮らしなのは知っているだろうが!」
「うん、知ってる。ルカちゃんの研究の為にだよね。此処に来てるって事は、ルカちゃんにも会ったんでしょ? 元気だった?」
さらっと続けられた言葉に、がくぽの頬が朱に染まった。ニコニコと食えない笑みで返事を待つカイトを睨み、これだから、と胸中で何度目かの呟きを繰り返して。くそ、と小さく毒吐いて、ああ。とがくぽは頷いた。
「些か過剰なほどにな。何を思いついたのか知らんが、話の途中で飛び出していった」
「あーがくぽさん放り出されちゃったんだ。それで俺に八つ当たり?」
「違うわ! えぇい、これだから俺は貴様が嫌いだ!!」
実際のところ、半分くらいは違わなかったりもするのだが。
言い捨てて立ち去ろうとするがくぽだったが、あぁ待って、と袖口を掴まれてしまった。
「掴むな放せ。幼子のような真似をするな、気色の悪い」
「酷いなぁ。だって放したら行っちゃうでしょ、がくぽさん。聞きたい事があるんだよ」
図星を指されて、むっと口を噤む。カイトは袖口を掴んだまま、じっとがくぽを見つめて待っている。
「……何だ」
根負けしてがくぽが促せば、嬉しげな笑みが浮かび上がった。
「旅の話が聞きたいんだ」
「貴様と四方山話をする気は無い」
「旅の、話だよ。……"あれ"を、見てきたんだろう?」
僅かに下がったトーンに、はっと目を合わせる。口の端に笑みの形を残しつつも、カイトの瞳は恐ろしいほどに引き絞られていた。
こいつも、見たのか。
考えて、一拍。がくぽはカイトの手を振り払い、くるりと踵を返した。
「がっくん、」
「その呼び方はやめろ気色悪い。出るぞ、着替えてこい。奢れよ」
ふん、と尊大に言い放ってやれば、カイトはひとつ瞬きをした後、盛大に笑い出した。安堵の色を潜ませて。
「街に出るなら、銀の糖蜜亭がいいなぁ。新作のデザートが出てる頃でしょ?」
「呑みに行くのに甘味で店を選ぶな!」
「俺は呑まないもん。酔わないから楽しさがわかんない」
「……ワクめ……」
「お酒ならめーちゃんに付き合ってもらいなよ。あっでも変な気起こしたら駄目だよ」
「斬り刻むぞ貴様!! これだから……っ」
樽で奢らせてやろうかこいつ、と半ば本気で考えながら、がくぽはずんずん歩いていった。高く結った髪を靡かせ、真っ直ぐに背を伸ばしひたと前を見据えて。
じわじわと世界を侵食する何かに、挑むように。
響奏曲 -Introduction・2-
すっごい間が空きましたが、イントロ2話投下!
1話書いてた時の予定とはだいぶ変わっちゃってますが^^;
とりあえず、がくぽの「俺は貴様が嫌いだ!」が書けたから良しw(そこかい)
ところで今回は(今回『も』?)どう見てもがくぽが主役なのですけれども何なのこれどうしてこうなったorz
しかも何やら裏設定がくっつきまくりー、これじゃあ兄さんとツイン主人公だわ/(^o^)\
まぁいいや、行き当たりばったりで書いてるからなるようにしかならん!
最終的に兄さんが活躍してくれたらそれで良し!という事で!!(←
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ご意見・ご感想
sunny_m
ご意見・ご感想
こんばんは!やっぱりにまにましながら読みました☆
兄さんにからかわれるがっくん!!素敵すぎる…w
でも兄さんが絡まなければ格好良いですよがっくん←
イヤミ言ってきた西の人とのやり取りとか、強そうで、俺様な口調とか格好良い!!
だけど、なぜだかカイトさんの前に行くと、面白い人になっちゃうけれどw
でもそのバランスがとても良いと思います!!
藍流さんの話の流れは分かっているけれど(概要とかで)どういう雰囲気になっていくのかがすごく楽しみです~!!
それでは~
2011/08/23 21:12:33
藍流
コメントありがとうございます!
このがくぽは今まで書いてきた彼とは違うパターンで面白いのですが、書き上げて読み返しているうちに気付きました。個人的萌えに走っとる←
こういう、基本とっつきにくくて俺様なのに特定の相手にはムキになっちゃう系を書くの好きなのですw
そしてカイトはのほほんと受け流すから、がくぽが空回り状態で愉快な人のようにw そういうのも好きなのですww
話はサクサク進めたいけれど、そうすると兄さん『現代』に渡っちゃうわけで、この二人も(コンビで)もっと書きたい気がして困ってます←
涼しくなってきたし、量産体制になれたらどっちも書けるんだけどな?^^;
2011/08/24 01:42:51