折角巡音さんとまともに話せたと思ったのに、帰宅後に姉貴が余計なことを言い出したせいで気分がぶち壊しだ。その日の夕食の際、俺は姉貴と全くといっていいほど口をきかなかった。大体、この状況で話せることなんかあるわけない。姉貴も一言も喋らなかったので、おそろしく寒々しい食卓となった。
 そして翌日。姉貴の方は前日のことを忘れたのか、普通に「おはよう」と言って来たが、俺はそれを無視して、朝食を食べると学校に出かけて行った。
 学校に着いて教室に入る。多分もう来ているだろうなと思いながら巡音さんの席の方に視線をやると、予想通り、そこに座っていた。珍しく本を広げていない。考え事でもしているのだろうか。
 姉貴に言われたことが頭を過ぎったが、俺にそんなことに従う理由はない。そもそも、姉貴にあんなこと言われる筋合いだってないんだし。
「おはよう、巡音さん」
 声をかけると、巡音さんは振り向いてこっちを見た。
「おはよう、鏡音君」
 あれ、元気が無いな? 一瞬こっちを見た視線は、すぐに下へと向けられてしまった。
「何かあったの?」
 そう訊くと、巡音さんはしばらくためらっていたが、やがておずおずと口を開いた。
「あの……鏡音君。ちょっと訊きたいんだけど」
「何?」
「昨日……わたしが帰った後で、お姉さんから何か話を聞いた?」
 俺は冗談抜きでその場に固まった。なんでわかるんだよそんなこと。
「話って、例えば?」
「その……わたしの姉のこととか」
 あ……そっちか。ちょっとほっとした。「巡音さんとの友達づきあいは考え直せ」と、姉貴に言われたことを感づかれたのかと思ったぞ。
「ちょっとはね」
「どんなこと?」
 えーと……とりあえず、無難そうなところだけ話しとくか。
「姉貴が高校時代のアルバム引っ張り出してきて、巡音さんのお姉さんと映ってる写真を見せられた。姉貴が言うには、今が一番いい時代なんだって。姉貴、まだ、過去を懐かしむような年でもないと思うんだけどね」
 なるべく、なんでもないような口調で喋る。
「そうなんだ……」
 巡音さんは、それを聞いて安心したようだった。……何が引っかかっているんだろう? 巡音さんのお姉さん、姉貴の二つ下ってことは、順当に行ってれば今は大学生か。外国に留学でもして音信不通にでもなってるとか? でもお姉さんのことは訊いてほしくないみたいだし、こちらから突付くのは気がひける。
「もう一つ訊いてもいい?」
「いいけど」
 巡音さんがそう言ってきたので、俺は頷いた。
「鏡音君は、お姉さんがひどく酔っ払った時ってどうしてるの?」
 ……また姉貴の話か? なんで巡音さんは姉貴のことなんか気になるんだろう。気にしたってしょうがないじゃないか、俺の姉貴のことなんて。
「放っとく」
 と思いつつ、律儀に答えてる自分が何だか悲しい。
「放っとくって……」
「だってあんな状態の姉貴の相手なんてしてられないよ」
 こっちの話なんて聞こえてやしないし。下手すると意味不明なこと言い出すし。
「酔っ払いって理屈通じないし、そんなになるまで飲む方が悪いし。まあ、姉貴も年がら年中そうなるわけじゃなくて、年に一度か二度ぐらいだけど。寒い季節で寝てしまったってんなら、毛布ぐらいはかけてやるけど、後は放置」
 バケツで冷水でも浴びせたら目が覚めるかなと思うこともあるが、実行したら後が怖い。よって思うだけで実行はしていない。
「それでいいの?」
「姉貴は別にアル中じゃないから、次の日になれば、酔いも醒めて正気に戻ってるしさ。なんか話があるってのなら、その時にした方が早いし」
 酔っ払い相手に道理を説くほど、無駄なことはないと思う。いや本当に。
「誰か潰れでもしたの?」
 こんなことを訊いてくるということは、昨日家に帰った後で、誰かが酔っ払ってたんだろうか。
「……ええ、まあ」
 酔っ払いの対処には慣れてないのかな。……って、慣れてるのも、それはそれで問題あるような。
「ありがとう」
「お礼なんかいいよ、別に。これぐらいのことで」
 そう言った後で、俺は、酔っ払ったのはお姉さんかもということに思い当たった。四つ上ならもう成人してるわけだし、順当に行っていれば大学生だから飲み会ぐらいあるだろう。
「巡音さん。もしかして、酔っ払ったのってお姉さん?」
「あ……」
 巡音さんは固まった。……図星だったようだ。
「え、ええ……」
 昨日巡音さんが家に帰った後で、酔っ払ったお姉さんが帰って来たのかな。普段あまり飲まない人なら、巡音さんがびっくりして混乱するのも無理はないかも。
「心配なら、なんで飲んでたのか後で訊いてみたら? うさばらしとかなら問題だけど、単に楽しくて飲みすぎたってんなら、放っといて大丈夫だと思う」
「う、うん……ありがとう……色々と」
 そんな話をしていると、教室に初音さんが入ってきた。真っ直ぐこっちにやってくる。
「リンちゃん、おはよう」
「おはよう、ミクちゃん」
「じゃ、俺はこれで」
 邪魔になってもあれなので、俺は自分の席に引き上げることにした。それにしても、巡音さんのお姉さん、家にいるってことは行方不明とか入院してるとかじゃないんだな。じゃあ、一体何なんだろう? 考えれば考えるほどわからなくなる。


 来週から中間テストなので、部活は休み。授業が終わると、俺は真っ直ぐ家に帰ることにした。
 家に帰りつく。姉貴は仕事なので、当然誰もいない。窓を開けて家中の空気を入れ替え、担当の家事をやってから、俺は机に向かってテスト勉強を始めた。
 しばらくそうやって勉強に集中していると、不意に携帯が鳴り出した。かけてきたのは……クオだ。何の用だろ。この時期だから部活の連絡事項とかは無いはずなんだが。
「もしもし」
「もしもし、ちょっといいか?」
「ああ」
 なんか、普段と声の調子が違う気がするなあ、こいつ。
「来週、中間テストだよな」
 そんなことを言うクオ。わかってるよそんなことは。実際テスト勉強中なんだし。
「……だから勉強中だよ。クオ、お前も勉強しといた方がいいぞ」
 電話の向こうでクオが沈黙した。……どうしたんだ?
「クオ?」
 そう言うと、クオはようやく用件とやらを切り出した。
「……お前、中間明けに暇あるか?」
「あるけど。お前、遊びに行こうって誘いなら今じゃなくてもいいだろ」
 つーか、このタイミングでそんな用件で電話してくるか?
「じゃ、暇はあるんだな。つきあえ」
 一気にクオの声が不機嫌そうになった。……ん? なんか変だな。
「つきあえって、どこへ」
「遊園地」
「……お前と二人で? 悪いけどそれはパス」
「俺とお前の二人のわけないだろっ! ミクと巡音さんが一緒だっ!」
 あ~、そういうことか……。面倒くさい奴だなあ。
「今度はお化け屋敷に誘ってあわよくば抱きついてもらおうとか、そういう魂胆?」
 またクオの首が絞まりそうだな、その場合。
「んなわけあるかあっ! ミクが絶叫マシンに乗りたいって言ってんだよっ!」
 電話の向こうでクオが叫ぶ。ふーん、初音さんは絶叫マシン好きなのか。クオも好きだったよな、絶叫マシン。なら尚のこと二人で行けよ。
「遊園地に行きたいなら、初音さんと二人で行ってくればいいじゃん」
 何も俺や巡音さんを巻き込まなくてもいいだろうが。
「ミクが先に巡音さんを誘ったんだよっ!」
「三人で行こうねって?」
 確かに今日もずっと話をしていたし、本当に仲がいいんだろうが……。
「そんな感じだ。女二人に男一人だとバランスが悪いだろ。そういうわけだから、お前も来い」
 三人でねえ……初音さんがそう計画してるんなら、俺がついってたら邪魔になりそうな気が。でも、自分とクオだけでもなく、自分と巡音さんだけでもなく、三人で行こうっていう意図は何なんだろう。
 もしかして、初音さんは巡音さんとクオをつきあわせたいのか? 自分の従弟なら信頼してるだろうし、親友を任せられるって思ってんのかな。けどクオが好きなのは、初音さんで巡音さんじゃないわけで……。
 巡音さんの方は、クオのことどう思ってるんだろう。そういや聞いたことがなかったな。クオの方が巡音さんのことを快く思ってなくても、向こうは違うという可能性もある。
 うーん……たまには、クオに協力してやるか。
「いいけど」
「は?」
 気の抜けた声をあげるクオ。……ちょっとからかいすぎたか。
「だから、遊園地の件。俺も一緒に行くよ」
「そ、そうか……ありがとよ。恩に着る」
「いいって。それじゃ、俺はテスト勉強あるから」
「ああ、頑張れよ。俺も勉強しなくちゃな」
 俺は通話を切って携帯を置くと、勉強に戻った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

アナザー:ロミオとシンデレラ 第十七話【暗い表情の君を見たくない】

 レンの誤解が妙な方向に進んでしまいました。
 ……まあいいか。

 次回はクオとミクのパートです。

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投稿日:2011/10/02 00:35:12

文字数:3,586文字

カテゴリ:小説

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