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あれからあらゆる混乱がごった返して押し寄せてきた。
一つずつ、順番に語ろう。
まず、ソルコタは無政府状態となった。
……ケイトの予測は、正しかったと言えるだろう。私には、それを変えるだけの力がなかった。
行政府庁舎が破壊され、ラザルスキ大統領臨時代理以下、この国の政治と行政を取り仕切る主要な人々はほとんどが死んでしまった。
ESSLFの攻撃を前に、ハーヴェイ将軍率いる政府軍も撤退を余儀なくされ……国連はここに至ってUNMISOLの活動を停止させた。
UNMISOLの隣国への撤退と同時に行われたのが、多国籍軍の投入である。
国連の安全保障理事会により、多国籍軍であるソルコタ国際軍――International Force for Solcota、通称INTERFS――の結成が採択され、元宗主国や近隣国が主体となり編成された。
UNMISOLは隣国で難民キャンプの管理部隊へと再編成された。
INTERFSは、連日連夜ソルコタのほとんど全ての都市で空爆を敢行した。
INTERFSの空爆とその後の掃討作戦により、ESSLF――東ソルコタ神聖解放戦線は敗北した。兵士のほとんどが死亡。最期には爆弾で集団自決したらしく、投降したのはほんの一握りに過ぎなかったそうだ。“導師”と呼ばれるESSLFのリーダーも、自決により死亡したと伝えられている。
INTERFSは、私たちの国に和平をもたらした。
ESSLFだけでなく、大勢のソルコタの無辜の民をも犠牲にして。
家屋の半数は瓦礫と化し、まともに行政が機能しない中、治安機構も医療施設も存在しない環境に人々は放り込まれた。昼も夜もお構い無しの空爆にさらされ、なんてことのない治るはずの怪我さえ治療がままならず、命を落とす人々が後を絶たなかった。
INTERFSによる一般国民への被害は、一概に数値化できないが数万人ともいわれ、十万人を越えるとする識者もいるほどだった。
政府は機能を失い、敵対するESSLFも崩壊。終戦と同時にソルコタという土地を管理する者はいなくなった。
国連は新たに国際連合ソルコタ暫定行政機構――United Nations Transitional Administration in Solcota、通称UNTAS――を設立。UNMISOLとINTERFSもUNTASに統合された。二〇〇二年にその活動を完了させたUNTAET――国際連合東ティモール暫定行政機構――以来の、国連が地域行政を行う組織だった。
UNTASはソルコタの暫定的な統治権を有し、その活動期間はソルコタにて新たな政府機構の設立及び治安維持機能の確立までである。
私たちは他者にこの国を委ねなければならないほどの、壊滅的打撃を受けていたのだ。
……さて。そしてここからがようやく私自身の話だ。
私は行政府庁舎でUNMISOLの特殊部隊に救出されたあと――結局、行政府庁舎内で生き残ったのは執務室にいた私たちだけだった――彼らの部隊と共にソルコタを離れ……難民キャンプでの生活を余儀なくされた。その難民キャンプから、モーガンや私が保護した少年兵のカルと共に、遠く東の空が空爆で焼けるのを呆然と眺めた。
空爆は……少なくとも、難民キャンプから見えた範囲だけでも二週間もの期間に渡り、凄まじい音だけでなく、地響きさえ感じられるほどだった。難民キャンプ内の人々は不眠に悩まされ、心的外傷後ストレス障害――いわゆるPTSD――を発症する人々で溢れ返った。
INTERFSによるESSLF掃討作戦は八ヶ月に及び、私たちはそれ以上の期間、難民キャンプに足止めを食らい、ソルコタに帰ることができなかった。
ESSLFが敗北した、と知ったのは、難民キャンプでのラジオだった。
けれど、それを聞いて喜ぶ人はあまりいなかった。
難民キャンプではなにもかもが足りなかった。食料、衣料品、医薬品などの物資に限らず、住居なんかの各種施設に、事務、警備を含めた施設全般のスタッフたちも。
戦争が、紛争が終わったことを意識していられないほどに、自分たちがいま直面していることで精一杯だったのだ。
ソルコタの紛争は、そうやって私たちが蚊帳の外にいるうちに終わっていた。
私は難民キャンプにやってきてまもなく、カルを養子にした。
当初、彼は表情を失い、ずっと暗い視線でどこか虚空を眺めて座り込んでいた。私がなにか話しかけても、初めてあったときのような感情の吐露はほとんどなかった。
会話も、難民キャンプにやってくる前にカルという名前を聞いたくらいしかできなかった。
けれども時おり、私が彼の隣に座り込んで静かに抱きしめると、抱きしめ返してくれることがあった。
それが、彼の中にわずかに残された人間性だった。
そのカルの姿は、過去の自分自身を映す鏡のようだった。
だからこそ守らなければと思った。それは一種の……償いでもあったのかもしれない。
私がケイトのようにできるとは思わなかったが、それでもなにか、カルに運命めいたものを感じたのだ。
私は難民キャンプの手伝いをして、色んな人との話し合いの場を持った。そこには、必ずカルを連れていった。
ケイトが私にしてくれたことと同じだった。私がなにをしているのか、私がなにをしようとしているのか。それを、私自身の行動を通して自分で考えさせるために。
私は難民の名簿作成を手伝い、食料配給を手伝い、そして皆の心のケアに腐心した。
一人一人の話を聞いて回ったり、少人数の集会を開いて色んな話をした。
弟が自分をかばって死んでしまった、という姉の話。
生き残るために友人を見捨ててしまった、という学生の話。
兵士に脅され、家族を連れ去られたおじいさんの話。
息子が大人の兵士に脅され、泣きながら自分の腕を切り落とした、という片腕の母親の話。
子ども兵となった友人が、笑いながら自分の家族を撃ち殺していったと泣きじゃくる少年。
そして……私自身の、子ども兵だった頃の話。
カルが私に心を開いてくれるようになってきたのは、このときからだと思う。私もまた、彼と同じように子ども兵だったのだと告げてから。同じ村の出身であることよりも、カルにとっては重要なことだったのかもしれない。
「僕は……たくさんの人を殺したんだ」
「……そうね。私もよ」
そんなやり取りが、私たちの間にあった距離を確実に縮めていった。
カルは少しずつ笑顔を見せるように――喜怒哀楽が表情に出るように――なり、私たちが交わす会話もだんだんと増えていった。
私が皆と話をする機会を持っていると、だんだんと子どもたちの話を聞く機会が増えていった。
三、四ヵ月ほど経ち、私のやっていることが皆の心の平穏に寄与していると理解したカル自ら、なんとか同じ境遇の子どもたちと話をしようとしたことも影響しているだろう。誰かと話すなんてできそうにもない暗い瞳のカルは、いつの間にかいなくなっていた。カルの変化は、カル自身の資質だ。けれど、そこに少しでも私の影響があったとして……それが彼自身にとっていいことだと思えたならいいな、と思う。
難民キャンプは大勢のソルコタの国民で常にごった返していた。
そんな中での子どもたちは、実に色々な子たちがいた。
自身が戦闘に巻き込まれずに済んだためか、引っ越してきただけだと思っている子がいたり、家の農作業や家畜の世話をしなくてよくなったから嬉しい、なんて思っている子までいたくらいだ。
ただ、そんな子はやっぱり稀で、その多くは漠然とした不安にさいなまれていた。
私は少年少女たちと話をする過程で、自然と読み書きを教えるようになっていった。
この国の教育普及率はまだまだ低い。紛争が本格化する前の田舎の家庭ではまだ、少年は貴重な労働力で、少女は家事をこなすのが当たり前なのだ。“学校になんか行くのは金持ちの家の子どもがすることだ”なんて堂々と言いはる大人も少なくない。
私は広場の隅っこで、地面に木の枝で文字を書いて教えた。
紙とペンどころか、ホワイトボードとマーカーだって黒板とチョークだって難民キャンプでは貴重だった。地面に書くしか、方法がなかったのだ。
それでも、その勉強会は回を追う毎に人数が増え、大規模なものになっていった。
最終的には、人が増えすぎて子どもたちは日替わりで交替するようになり、皆は一週間おきに私のところにやってくるようになった。
これに、UNICEFの協力と世界中の国から多額の寄付が集まった。
私にとっては教育とまでは言えないものだと思っていたが、彼らはそんなことは関係ないと言ってくれた。
UNICEFの協力と寄付による資金のおかげで、難民キャンプ内に勉強会用の校舎が作られ、同じように読み書きを教えてくれるスタッフを用意してくれた。
校舎のことを皆は「学校」と呼び、私のことは「グミ先生」と呼ぶようになった。
特に大きかったのは、授業の終わりに皆に配るお菓子をUNICEFが用意してくれたことだった。
難民キャンプではなにもかもが足りなかった。その上、INTERFSの掃討作戦が続いている中、次から次へとソルコタから逃れてきた人々は増えていく。大人たちはもちろん、子どもたちも常にお腹を空かせていた。そんな中での読み書きの勉強なんて、どちらかと言えば物好きな子どもたちのヒマつぶしのようなものだったのだ。
それでも、読み書きができるだけで、将来できるようになることはとても裾野が広がる。そもそも読み書きができないせいで将来の選択肢が極端に減る、ということを減らしたかった。
勉強後のご褒美のお菓子は、読み書きなんかに興味を持てない子どもを惹き付けるのにも、絶大な効果を発揮した。
お腹一杯食べたい盛りの子どもたちにとって、難民キャンプの食事は少ないし物足りない。それが、勉強に行けば甘くて美味しいお菓子がもらえる。それだってたくさん食べられはしないけれど、それでもないよりは全然いい。
子どもたちの中には、元子ども兵だという子たちもたくさんいた。そんな彼らの誰であれ、私は同じように接し、同じように読み書きを教えた。けれどそれでも、元子ども兵たちはやはり、他の子たちからは恐れられていた。“自分と違ってあいつらは銃で人を殺してきたやつらだ”という意識は、やはり簡単にはなくならない。
学校での勉強はやがて、私とスタッフだけでなく、できるようになった子たちがわからない子に教え合うようになった。一緒に勉強をして、一緒に話をして、一緒に遊んで……そうしていくうちに、元子ども兵とそうでない子どもたちの間に横たわっていた溝も、それほど大きなものではなくなっていった。
カルも、その中で友人ができ、私以外の人にも笑顔を浮かべることができるようになっていった。
ここでやっていることはとても大変で忙しかったけれど……なんとなく、ケイトがやりたかったことを、いま、代わりに私がやっているんだという実感があった。
この勉強会を、できる子から次第に本格的な教育へと移り変えていかなければ、という矢先にあったのが、例の“INTERFSにESSLFが敗北した”というニュースだった。
それは自分の国のことだったというのに、どこか他人事に聞こえた。
それから立て続けに訪れるニュースの数々――。
――曰く、国際連合ソルコタ暫定行政機構、UNTASを設立することとなった。
――曰く、UNTASは新たなソルコタ政府を発足させるのが目的であり、それまでの行政を一時的に取り仕切る機関である。
――曰く、UNMISOLと多国籍軍INTERFSはUNTASに統合される。
そのどれもが、どこか現実味に欠け、「ああ、そう。そんなことよりも目の前の問題に取りかからないと」という感覚さえあった。
実際には全くそんなことなかったというのに。
そんな中、私がいつものように校舎で勉強を教えていた日――そのときは、最近取り組み始めたばかりの算数の授業だった――UNMISOLの代表が急に顔を出したのだった。
「――ミス・グミ・カフスザイ。お忙しいところすみません。失礼しますよ」
「……。ミスター・イヴァン・ソロコフ」
彼とはこの難民キャンプについて何度もやり取りをする間柄だ。ケアの一環で難民キャンプのほぼすべての人と話をしていて、子どもたちのほとんどにとっての先生である私は、彼にしてみれば“ソルコタ難民の代表”だ。皆もなにか困ったことがあると、大抵の場合は私に相談してくる。彼の認識は……そんなに間違っていないのかも。
まだ授業もあるので、話なら夕方にでも……と言おうと思った私に、彼は間髪入れずに告げた。
「単刀直入に言おう。二年後か三年後かはまだわからないが……新しいソルコタ政府の首長になって欲しい」
「……。……はい?」
白髪が混じり始めたイヴァンの顔をまじまじと見つめ、意味を理解しようと彼の言葉を頭の中で咀嚼し……最終的に、理解を放棄して間の抜けた声をあげた。
「我々がUNMISOLからUNTASへと再編、統合されたことは知っているね?」
「はぁ、まあ……」
急な話に、私だけでなく教室内の子どもたちもポカンとしたままイヴァンの話に耳を傾けていた。
「UNTASになってからの最初の指令は、ソルコタ国民から優秀な人物を見いだすことだった。私の知る限り、ミス・グミ以上の適任者などおらん。国連大使を勤めた実績もあり、またミスター・ダニエル・ハーヴェイも君の下でなければ将軍をやるつもりはないなどと言い出しておる」
「いやでも、その、急に言われてもそんなこと私には――」
「実際のところ、ミス・グミ以上の適任はおらんと思うよ。UNTASが、君の政府を作るのに必要なサポートを――」
「――グミ! ああ、ミスター・ソロコフも。二人ともちょうどいいところに!」
そう叫びながら教室に入ってきたのはモーガン・フリッツだった。
子どもたちなんてお構い無しに、今日は色んな人たちがやってくる。
……なんでもいいけれど、後にして、後に。
そんな言葉は、彼の爆弾発言を前にかき消えた。
「シェンコア・ウブク大統領が、亡命先から声明を発表した!」
「なに?」
「なんですって……」
私だけでなくイヴァンまでもが、モーガンの言葉に目を丸くしてポカンとした。
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sis
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