道中に在ったコンビニのイートインコーナーで昼食を摂ってる間、俺はついでに買った地図で観光できる場所を探して居た。
リンも、すっかり諦めたらしく、正面の席で大人しくパンを食っている。誰に習ったわけでもないのに、一口ずつパンを千切って口に運んでいる。大した「お嬢さん」だ。
「何じろじろ見てるのよ」と、リンは怒る風でも無く言う。
「いや、その作法をどこで知ったのかが不思議でな」と、俺は言った。
「女の子の世界に居ると、作法は耳から入ってくるの」と、リンは言って、いちごみるくと書かれたパック飲料をストローで静かに飲む。
俺はヒレカツバーガーに齧りつきながら、地図を見て近くに湖があると知った。
「リン。此処行ってみようぜ」と言って、地図の湖を指さしたが、リンには「好きにすれば?」と言われた。
リンにとっては、優雅に書店で参考書をあさろうとしていた途中で、俺に「いつもの日曜日」を奪われたのだから、怒るのも仕方ない。
しかし、怒るなら怒るで、もうちょっと人間味があっても良いだろうと思うのだが。
「リンってさ…。他の女子からクールって言われるタイプ?」と、俺は聞いてみた。
「知らない。噂話なんて聞いてる暇ない」
リンがそう言うのを聞いて、この女の日常が少し分かった気がした。たぶん、家と同じく、教室の中でも「時間を無駄にしない優等生」なんだ。
「お前さ、友達いるの?」と、俺は聞いてしまった。
「居るわよ」意外とあっさりとリンは答える。「お昼ご飯一緒に食べる子とか、同じ部活に入ってる子とか」
「その、『とか』の後はなんだ?」さらに突っ込んで聞くと、「委員会が同じ子もいるし、日直が同じになった子と話したり」
「日直は友達じゃねーよ。唯の相方だ」俺はそう言って、リンが自分のクラスでどんな話をしているかの想像がついた。
たぶん、雑談なんかは聞き流したり相づちを打ったりするだけで参加しない。部活や委員会に関する情報交換や、報告連絡相談と言うもので時間を割いているんだろう。
「リンの将来の目標は?」と、俺は教師みたいに聞いてみた。
「企業に勤めて、キャリア積んで、お父さんやお母さんに恩返しすること」と、リン。
「父さんと母さんが死んだら?」と、俺。
「あんたは、不幸なことしか考えて無いの?」リンはそう言ってため息をついて見せる。
「ついさっき、どら猫は死んだんだって言って泣いてたの誰だ?」と俺が聞くと、リンは「あれは泣いてたんじゃないわ。勝手に涙が出てくるのよ」と答えた。
それだけ疲労困憊してるって事だろうよ、と俺は思ったが、言葉では言わなかった。このことに関しては、リンが自分で気づく必要がある。
この気の強い女の事だ。俺から「説得」されたと思ったら、意地でも反発するだろう。それで、また全自動で泣く生活を続けることになる。それじゃ、日常から切り離してやった意味がない。
俺はヒレカツバーガーをコーラで飲み干してから、リンが、もそもそとパンを食い終わるのを待った。
リンはパンを食い終わると、包み紙を畳んで結び、紙ナプキンを手に取り、手を拭いて、口を叩く。ごみを分別してまとめ、「いつまでボーっとしてるの? 別の所に行くんでしょ?」と聞いてくる。
その仕草は、とても、同じ家で育ったとは思えない洗練のされようだ。
「レン?」と、名前を呼ばれて、俺はようやく我に返った。
「あ。ああ、そうだ。湖、湖」と俺は言って、自分の食べ散らかしたハンバーガーの包み紙とコーラの空き缶を、店内のゴミ箱に放り込んだ。
湖に着くと、静かな湖面に、周りの景色が映りこんでいた。山、森、草地、そして空を覆う透明なドームと、それを支える柱。
俺も、こう言う風景は当たり前のものだと思っていた。だけど、ある日、暇つぶしに呼んでたサイエンスフィクションの雑誌で、「これが我々の『母なる星』の姿だ」って言う写真を見たんだ。
其処には、白い壁と青いドアの家々が連なるように並び、宝石みたいに青い海が遠く広がり、遮るもののない透明な青い空が写っていた。
何度見ても、何処にも「ドームの継ぎ目」や、「天地の柱」なんてない。それどころか、「海の果て」だってなかった。この星であれだけの「海」を作るとなったら、どれくらい巨大なドームが要ることやら。
もちろん、俺だって鵜呑みにその写真を信じたわけじゃない。最初は、上手くできた合成写真だと思ってた。だけど、風景としては嫌いじゃなかったので、その雑誌に載ってた数枚の写真をスクラップしておいた。
その後で、雑誌を捨てようとしてたら、変な奴に声をかけられたんだ。
「鏡音君。その雑誌、捨てるの?」と言って来たのは、同じクラスのモモって言う女子だった。遠くからはピンクに見える色の薄い赤毛と、緑の目をしてる。
「ああ。要る所切り取ったから」って俺が答えると、モモは「ちょっと、貸して」って言って、俺の手から雑誌を受け取った。
俺が写真を切り取った部分を見てから、「鏡音君、『母なる星』のことに興味あるの?」って聞いてきた。
どうやら、モモはこの手の話に「ときめく」タイプの女子らしく、都市伝説とされている「ホームプラネット」について、学者かよってくらいの知識を持ってた。
なんで中学生のモモがそんなに博学かと言うと、モモの父親は、大学の教授で、主に「ホームプラネット」についての科学的な研究をしているらしい。その研究の成果を、度々話して聞かせてくれるんだそうだ。
その日の帰り道、モモは俺に缶ジュースを奢る代わりに、自分の持っていた知識を俺に話して聞かせた。
「ホームでは、『雨』って自然現象なの。いつ降り出して、いつ止むかは、雲って言うもの流れと、大気の流れで『予測』するしかないんだって」
「そりゃ、面倒な世界だな」って俺が言うと、モモは「私は、夜しか雨の降らない世界より、そんな気まぐれな世界のほうが好きなんだ」って言って、話しを続けた。
雨の管理については、国や地域によって、意見も制度も違う。この国では、雨は夜しか散布しない。その事について、夜勤をしている人間からは反対意見もある。
都合よく天候がコントロールできるからこそ、誰もが自分の主義主張を通そうとしてくるんだ。
確かに、大気の流れで『予測』するしかできない世界だったら、誰も天候に対して「反対意見」なんて言わないだろう。
そんなことを考えて、俺はモモの話を聞きながら笑っちまった。
「悪い悪い。お前を笑ったわけじゃないんだ。天候に対して反対意見を述べる、って、結構強烈なジョークなんだなって思ってさ」と俺が言うと、モモは、
「でしょ? 私も、昔から『ホーム』の事を聞かされてたから、むしろ、この世界のほうがへんてこりんなんだって思ってる」と言って、一緒に笑ってた。
それから、俺は時々モモの家に招かれ、モモが収集していた「ホームプレネット」の写真や、「テラ」の模型である「地球儀」って言うものを見せてもらった。
モモの父親が作った、「テラ」の3D映像も見せてもらった。俺も、都市伝説の本とかで、こっそり「テラ」のことを調べて、モモに話の信憑性を審議してもらうこともあった。
俺達は、そのやりとりを「学会」って呼んでた。
しばらく湖を眺めながら、その事をリンに打ち明けようかどうか迷ってた。世界が「閉ざされたもの」じゃないこと、「そうでなければならない姿」なんて、唯のまやかしだって教えてやりたかった。
だけど、直接言葉で言っても伝わらないことは了解している。
「なぁ、リン?」と、俺は声をかけた。「『自然』って言葉知ってるか?」
「『自然』?」って、リンは聞き返して、湖の風景を指さした。「目の前にあるじゃない」
「時間通りに雨が降って、時間通りに風が吹く状態を『自然』って呼ぶと思う?」と、俺が聞くと、「また変な都市伝説?」と、リンは突っぱねる。
俺は出来るだけソフトに粘ってみた。「砂と岩だらけの大地で、雨が年間に十数回しか降らない場所があるとしたら?」
「そこの国の住民が、政府に文句言うでしょ? 降水量を増やせって」と、リンは真面目に答える。
「ところが、そう上手く行かないんだ。『雨』がコントロールできなくて。お前が自動的に泣いちまうみたいにな」
俺がそう言うと、リンは、「散布装置が故障でもしてるの?」と聞いてきた。
「じゃぁ、お前も故障してるのか?」と俺も真面目に聞いた。「自動的に涙が出てくるって、『自然』ではないだろ?」
リンは、何も言い返さなかった。俺も何も続けなかった。
二人で、ボーッと湖を見てる間に、空が暗くなってきた。18時、消灯。これも、この国の制度だ。「夜間」は、薄明りしか灯らなくなる。光が少なくなった宙に、星が見える。
俺はイヌワシ座を探した。天体図を暗記してあったから、すぐ見つけられた。あの南。イヌワシの爪の先に、「テラ」があるんだ。
星座表に描かれたイヌワシの姿は、テラを捕まえようとしているように見えたのを思い出した。
「リン。お前、俺のねーちゃんだよな?」と、俺は聞いた。
リンは、「そうだけど?」と聞き返してくる。
「これ以上、お前が『自動的』に泣いてるような日が続くようだったら、またここに来ようぜ」と、俺は言った。「すっげぇ見晴らし良いし」
「トンボの死骸を踏みながら?」と、リンは皮肉交じりに笑う。「あの数飛んでたトンボが、全部道の上に死んでるかもよ?」
「それは仕方ないだろ」と、俺は言った。「それが『自然』の掟だ」
「あんたの言う『自然』の意味が分かんないわ」と、リンは言って、「ねーちゃんとして、どの程度、弟を理解する必要があるのかしら?」と聞いてきた。
「そのうち分かる」と言って、俺達は養父母の待つ家への帰路についた。怒られることは覚悟して。
Home Planet/第三話
異世界風味出てきた。
転生物ではありません。
この物語はフィクションです。
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