2.
ぼくはただ空を見上げる。
きりさめがふっていたはずなのだけれど、そこかしこからでてくるじょうきや、たてものがこわれるときのほこりで、そんなのはあんまり気にならない。
ドン、ズドン。
さけびごえ、ひめい。
ズズン、ガシャン。
おたけび、ときの声。
ガラガラ、ガラガラ。
かんせい、かんたんの声。
色んな音と、色んな声がたえまなくきこえていた。
かくめい、ということばをよくきく。
よくわからないけれど、そのかくめいっていうもののせいで色んなものがこわされたり、だれかがケガをしたりしてるらしい。
かくめいって、よくないことなんじゃないかな。
ぼくは空を見上げる。
ぼくは……うられた。
うられた、というのがよくわからないけれど、もうパパとママには会えないみたいで……かなしい。
ぼくと、ほかにも同じようにうられた子どもたちが、なんにんもろじうらで立たされている。ぎょうぎよく立っているのがいい、とおじさんに言われた。
みんなのまえにはそのおじさんが立っていて、たまにやってくる大人の人とはなしをしている。
「お客様。この子ならいくらでも働かせられますよ。まだ若いし体力もある」
「いや、そういうのが欲しいんじゃなくてね。その……うちは子どもに恵まれなくて」
「なるほど。では向こうの子なんかどうです? 少しばかりおとなしい子ですが、お客さんにも少し似てる雰囲気があると思いますけれども」
「うーむ。もっと幼い子を探していたんだが……」
「なるほど。そういったご要望でしたら……そうですね。こちらの建物にお入り下さい。中の者が案内いたしますよ」
「……」
「……」
「……」
「旦那はどのような子をお探しですか?」
「この前のトライデントビルの倒壊に巻き込まれてね、八歳の息子が……死んだんだよ」
「それは……お悔やみを申し上げます。それで、男子をお探しで?」
「ああ。血が繋がっていなくても、跡継ぎはいなければならない。でなければ会社が親族に奪われてしまいかねない」
「なるほど。では行儀の良い子がいいですかな?」
「まあ……良いに越したことはないな」
「実は、七番地区や八番地区のスラム出身でない子が居りましてな。旦那のお眼鏡に叶うかは分かりませんが、見てみる価値はあるのではないかと」
「……ふむ。どの子だね」
「あちらです。向こうの……奥から三番目の子でして。なんでも革命で親を亡くしたとか。親は三番地区の出身だそうで」
「見てみよう。しかし……革命か。大層な理想を掲げたところで、私の息子といい、その子の親といい……奴等が殺しているのは無関係の者ばかりじゃないか」
「ええ、ええ。旦那の仰る通りですな」
ぼくの前を、なんにんもの大人がとおりすぎていく。
おじさんたちのはなしがどういういみなのかよくわからないけれど、いろんなやりとりのあと、大人の人はふまんそうにかえるか、子どもたちのだれかをつれていく。
みなりのいい人のところに行けたら当たりだぞ、とおじさんは言う。
おまえたちをほしがるのは色んな人がいる。
こうじょうでこきつかうための子どもや、いえのせわをするための子ども、いためつけるためだけの子ども。
色んなじゅようがある、らしい。
そんな中でも、たまにいい人のところに行ける子どももいるって言ってた。
おかねもちのいえで、ふじゆうなくくらせるようになるかもしれないって。
ぼくにはよくわからない。
おかねもちとか、ふじゆうとか、むずかしいことばばっかり。……おなかいっぱい食べられて、ふかふかのベッドでねむれるってことだったらいいと思う。
でも、ほんとうはそんなことどうでもいい。
パパとママのもとにかえることができるなら。
でも、そんなことむりなんだろう――。
「――おや。面白い子だね」
「……?」
「この子がお気に召しましたか?」
「黙れ下郎」
「! お客様。私は――」
「黙れと言っている。この子がオレの庇護を望むなら、貴様の言い値の倍払おう。だから口を開くな」
おじさんがおこられて、口をつぐむ。
ぼくに声をかけてきたのは、とてもきれいな人だった。
くろいふくを着た、すっごくきれいな人。
「その瞳。綺麗な色だな」
「ひとみ……?」
「ああ。自分の瞳の色など見たこと無いか。綺麗な色をしているぞ」
わらうその人に、ぼくはなにを言えばいいかわからない。
「オレと一緒に来るか?」
「……?」
「オレはそれなりに大変な仕事を要求する。だが、それをこなせるなら何でも与えてやろう」
「なんでも……」
「ああ。旨い物は好きなだけ食えるし、寝る所だって最高級のベッドを用意してやれる。流石に好きな所には行けねーが……それ以外なら大体揃えられる。ただし……オレの求める事が出来るのなら、だ」
「なにをすれば……いいの?」
「引き金を引くだけさ」
「ひきがね」
「そう。他者の運命を決める引き金だ」
「……」
「その覚悟があるかい?」
その人のことばをかんがえてみたけど、よくわからなかった。でも、すきなものがたべられてぐっすりねむれるなら、いいなっておもった。
「……わかった。がんばります」
「ふふ。いい子だ」
その人はぼくに手をのばして、ほほをなでる。
ちらっと見えた赤いもように、ぼくはなぜだがドキッとした。
ひんやりとしたその人のゆびさきがきもちいい。
「下郎。取引は成立した。いくらだ?」
「それは、その、ええと……この子ですとこれくらいになるのですが」
おじさんが見せたかみを見て、その人がわらう。
「……安いな。いいだろう。今のオレは寛大だ。この子に免じて、その三倍を払おう」
「お客様!」
「ディミトリ。これくらいなら今、手持ちにあるだろ?」
「――は。こちらに」
その人のうしろにいた人がなにかをとりだして、おじさんにわたす。
「え……」
「なんだ。足りねぇか?」
「め、滅相もございません!」
「わかればいい。……よし、行くぞ。着いてこい」
「は……はい」
こんわくしたままでちょっとだけおじさんを見たら、おじさんはついていけ、うまくやれ、というしぐさをするだけだった。
「あぁ……そうだ。名前は?」
ふりかえって、そうたずねてくる。
なまえ。
「ぼくの、なまえは――」
ぼくのなまえをきいたその人は、たのしそうににやっとわらった。
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