小さな時から他人を羨むなと教えられて来た。誰かの物を欲しがったり、羨んだりしてはいつか必ず誰かが、自分が傷付くから。もう癒えた筈の背中がじわじわと痛む。

『何で判らないんだ!貴女を幸せに出来るのは俺だ!俺だけだ!』
『やめて!鳴兎を放して!』
『どうして俺の愛が判らないんだ…!!』
『きゃああああああああああああああああ?!』

劈く様な母の悲鳴と、焼ける様な痛みと、それからどんどん身体が冷えてとても寒かった。目が覚めた時にも焼け付く様な痛みで叫びそうになった。後で知った話だが、俺を斬り付けた男は母にずっと付き纏っていた。これまで危害を加える事は無かったが、あの日生まれたばかりの弟を抱いた母を見て逆上したらしい。今ならばある程度冷静になれるが、当時の俺にそれらを受け止める事は出来なかった。ただ男の言葉と、母の悲鳴と、背中の痛みだけが強烈に残った。

『誰かを愛したら傷付ける。』

何時の間にか俺はそう考える様になっていた。好きになれば、俺も同じ様に誰かを傷つけてしまうんじゃないだろうか?

「どうして俺まで呼んだの?」
「判ってるだろ?」
「あの子は密さんの物でしょ?何でも出来て、守ってくれて、愛してくれて…。
 密さんの方が浬音を…。」
「じゃあ譲るのか?目の前で浬音が密と結婚式挙げたとしても心から祝福出来るか?」
「…それは…。」

その光景を想像したくなくて、慌てて別の事を考えた。極端な話だけど100%有り得ないとも言えない。けど頭にどうしても恐怖がよぎる。勿論誰もがあんな事はしないと判ってる。あれは特殊な例で、俺は運が悪かっただけで、もう忘れてしまえば良い昔話で…。

「お前の辛さは俺には判らない、だけど…このまま諦めるのか?密やハレルに
 渡しても黙ってられるのか?」
「どうしろって言うんだよ?!人がどれだけ必死で抑えてると思ってんだよ?!奪ったら
 浬音が傷付くだろうが!!」

思わず自分の口を押さえた。俺は今何を言ったんだ?抑える…?奪う…?何言ってるんだ…そんなのまるで…。

「好きにならない様にとか、もうとっくに手遅れで、今はどうやって諦めようか
 必死で考え…。」
「判った!ああ、もう!判ったから言うなって!」
「お前浬音が好きなんだろ?」
「…ムカつく…。」
「あんな顔で、あんな必死になって、むしろ判らない方が馬鹿だ。」

最初は一枚の調査用の写真、次は船の上で、気の強さと赤ん坊みたいに無防備な顔を両方見て、言動一つでくるくる変わって、真っ赤になったり、ボロボロ泣いたり、目が離せなくなって、触れたら手も放せなくなって、泣いてたら力任せに抱き締めたくて、気が付けば恐怖と欲が戦ってた…。

「煽り過ぎだろ…俺が血迷ったらどうすんだよ?」
「その時は…蹴る。」
「最悪だ…密さんだけでも疲れるのに…。」
「どうする?」

大きく息を吐いて、それから真っ直ぐに向き直った。

「ウサギだからってなめんな、トカゲ。」
「合格だ。」

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  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

DollsGame-94.カミツレ-

戦線復帰

閲覧数:116

投稿日:2010/08/29 13:17:22

文字数:1,243文字

カテゴリ:小説

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