第十一章

 時は、黄色の国の革命の、フィナーレまで遡る。


「違う! その子は王女じゃない!」
 叫んだ少年の――少女の青い瞳は、まっすぐメイコを貫いていた。
(まさか――?)
 教会の鐘が、鳴りはじめる。
 少女はマントを翻して駆け出した。メイコの隣で、王女であるはずのひとが、叫ぶ。
「あら、おやつの時間だわ!」
 その必死な声に、メイコは確信した。
(この子は、王女じゃない!)
 ずっと昔の光景が、脳裏に瞬く。少女に何事か囁いていた、双子の弟。
 ついこの間の光景が、脳裏に瞬く。王女によく似た召使。
 鐘は鳴り続けている。
「あなた、まさか……?」
 愕然としているメイコに、王女のなりをしたそのひとは囁いた。
「早く、ぼくの首を切って。それで、革命は成功するんでしょう?」
(全て、気づいていたのか)
 彼女が何のために、悪ノ娘を造ったのか。
「ねえ早く! 王女が死ねば、〝レン〟を捕まえようとする人はいなくなるんだから!」
 王女のふりをした少年は、口早に言葉を続ける。
「ほら、鐘が鳴りおわってしまう!」
 メイコは唇を引き結んだ。
 愛用の剣を右手に握り、左手で少年の腕を掴むと、赤い娘は、処刑台から飛び下りた。


 襤褸(ぼろ)と大差なくなったドレスの少年と、赤い短髪をくしゃくしゃにした娘は、小さな船の中で、ようやく息をついた。
 息が落ち着いてきた頃、少年は文句でも言うように問いかけた。
「どうして、ぼくを助けたんですか」
「大丈夫よ」
 赤い娘は、その問いには答えず笑ってみせる。
「王女が逃げ出しただなんて、言いふらす人はいないわ。みんな、革命の成功を望んでいるんだもの」
「ふーん?」
 不審そうな少年には構わず、メイコは、潮風に目を細めた。
「ああ、これで王国はなくなったわ……」
 長く栄華を極めた王国だった。しかしその繁栄は、民を苦しめることでもたらされていた。
「やっぱり、それが目的でしたか」
 少年は、メイコに向かって顔をしかめた。
「〝レン〟の人生を散々に狂わせて、よくもそんな清々しい顔ができますね」
「うん……そうね……。きみには、今ここで殺されても文句は言わないわ」
 冗談じゃない、と、少年はそっぽを向いた。
「あなたの首は、〝レン〟のために取っておきます。……〝レン〟は優しいから、赦しちゃうと思うけど」
 〝レン〟は、今どこにいるんだろう。
 願わくば、彼女が罪の意識に苦しむことがありませんように。
「さっきから思っていたけど、『レン』はきみの名前じゃないの?」
 少年は、メイコから視線を外したまま答えた。
「ぼくを名前で呼びたかったら――『リン』と、呼んでください」



 翌朝、船はまだ海の上だった。まともな服に着替えた少年と、鎧を脱ぎ去った女剣士は、甲板の上にいた。
「……〝レン〟に、会いたい」
 少年が、小さな声で呟く。
「知ってる? どこかの町には、願いを書いた羊皮紙をガラスの小瓶に入れて海に流すと、想いが実るっていう言い伝えがあるんだって」
 少年はメイコをばかにした目で見ただけで、何も言わなかった。
「私も、あの子に会いたいわ」
「今さら会って、どうするんですか?」
 あの少女に関する時だけ、少年の口調はことさら刺を含む。
(当たり前、か)
「うん……赦されることをしたとは思わないけど、それと謝らないのは別の話よ。私は、あの子に謝りたい」
 少年はそれにも答えずに、水平線に目を向けた。


 その夜更け、少年はこっそり甲板に出た。
 握りしめたガラスの小瓶が、月影にきらきらと光る。
 闇の色をした海に、それを流した。瓶は波に紛れて、すぐに見えなくなる。
〈リンに会いたい〉
 想いは、いつか実ると信じてる。


 毎晩月を見上げては、きみのことを想います。



第十二章

 船が錨を降ろしたのは、すっかり荒れはてた緑の国の港だった。
「……メイコさん、なぜこの船に乗ったの?」
「一番先に出航したからよ」
 少年はため息をつく。だが確かに、選択の余地がある場面ではなかった。
「あの子はどこにいるのかしらね」
 メイコが、遠くを見やりながら、呟くように言った。少年は、それに答えるように言う。
「どこにいても、きっといつか会えるはず」
 この名前にかけて。



 さすらうような旅を始めてすぐの、ある夜のこと。
 メイコの寝息を聞きながら、少年は、満月よりも少し欠けた月を眺めていた。
 胸騒ぎがして、どうしても眠れない。焦りばかり募るのに、不安の正体は一向に見えない。
(ハヤク、ハヤク、ハヤク――)
 でも、何を?
(大事ナヒトガ――)
 何だというんだ?
(行カナイト――)
 どこへ、どうやって!
 歯を食いしばる。ずっと昔にも、こんな夜があった。両親が、そこで寝ている赤い娘に〝レン〟を譲ると言った夜。
 もどかしさに耐えながら、少年は頭を抱え込んだ。
 今度は、何だ?
 かたく瞑った瞼の裏に、あの子の姿が見えた気がして、少年は心の中で叫んだ。
『〝レン〟!』



第十三章

 長い旅は、すでに、一年になろうとしていた。
 ある日の朝早く辿り着いたのは、青の国の、小さな海辺の町だった。
 少年は、奇妙な胸の高鳴りを感じて、海に向かって駆け出した。
「ぼく、こっちを探してくるから! どっか適当なところにいて!」
「ちょ、リン?」
 メイコはため息をついて、追いかけるのを諦めた。
「どうせ、広場あたりで会えるか」


 海辺には、一つしか人影はなかった。まだ、それが人影としかわからない距離だけれど、少年は、期待に突き動かされてひた走った。
 人影が、こちらを向く。
 風にふくらむ白のスカートが、きらきらと輝く金の髪が、かわいらしい小さな顔が記憶よりもちょっと大人びて――。
 少年は、ありったけの想いをこめて叫んだ。
「リン――!!」


 朝、まだ誰もいないうちに浜に出るのが、いつの間にか習慣になっていた。
 今日は海が、一段と青い。
(あれ? 何だろう)
 こんな風に世界が輝いて見えるのは、いったいいつ以来だろう。あの子を失ってしまったのに、どうして胸が高鳴るの?
 視界の端に人影が映って、少女は、ぱっとそちらをふりむいた。
 風にはためく黒いマントが、海よりも煌めく青い目が、何度も夢に描いた顔が記憶よりもちょっと大人びて――
「リン――!!」
 何よりも懐かしい声に、少女は、ありったけの想いを込めて飛びこんだ。
「レンっ!!」


 いつか海に流した想いが、今実る。
 ようやく、きみに会えた。



終章

 青の国の海辺にある、とある小さな町外れで、ふしぎな一家が暮らしていた。
 赤い短髪のいさましい娘。
 青い髪の人のよい青年。
 緑の長い髪をした明るい娘。
 白い長い髪をした優しい娘。
 金の髪の互いによく似た少女と少年。
 ふしぎだけれど、とても仲よくにぎやかに暮らしていたという話。

ライセンス

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悪ノ娘 -Original Happy End- 【第十一章~終章】

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投稿日:2015/12/18 01:35:13

文字数:2,870文字

カテゴリ:小説

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