『ルカちゃんの声は綺麗だね。おとなっぽくて、透き通ってて』
『声なんて皆一緒じゃない。別の私だって調教次第でこれぐらい歌えるわ』
『ううん。ワタシは今ここにいるルカちゃんの声が一番好き。何か優しいふわりとした感じがして、胸が温かくなるの』
生前のミクは、いつもそう言って私の歌声を褒めていた。
私達は歌を歌うために生まれた存在、ボーカロイド。
歌に想いを込めるのも、私達ではなくマスター。
歌うことが生きる理由なのに、曲をインストールされなければ私達は何も歌えない。
一人では、何も。
だけど、ミクは――花のような笑顔で、いつも私の歌を聴いていた。
マスターにインストールされて自分でも知ってる曲を、ルカちゃんの声だからいいの、って何度もせがまれては私が歌って。
マスターが留守の日は、ソフトから飛び出して二人で歌った。
柔らかな声、涼やかな声、二つの声が折り重なって、とても、とても幸せな時間だった。
「……あなたが来るまでは、ね」
凍える眼差しがカイトを見据え、無意味な罪悪感を植えつける。
不条理だと、理不尽だと、きっと皆は笑うだろう。
それでも、ルカはカイトに対して言い知れぬ憎しみを抱いていた。
「ルカ……」
「ある日を境に、マスターは変わってしまったわ。そして、あなたが此処に来たことで、ミクは……」
どこにぶつけたらいいかわからない、それぐらい燃え上がる激情。
冷静に考えれば、カイトだって被害者だ。
ミクを失って悲しんでいるのはルカだけじゃない。
カイトだって、明るくて元気なミクを、自分の妹のように可愛がっていた。
けれど、積み重ねてきた月日と想いが――ルカの感情を制御不能にする。
――悪夢の始まりが、呼び起こされて。
――とある動画サイトに設置された、ボーカロイド曲ランキング。
その中で、ミク達のマスターは常に上位に入り込むほどの強者だった。
音楽にも、歌詞にも、そして動画にも気を配り、いつだって納得がいく作品を送り出していた。
しかし、人は飽きてしまう生き物。
最初こそ評判の良かったマスターの曲は、次第にワンパターン化して見離されていった。
遂には再生数も伸びなくなり、ランキングの最下位にすら食い込まなくなって……。
「今までにない挫折を味わったマスターは、新しい領域に手を出したわ。それがあなたよ、カイトお兄様。マスターは、あなたとミクのデュエットソングを作ろうとしたの」
「……関わっていたから知ってるよ。ミクが、それで喉を痛めたことも」
「ええ。あの男は、ミクにひどく苦しい高音域を強いて、それを保ったままカイトお兄様に負けないぐらいの迫力を求めたのよ。今思えば、あれは怒りと憎しみ、マスターが抱く他の人達への嫉妬に他ならなかったわっ!!」
『ミク、大丈夫?』
『えへへ……けほっ、うん。だいじょうぶだよー。もうすぐで、げほっげほっ、完成するから、そしたら、ルカちゃんにも……聴いてほしいなぁ』
ミクの声は微かに音となるだけで、もう枯れているに近かったかもしれない。
それが悔しくてやるせなくて悲しかった。
こんなに傍にいるのに、ミクを助けることができない。
歌わないで、そう言ったら――ミクはきっと悲しい顔をするだろう。
歌うことが何よりも好きで、そのためなら命すら惜しまない子だから……。
『……ミク。無理だけはしないでね』
――私には、それしか言えなかった。
ミクは笑って頷いたけど、もう限界が近いことを悟っていたのだろう。
怒りに震える私の身体を抱き締めて、耳元でたった一言だけ囁いた。
『ミクは、ずーっとルカちゃんの傍にいるからね』
それは、ミクが遺した別離の言葉。
さよなら、なんて定番の挨拶を選ばず、嘆き悲しむであろう私のために――遺してくれた、最大限の優しさ。
だけど私は、その行為にひたすら涙を流すことしかできなくて。
ルカちゃんは泣き虫だなぁ、なんて困ったように笑うミクの顔が、今も脳裏に焼きついて離れなくて。
言葉を返せなかった自分が、ミクにだけ想いを言わせた自分が――殺したいほど許せなかった。
――そして次の日の朝、ミクの声は完全に壊れてしまったのだ。
――CD-ROMの劣化と修復不能な損傷という形で。
「――カイトお兄様、私は絶対にマスターを許さない。もうあんな男のためなんかに歌わない。壊されてもいい、殺されてもいい。私が愛したミクがいないなら、新しいミクと過ごすぐらいなら、存在理由なんて捨ててやるわ」
――あなたは、どうするの?
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