0

「ねぇ、与次郎はどのお花が好き?」

「えぇ~、花なんてどれも一緒だよ。」

「そんなことないわよ。ほら、綺麗なお花がこんなにたくさんあるのよ?」

「ん~。じゃあ薔薇かな。」

「あら、どうして?」

「棘があってカッコいい。」

「………。」

「な、なんだよ…。」

「………子供だなぁって思って。」

「う、うるさいな!じゃあ桜はどうなんだよ。」

「私?私は椿かな。お花がそのままぽとりと落ちるのが儚げで、でも潔さが感じられて素敵。それにほら、冬の寒い時期に咲くところに強さを感じるわよね。」

「名前は桜のくせに。」

「何か言った?」

「いや…、別に。」

「何よ~、言いなさいよ。」

 そんな風に、与次郎と気軽に遊べたのも今や昔の話。原因はよく知らないが、彼が生活している隣国と私の国の仲が突然険悪になり十年が経った。その間、二国間の一切の交流は禁じられていた。密かに彼に会うことも試みたが、一国の姫である私が人知れず行動するのは不可能であった。

十年。それは、まだ彼は私のことを覚えているだろうか、そんな不安に駆られるには十分すぎる時間だった。まだまだ子供なところがあって、カッコつけたがりで、口の悪い彼。でも、優しくて、勇者みたいな彼。彼はいったいどんな大人になったのかな。そんなことを思いながら、私は幼いころ彼とよく遊んだ、隣国との国境である山々を眺める。これから起こる事件のことなど、全く想像もせずに。





    1

 俺、竹蔵与次郎は国の殿に使える一介の武士である。まだまだ未熟者ではあるが、ある程度の功績を挙げ、殿からの信頼も得ているつもりだ。最近は城での兵士たちの鍛錬の指導者という役職に就いた。今日も城の訓練場で指示を出していた。

 武士としての生活は気に入っている。多少生活苦を感じることこそあるが、上司や同僚との人間関係は良好であるし、戦にでるのも普段は感じることのない刺激があり悪い気はしなかった。

 この鍛錬が終わった後は昼食をはさんで定例会議が行われる予定だ。今日はまた新たな計画が発表されるらしい。今度は何を行うのか少し楽しみでもあった。





    2

 「姫様、お話しがございます。」

そう言って部屋に入ってきたのは私が直接雇っている初老の隠密、新蔵だった。

「話しなさい。」

「はい。姫様の暗殺計画についての情報を入手いたしました。」

 それは、隣国の殿が私を殺そうと計画しているというものだった。大方、父のお気に入りである私を殺すことで父を動揺させようとしているのだろう。新蔵の話によると計画はかなり進んでいるらしく、実行まであとわずかということらしかった。

 ………諦めかな。

 こういう事態が起こりうることは昔から覚悟していた。そのためか自分が殺されようとしているのにも関わらず、私は割と冷静だった。いますぐ逃亡を図れば十分逃げ切れるだろう。その後の生活は苦しいものになるだろうが、仕方がないか。

「それで、他にわかっていることは?」

「暗殺の実行予定者が判明しております。」

それならばしめたものだ。相手が誰だかわかっているのならば十分に対策を打てる。場合によっては逃亡を図る必要もないだろう。

そう安心したのも束の間、その後新蔵の口から出た名前は、私を極めて驚かせるものだった。




    3

 「私が、桜姫の暗殺………ですか?」

定例会議で俺に下された命令は、隣国の桜姫を暗殺せよとのことだった。

「そうだ。お前が桜姫とは幼馴染であることは分かっている。それを利用する。」

計画の詳細を聞きながら俺は考えていた。

確かに俺と桜は幼馴染であった。まだこの国が隣国と仲が良かった頃、こちらの国に来る途中で迷子になった桜を俺が見つけたのがきっかけで親しくなったのだ。それからはたびたび国境の山で遊んだものだったが、十年ほど前、突然隣国との一切の交流を禁じられてからは一度も会っていなかった。

 まだ命令を受けるとも言っていないのに、計画の詳細を知らされる。この命令に背くようなら俺の命をとるつもり満々、ということなのだろう。それはまずい。俺には昔からどうしてもやり遂げなくてはならないことがある。ここで死ぬ訳にはいかない。

「ということだ。ひきうけてくれるな?」

「はい。」

俺は上たちの前で刀を立てる。

「必ずや、やり遂げてみせましょう。」





    4

 結局、暗殺の実行者が与次郎だと知った私は逃亡を図るのをやめた。私がいなくなれば計画は失敗とされ、完遂できなかった与次郎は殺される可能性があった。私にはその可能性を無視することができなかった。もしもここまで考えての人選だとしたらなんと抜け目のないことだろう。

 そうして私は暗殺計画に対して特に何も対策をとることをせず、普通に暮らしていた。計画に気づいたことに気づかれることすらまずいと判断してのことだった。むしろ私の周囲の警備を薄くしておいたほどである。

 そして、ついにその日がやってきた。

 雪が激しく降りそそぐ夜のことだった。私が寝床に就こうとすると、突然部屋の扉が開いた。

「与次郎………。」

十年来の再開。姿かたちは変わってしまったけれど、私は一目で本人だとわかった。その身がまとう雰囲気が、全く変わっていない。私の大好きな、与次郎の空気だった。

「桜………。」

与次郎が言葉を濁す。私は頬笑みを浮かべた。

「わかってる。私を殺しに来たんでしょう?」

両手を広げ、抵抗の意思がないことを示す。

「さ、早くしないと怪しまれるわよ。」

「………。」

「どうしたの?さあ、はやく。」

しばらく与次郎は黙っていたが、しばらくしてゆっくりと口を開いた。

「いや、俺はお前を殺すつもりはない。」

それは、予想外の言葉だった。

「なぁ桜、一緒に逃げないか?」

でもそれは、内心期待していた言葉だったのかもしれない。

「はい。あなたとならば、どこまでも。」





     5

 桜を連れて、俺たちは国境の山中まで来た。その道中はなかなか険しいものだった。途中で警備の兵に逃走がばれ、桜が誘拐されると思ったのだろう、追手が襲ってきたのだ。さらに悪いことに、俺を見張っていたのだと思われる俺の国の隠密たちまでもが桜と俺を始末しようと襲ってきた。辛くもここまで逃げてこられたが、これ以上逃げ切るのは難しそうだった。

「与次郎、もう無理よ、諦めましょう。」

「でも、諦めたら桜は………。」

「わかってる。でも仕方ないわよ。私は与次郎が助けようとしてくれただけで十分嬉しかったから。だから、もういいの。」

俺は悔しかった。二人とも生き延びるための手段である逃避行も失敗。己の力不足に涙がでそうだった。まったくもって情けない。

「与次郎。」

桜がそっと俺に抱きついてくる。じんわりと桜の温かさが伝わってくる。

「大丈夫。私を殺せば、ここまで逃げてきたことだっていくらでも言い訳は効くわよ。ね。もう、私は覚悟もできているから。」

 桜が自分のことよりも俺の心配をしている。そのことがことさら、俺の羞恥心を駆り立てた。違う。俺だって覚悟なら決まっているのだ。

「桜、そんなこと言うな。それならせめて、一緒にここで眠ろう。」

そう言って俺は懐から二つの丸薬を取り出した。





    6

 与次郎が取りだした丸薬を見て、私は彼の考えを悟った。心中…か。元々命を諦めていた私にとって、彼がこの選択を取ってくれたことは、永遠に一緒に居ることを選んでくれたことは、とてもうれしいことだった。

「本当に、いいの?」

「あぁ。」

そう言って与次郎は丸薬を口に含む。私もそれに習って口に含んだその時、

「―――――っ。」

与次郎が私の唇に自分の唇を重ねてきた。そのまま私の口の中に舌を入れてくる。たっぷりとじっくりと、彼の舌が私の口の中を這い回る。

「ん。あっ………。くっ………んぁ。」

激しい口付けに呼吸ができない。苦しい。けれど今感じている快楽を手放したくなかった。もっと深いところまで堕ちていきたい。もっともっともっともっともっと。

「ぷはぁ。」

突然唇が離れる。窒息に近い状態になっていた私は、思わず空気を吸い込んだ。その勢いで口に含んでいた丸薬を飲み込んでしまう。………あれ?今丸薬を二つ飲み込んだような気が………。





    7

 俺は深い眠りに入った桜姫を近くの洞窟に運び込んだ。

 ここまでは完全に計画通りだった。桜姫を救出という名目でこの山まで連れ出し、毒殺せよ。それが上から命じられた計画の全容だった。山中で毒殺死体が見つかれば自殺に見せかける細工がしやすい。

「ふぅ。」

さて、後は山を下り、計画が失敗した際に再殺できるように潜んでいる殿直属の隠密たちに撤収を呼び掛けるだけだ。そうすれば俺は無事に普段の生活に戻ることができる。今回の功績を受けて昇進もあり得た。

 じっと、桜を観察する。幼いころは肩のところでそろえていた髪は伸ばしたらしい。今は腰まで届きそうだった。綺麗だなと、素直に思った。瞳、鼻、耳、頬。一つ一つが整っている。唇をみてさっきの感触を思い出し、恥ずかしくなる。………柔らかかった。左手で彼女の髪を掻き上げ、そのまま彼女の後頭部へまわす。右手で顎を支え、ゆっくりと顔を近づけ………。

 唇と唇が再び触れ合おうというところで、俺は我に返った。いかん、感情に流されるな。まだ俺にはやることがある。

 



   9

俺は山を下った。山道を出たところで近くの茂みに人影があった。今回の計画の指揮官である新蔵だった。計画では彼は今回の俺の動向の見張り役である他、情報操作のために隣国に隠密として仕える振りをしていたという話だ。

「ふん。きちんと遂行してきたようじゃな。」

「えぇ、当然ですよ。」

「わしはお前がきちんと実行するか、半信半疑だったんじゃがな。幼馴染を騙し、簡単に手にかけるとは、恐ろしい奴じゃ。」

ふん。と新蔵は再び鼻を鳴らしながら、撤収の伝令をかけるため懐から召集用の信号弾を取り出し打ち上げた。光の玉が撃ちあがり夜空の中に消える。これで間もなくこの周辺の隠密たちが全員ここに集まるだろう。

「しかしここまで上手くいくとはの。拍子抜けじゃわい。」

「確かに、完全に計画通りに進みましたね。」

そう。ここまでは上たちの計画通りだ。そしてここからは………。

 俺は刀を抜き、新蔵に向けて振りかぶった。

そう、ここからは、俺の計画の始まりだ。





   11

 俺のやりたいこと。それはこの身を呈してでも桜を守ることだった。このような戦乱の時代に生まれなければ、一国の姫に生まれることさえなければ、きっと幸せに生きることができたであろう桜。しかし実際の彼女の立ち位置では平穏無事に一生を終えることはないだろう。俺は昔からそう思っていた。隣国の兵士である俺だが、それでもいつか必ず桜の為に出来ることがあると信じ、己の肉体を鍛え、また、隣国についての情報収集を行っていた。

桜の暗殺計画を聞いたあの日から、俺は準備を進めた。たとえ計画の実行を断ろうとも、代わりの誰かが実行するだけのことだろう。そう考えると確実に桜を城から逃がす必要があった。

そこで俺は計画の殺害現場を山の中にするという部分に注目した。ここで上手く隠密の目を騙すことができれば桜を逃がすことができるかもしれなかった。俺は上から渡された毒薬を分析し、解毒剤を作った。副作用で睡眠薬のような効果が出てしまったが、その点はむしろ好都合だった。問題はこの解毒剤をどうやって監視の目をくぐって飲ませるかだった。後から無理矢理飲ませていては怪しまれてしまう。そこで俺は桜に口づけをし、口移しで丸薬を二つとも飲ませることにしたのだった。

俺の思惑通り、新蔵にばれることなく事は進んだ。桜のことは数時間後に信頼のおける猟師に迎えに行くように手配してある。残る問題は、その猟師と桜が無事に逃げ切れるよう、潜んでいる隠密を全て仕留めておく必要があることだった。

新蔵を仕留め、一息つく。隠密が何人潜んでいるかはわからないが、決して少なくはないだろう。生き残るのは………難しそうだ。背後に殺気を感じ、構えをとる。たとえここで朽ち果てようとも構わない。ただ、桜を守りきることさえできれば、それでいい。

 俺は続々と現れる敵の中へ突撃した。

 そうだ、俺はここで花を咲かせよう。

 桜が好きだった、強くて潔い椿の花を。

 この降りしきる雪の中で。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

いろは唄

9月分の「いろは唄」です。
書いた人:○

閲覧数:263

投稿日:2011/10/01 20:36:56

文字数:5,243文字

カテゴリ:小説

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