「今から言うことは、全部がホントのことだから」
寂れたビルの屋上で、親友は私の隣で呟いた。私は彼女の顔を見つめたが、彼女は空の雲を数えるように、遠くを眺めている。
それから言うことは出鱈目ばかり。確かに彼女はひねくれ者だけど、いくら何でも砂糖はしょっぱくて塩が甘いなんて、冗談も甚だしいんじゃないか。くだらないと顔をしかめると、そんな顔しないでとりあえず聞いてて、と肩を叩かれた。ぽんぽんとリズムを刻む彼女の手は、いつもより軽かった。
「冬になるとみんなは滲む汗を拭いて、夏には凍える体を抱えて過ごす」
「リリィ、」
「だから黙っててって。くじらは星空を泳いで、虹色の橋を潜るの。その橋だって、ずっと消えないで私たちの希望になっている」
「ねえどうしたの?リリィらしくもない。夢のような言葉ばかり並べて」
私の知る親友は、いわゆるリアリストというやつだった。現代社会の厳しさをすっと見据えて、将来は公務員が確実だよね、というのが彼女の口癖。物語じみた話をするなんて、変なものでも食べてしまったのかしら。
次も夢の続きを紡ぐんだろう、と思っていた。彼女が現実から目を背けるならば、私はその姿を傍観していようじゃないか。彼女はよっと立ち上がり、目の前の空を見上げた。
「君のことは大嫌いだし、ずっと一緒に居たくないよ」
頭ががあん、と鳴った。君という言葉が鉛のようになって、いきなり私の頭にクリーンヒット。傍観態勢が気に入らなかったのだろうか、いつの間にか嫌われたかと思案していたら、大丈夫あんたのことじゃないよ、と笑われた。よく考えてみれば、彼女は正反対の本当を言っているわけだから、そこまで狼狽えなくてもいいのだけど。彼女はゆったりと大股で歩きながら、また君の話を続ける。
「一瞬で忘れたし、思い出になんかならない」
私はまだショックから抜けきれてないのか、彼女の言葉の裏返しを考えることができない。
少し間が空いたことで気が変わったのか、別の話を繰り広げる彼女。“君”の話は飽きたのだろうか。見当の全く付いてない私は、ぼんやりと“君”像を考えていた。
「神様は存在する。だから、この世に何万何億…65億もの夢は叶うものなんだ。どこかの誰かが願った、いつか争いごとはなくなるってことも、また別の誰かが祈った、みんな笑顔で過ごせるっていう夢だって全部叶う」
…彼女は先述したとおり、リアリストだ。神を信じるどころか、みんなで引こうよと誘ったおみくじでさえも断る。そんな彼女が、夢だの祈りだの、いくら何でも気が触れたとしか思えない。…あ、ごめんごめん、しかめっ面しないでよ。どうやら思っていたことが口をするりと通り抜けてしまったみたいで、彼女は不機嫌そうに口を尖らせた。流石に親友にそれはないなぁ。反省します。
「そして、私の嫌いなアイツは元気で息をしている」
「あいつ…?」
「…息をしている」
いきなり出てきた“アイツ”。彼女が誰かを形容する上で、アイツと呼ばれているのは1人しかいない。それにはっとする前に、彼女は転落防止用のフェンスに体重を預けた。
「今すぐ来て」そのメッセージとビルまでの写真がLINEで送られてきて、急いで駅に向かった。私の学校は考査だったから昼前に終わってこれたけど、彼女の学校はまだじゃないだろうか。今日は暖かな風が吹いているのにも関わらず、彼女はまっくろなセーラー服を着ていた。黒いプリーツスカートが、ふわりと靡く。
*
「今から言うことも全部がホントのことだから、ちゃんと聞いててよ!」
「はいはい」
どうやら、私には話を聞く権利しかないようだ。意見を言おうにも、突っぱねられてしまうからね。
「命に終わりなんてないし、過去だって容易く変えられる」
「…その理論だと、鎖国状態や戦争も無いものに出来たりするの?」
「変えられる過去は、自分が関与したところだけ。そんなことしたら、私らが今習っている日本史世界史は何のためなのさ」
それを言ったら本末転倒では…?まあここら辺は突っ込んだら負けなのだろう。保留。
「君のことは大嫌い。君はぐうとお腹を鳴らして、寝たい時に寝て、寝飽きたらまた起きる。そうやって自堕落に過ごしてる」
彼女は“君”に対しての皮肉を言っているのだろうか…。それなら今の口ぶりにも納得がいく。もし君とあいつが同一人物なのだとしたら、自堕落なんて言葉、あいつって人には似合わないんじゃないかって、私は思った。
フェンスがぎしぎし軋む。廃ビルだからか、フェンスもそれなりに錆び付いている。強い力をかけたら破けて、そのまま落ちてしまいそうだ。
日の光に背を向けていた彼女は、私と目が合うとくるりと回り、お日様の方を見るかたちになってしまった。フェンスに指をかける。髪が、ふわりと広がる。今日は穏やかな南風が心地よく吹いているから、それに従って彼女の金糸は右に靡いていた。
「西からお日様が昇って、うさぎはお月様の上でぴょんぴょんと餅をついている。お気楽なもんだよね、私らは授業やら学校やらで大変だってのに」
彼女があまりにもすっと話すので、私はそうねと返すしかない。そんな私のこころの中を知ってか知らずか、まだ語り続ける。
「幸せなことにきっと終わりはないし、世の中にいる人みんな、親切でいい人ばかり」
「…ちょっと待って。あなたこの前詐欺師に騙されたって…」
「それで、私が嫌いなあいつは会いたい時に会えるし。日の昇った直後だろうが、雪の降る街中だろうが」
私のつっこみは無視されてしまった。これはちょっとした余談なのだけど、2ヶ月くらい前に繁華街でナンパされてホイホイついて行ったら、その男性にうまいこと甘えられて財布にあるだけお金を使った末に連絡が取れなくなったらしい。幸いその日はサブ財布だったらしく、全財産は奪われなかったとは言っていたけど…。
私はそれを思い出してため息をひとつ。その直後、ぎし、と小さな音がした。彼女がフェンスに指をかけて力を入れたみたいだ。それなりにガタツキもあればサビもある。白い指が赤茶色に染まるけど、いいのかしら。
*
「…今から言うことは、全部が嘘っぱち。だから、聞き流してほしい」
「いまさら…?」
「るっさい!!いいから黙って聞き流してよ!!」
黙って聞き流す、とは。私は頭の隅のスミのすみまで思考を巡らせていればいいのか…?でも、今まで本当だからといって見もしないことを並べた彼女の嘘というのは、正直とても気になる。ので、何かを考えているふうを装い聞いてみることにした。
「神様は存在しないし、ほとんどの夢は叶わずに消える、潰える」
「え、リリィ…?」
「まだまだ争いごとは続いていくし、何事にも終わりがくることに気づいている」
彼女の声がさっきに比べて暗い。偽りという名前を借りたなにかを口から出すのは、彼女にとってそんなに重たいことなのだろうか。
またきしりと重い音がした。頭をフェンスに預けたらしい。高いところにいすぎて体調を崩してしまったのかと、もうそろそろ降りようかと声を掛けに彼女の元に歩いていった。座っていたところは影になっていてあまり感じなかったけど、今日は意外と日差しも強いらしい。あまり日に当たりすぎるのも体に良くないし、せめて日陰に移そう…ぐらいに考えていた。
リリィ、と声を掛けようとした。いつもみたいに、あるいはさっきみたいにプリプリしながら振り向いてくれるものだと信じていたから。でも、彼女の姿を見たら喉から音が出なくなったみたいに、まるで私の中の時間が、彼女以外止まってしまったみたいに、一言も発することができなくなってしまった。
彼女は───泣いていた。赤く染まった頬に水を伝わせて、その雫も先ほどより西に落ちたお日様で、宝石のようにきらきらと輝いている。ちいさくしゃくりあげながら、細い指に力をかけながら、遠くを見つめている。
「君のことが…大好き、です。ずっと隣にいたかったっ!!!!」
遠くを見る彼女の目はしっかりしていて、でも潤んでいて。そんな彼女の口から飛び出たのは、今まで嫌いと言っていた“君”へ向けた言葉。それは今日だけじゃない、“あいつ”って表しながら愚痴を言っていた時にも出てこなかったものだった。
“君”の正体は、彼女の所属する部活の顧問だった。黒髪を切りそろえて、部活以外の時はスーツと青いネクタイでぴしっと決めて、銀縁の目立たない眼鏡をかけた、教師の鏡のような人らしい。その教師は何かと彼女につっかかり、彼女も煽りに弱い性格から、よく口喧嘩になったという。その度に愚痴を聞かされていたのだけど、まさか好きだったなんて…いや、少し予想はできていたけど。
「煙になる前の君と、ウソつきな私で」
後から聞いた話だけど、その教師は運悪くトラックに轢かれてしまったらしい。即死だった。そして今日は、彼の告別式で、火葬場に行く前に彼女はお別れを済ませて、その足でここに来た。だからこの気候で冬のセーラーを着ていたわけだ。
「見て、あの煙」
「…もしかして、こっちの方って…」
「そう。あれが、多分あいつだったもの」
青い空に上がる白い煙を見ている彼女は、とても清々しい表情をしていた。こころの中を吐きだしたことで、気持ちに整理がついたらしい。頬にもうひとつ、涙を落とした。
「ねえ、そういえば。私あいつさんの名前を知らないんだけど…こんな日にごめんね、教えてくれる?」
「…氷山キヨテル。清く輝くって、あいつには似合わないよ」
*
「今から言うことは、ウソかホントか分からない。それでも、聞いてくれる?」
「それこそいまさらだよ」
「確かに…」
そして彼女は一呼吸置いて、言葉を紡いだ。
「私は、この素晴らしい世界で、君の分まで生きたい」
それは、きっと彼女の今の本心。
素直になれなかった過去も、夢ばかり紡いだ独白も、密かに寄せた思いも全部受け入れて、出した答え。
私はすっきりした表情の親友を見て、とてもうつくしいと、心から思った。
【自己解釈】eight hundred【キヨリリ】
お久しぶりです。多分かなりあ荘では最後の投稿が去年のルカ誕のはずなので、1年以上は経ってますね…ひええ恐ろしい。この1年で高校に入学して、部活に一生懸命になって、アニメにはまって、Lilyさんを迎えて…いろいろありました。ひええ。
ということでお久しぶりのキヨリリです。と言っても先生いません。キヨリリ詐欺ですよこんなん。親友は誰を当てはめてもらっても構いません。モブだろうがボカロキャラだろうが、はたまた自分でもw
「eight hundred」、ピノキオPさんの楽曲です。友達がカラオケで歌っているところでピーンときました。自己解釈というより、歌詞+それを聞く友達みたいな感じになってしまいました。
今年はもっと投稿したいです。頑張りまっせぇ~!!
それでは。
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約束したわけでもないが、私が友達のクラスへ迎えにいき一緒に帰るのが、いつものルーティンだった。
先生や知人とすれ違うも、積極的に挨拶はせずに、友人とお喋りを続ける。
そしていつも、1つの自転車に変わった乗り方で乗るカップルに追い越されていく。
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ぽりふぉ PolyphonicBranch
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ご意見・ご感想
ゆるりー
その他
見る前:キヨリリだあああ(`・ω・´)
見た後:キヨリリがあああ(´ ; ω ; `)
私って極端ですね!
言ってることが全部逆なリリィちゃんもかわいいですね!
なんとなく親友はグミちゃんかな?と思って見てました。
詐欺師に騙されたって…リリィちゃんからお金をだまし取るなんて最低ですね!(
キヨテル先生なかなか出てこないなーと思ってたら、まさかのもういない…
「彼女の所属する部活の顧問」というワードを見て、すぅさんの家のキヨリリを思い出しました。
キヨリリはいいものですね!
【青いネクタイ(10)】
・どこかの誰かの仕事道具
・わずかに線香のようなにおいがする気がする
2016/05/14 00:17:13
すぅ
なんとなくキヨリリは悲しい恋愛が似合うと思う今日このごろです。でもこれってキヨリリ詐欺作品な気もしますけどね()
ひねくれ者っていいですよね!!ツンデレとはまた違う魅力があります。
インタネ組可愛い?( 'ω' )?
それほどリリィちゃんが単純でお馬鹿なんですよ…w
せんせえええ(´;ω;`)
実はそこ、担任と迷ったんですよね…でも絡みが多いのって部活の顧問だと思ったので、こっちにしてみました。確かにうちの子みたいですねw
ネクタイ…ううう(´;ω;`)
切なさで胸がやられそうです……
ありがとうございましたっ!!
2016/05/15 08:17:03