本日も晴天。ルシフェニア王宮にある天国庭園で僕は、主人のおやつの支度をしていた。主人とは、この王宮、この国の頂点に君臨する、リリアンヌ=ルシフェン=ドゥートゥリシュ。僕と変わらない年頃の女の子。そして、僕の姉でもある。彼女と僕が姉弟と知っているのは、王宮でも数少ない。なにせ、彼女が僕と姉弟である事を忘れてしまっているのだ。
あまり彼女を待たせてはいけない。彼女の機嫌を損ねてしまったら、僕の首が飛んでしまう。現に、今日この時間までに2人の首をはねていた。どちらも彼女の機嫌を損ねてしまっての事だ。だから今日の彼女は、いつもよりかは機嫌が悪いであろう。そう思いながらテキパキと作業をしていたら、そんな彼女が庭園にやって来た。おやつの時間になる少し前。いつもと同じ時間に彼女が、庭園にあるテラスの椅子に座ると同時に、遠くからはレヴィアンタ教会の鐘の音が聞こえた。鐘の音を数えるとちょうど三つ。それは3時を知らせると共に彼女のおやつの時間を意味する。僕は、鐘の音を聞き終えると、椅子に座っている彼女の前におやつを差し出す。今日は、美味しい紅茶を使用人から貰ったので、それに合わせたメニューだ。甘いのが好きな彼女には、少々甘味が少ないと思われるだろうが、紅茶もおかしも上手にできたと思う。彼女が気に入ってくれればいいが。テーブルの上に、おやつを置き、温めておいたカップに紅茶を注ぐ。彼女は、そんな僕の仕草をジッと静かに見つめていた。
「本日は、ローズの香りをメインとした紅茶と、シンプルにスコーンでございます」
そう説明すると、彼女はそれを合図にカップを手に持つ。彼女の隣に立っていても香ってくるローズの香り。かの女王も愛したという香りだ。彼女は香りをかぎ、一口紅茶を飲んだ。口にあったのだろうか。そう思ってると、彼女はカップをソーサラーに置き、一口サイズのスコーンを手に持ち囓る。サクッと音が聞こえ、黙々と食べる。内心ドキドキしながら僕は彼女の食事を見ていた。
「アレンよ。今日は少し甘さが足りないのう。わらわはもっと甘い方が好みぞ」
いつもなら静かに食べているが、今日は食事中に口を開いた。普段は彼女が1人でおやつの時間を過ごす時、おやつを食べている時は静かに、食べ終わってから最後に喋るのがいつもだった。今日は前の事もあり、やはり彼女の気分は良くないようだ。普段とは違う彼女を感じ取り、僕はすかさず彼女に謝罪する。
「申し訳ありません。次からはもっと甘いものを御用意致します。ですが、その紅茶は女王様もお気に入りの香りと存じあげております」
その言葉を聞いて、彼女はピクッと眉を動かした。
女王様。それは彼女の母親の事だ。僕らを産んで幼い時に亡くなってしまった母。僕は、侍女長から今日の紅茶の香りの事を教えて貰った。母が好んでいた香り、だと。
「お母様の事ね。それならば、わらわも好みになろう」
そう言って、彼女はもう一度、紅茶を口に含む。やはり苦いのか、彼女は表情には出さなかったが、砂糖を持ってこい、と命令をされた。僕はすぐにシュガーポットをテーブルに置き、それと同時に小さなミルクピッチャーを置いた。それを見ると、彼女は僕をみた。
「お砂糖と、試した事はないのですが、ミルクもお入れになってみたらいかがでしょう?香りは少し無くなってしまいますが、渋みが無くなりまろやかになるかと思われます」
説明すると、彼女はシュガーポットから砂糖をトングで摘み、紅茶の中に入れた。そして、ティースプーンでかき混ぜる。ミルクは入れないみたいだ。
「もうわらわも大人の女性じゃ。いつまでも子どもの様な事はせんぞ」
彼女は自分に言い聞かせる様に言った。そんな彼女も、明日には十四歳の誕生日を迎える。そして、それは盛大なパーティが行われる予定だ。その為か、たまに一緒にティータイムを過ごすネイやシャルテットも今日は用事でいない。それに、侍女長や大臣、魔導師も皆、今は王宮から離れている。だから、今庭園にいるのは僕ら2人だけ。ただ、見張りや警備の人は少なからずいるが。
そんな事を思いながら、僕は庭園を眺めた。目線の先には、大きな噴水がある。この庭園のシンボルでもあった。噴水からは水が流れており、キラキラと太陽に反射して輝いていた。他にも庭師が綺麗に施した草木や花も並んでいた。鳥の鳴き声もせず、聞こえるのは噴水から出てくる水の音のみ。いつもの庭園。いつものおやつの時間。いつもと変わらない風景を眺めていると、彼女が口を開いた。
「アレン。紅茶が足りぬぞ。注いでくれ」
そう言われ、僕は我に返り、彼女の手元にあるティーカップを見た。いつの間にかティーカップにはもうすでに紅茶はなかった。
「気付かずに申し訳ありません!」
すかさず謝罪し、紅茶をティーカップに注ぐ。彼女は、不機嫌になる事なく紅茶が注がれる様子を静かに眺めていた。
「リリアンヌ様。おやつの方はよろしいですか?」
僕は、先ほどの失態を巻き返すかの如く彼女に尋ねた。彼女は、紅茶が注がれたのを確認し、砂糖を入れた。一杯目の時よりは少ないようだ。そんな彼女の所作を見ていたら先ほどの質問の答えが返ってきた。
「もう良いぞ。しかし珍しいの。お主がぼーっとしておるのは」
そう言って彼女は紅茶を飲む。僕は、顔を俯かせ、彼女にまた謝罪をした。
「申し訳ありません。少々考え事をしておりました」
「別に構わぬ。わらわも考え事をする時がある。そうじゃ、アレンよ。少し話がしたいのだが、良いか?手は動かしたままで良い」
彼女は、僕を見つめた。そんな事を言ったのは、僕が此処に来てから初めての事だった。真っ直ぐと僕を見つめる碧眼に僕は緊張する。僕と同じ色の瞳を持つ彼女だが、僕よりもずっと綺麗である。まるで、そこに吸い込まれるかのような。あまり返事を待たせると良くない。しびれを切らして首がはねられてしまっては元も子もない。僕は、断る理由もなく、彼女に答える。
「では、お言葉に甘えさせて頂きます。私は、いつでも大丈夫でございます」
そう言うと、彼女は紅茶を再び一口飲み、カップを置く。そして、彼女は小さな声で呟くように言った。
「もしも、世界のみんながいなくなってしまって、わらわとお主だけになったらどうする?」
それは本当に小さな呟きだった。もし彼女から、話がしたい、と言われなければ間違いなく聞き逃していただろう。聞こえた言葉を頭の中で繰り返す。もしも、僕と彼女だけになってしまったら?この世の中のことを分かっていない僕たちが生きていけるのか?彼女は、きっと、いや必ず僕を頼るだろう。それは僕にとっては別に、嫌ではない。むしろ、嬉しく感じてしまうだろう。しかし、そんな事は口が裂けても言えないだろう。僕と彼女は召使と王女だ。姉弟ではあるが、その事は彼女には知られてはいけない、ときつく言われていた。そんな事を思いながら、僕は彼女に優しく答えた。
「リリアンヌ様。そのようなこと、この先起こるのはありえないでしょう。ですが、もし、そうなったとしたら、僕の気持ちは今と変わりません。貴方を、リリアンヌ様を、必ず守ります。それが、僕の、召使の使命ですので」
僕は、正直に、素直な気持ちを彼女に伝えた。話を聞いている間、彼女は、僕を見つめていたが、話終わると、目線を下に向け、ドレスの裾を握りしめながら、嘆いた。
「わらわは、私は、そんな世界は嫌。2人だけで、もしもアレンもいなくなってしまったら、私は生きていける自信はないわ。だからお願い。私を、置いていかないで」
それは、とても小さく、弱々しい声だった。それもそうだ。一国の頂点に立っていなければ、彼女は普通の女の子なのだ。ひとりぼっちはさみしい。そう思うのも普通だろう。僕だってそうだ。彼女が、姉がいなくなってしまったら、生きていけない。そう思えるほど、僕は彼女の事が大切なのだ。
「置いていきませんよ。ずっと一緒にいます。それと、なぜ、リリアンヌ様はそう思われたのですか?不躾な質問で申し訳ありませんが」
僕は、思っていた事を彼女に尋ねた。彼女は、小さく咳払いをしつつ、話しはじめた。
「それはのう。わらわは、よく星を眺めるのは知っておるじゃろう。満天に広がる星を見ているとふと思うのじゃ。星は常にたくさんの星たちに囲まれておる。一生離れることなく。それが羨ましくなったのかのう。星たちは絶対ひとりぼっちにはならないからのう」
そう、彼女は空を見ながら呟いた。そんな彼女を見て、僕はなんとも言えない気持ちになった。星だって、地上から見れば近くにあるように見えるが、実際の星どうしの距離はとてつもなく遠い、と本で読んでいたからだ。だからと言って、彼女にそのことを話しても納得してもらえるどころか、気分を損ねてしまうかもしれない。僕は、本音を口に出さずに、代わりにこう言った。
「リリアンヌ様は大丈夫ですよ。いつか、星のようにみんなとずっと一緒にいられますよ」
「それは、死後の話かのう?アレンは死んだら星になると?」
彼女はすかさずそう聞いてきた。
「それは、今の僕でも分かりかねますね。天国や地獄に行く、星になる、と空想上ではよく言われますね」
自分が、答えづらい質問をしたのにも関わらず、きちんと答えができなかった。そんな事を悔やみながら、黙っていると、彼女は吹っ切れたかの様に話しだす。
「それもそうじゃな。わらわも、死んだ後の事など、よく分からぬ」
そう言って、彼女は残りの紅茶を飲み干す。僕は、紅茶のお代わりをいるかどうか尋ねたが、彼女はもう頼むことはなかった。
「アレンよ。今日の紅茶とおやつはまことに美味であった。次も頼むぞ。もうちょこっと甘い方が、わらわは好みだが」
そう言いながら、椅子から立ち上がる。おやつの時間の終わりを告げる合図だ。僕はその言葉を受け止めながら、彼女が座っていた椅子を下げる。うむ、と彼女は頷き、王宮の方を向き歩き出す。それを見送る僕。すると、彼女は何かを思い出したのか、急に僕の方に振り返った。
「あと、今日の紅茶は、わらわとお主、2人の時だけに出すのじゃ。分かったな?」
そう言って、彼女は王宮の方に歩いていった。ほんの少しか頬が紅かったような。まだ、僕らが姉弟だとは思い出してはいないと思うが、そう言われたら、僕は嬉しくなってしまった。誰もいない庭園で、小さく、かしこまりました、と呟くと、テーブルの上に置かれていた食器類を片付け始める。ティーカップを手に持つと、未だにほんのりとローズの香りがした。きっと、彼女は母親みたいな素敵な女性になるだろう。このローズの香りを好むような。そんな彼女を、これからも僕は守っていく。そばにいる。それだけは譲れない決心だ。そう思いながら、僕は食器類を持ち、王宮へ向かった。明日は彼女と僕の誕生日だ。

この作品にはライセンスが付与されていません。この作品を複製・頒布したいときは、作者に連絡して許諾を得て下さい。

前ノ日ノ休息

閲覧数:128

投稿日:2018/09/13 22:15:03

文字数:4,432文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました