だってそれはわたしを作る音符(ノート)なの。
鳴らすも休むも白も黒も、全部でひとつの曲であるように。
嬉しいも悲しいも楽しいも退屈も、すべてがわたしを作っている。
だから、お願い……
ねぇ、マスター。
* * *
規則的に木の机を打っていた音がやんだ。
瞼を閉じて自らが奏でる音だけを体中に巡らせていた少女は、闇から光の世界へと舞い戻る。
漆黒の瞳と目が合った。
彼女は思わずヘッドフォンを両手で押さえて、演奏をやめてしまう。その様子に、見つめていた黒髪の青年はふっと口元を弛めた。
「どうして歌うのをやめたの?」
ついさっきまでリズムを刻んでいた人差し指を左右に揺らし、青年は微笑みながら尋ねた。
「だってマスターが拍子を止めるから」
少女は小さな唇を尖らせる。膝まで伸びた鮮やかなエメラルドグリーンの髪が、少女が身体を揺らすのに合わせて波打つ。
「僕はメトロノームじゃないよ」
くすくすと笑いながら言ったマスターに、意地悪、と少女は小さく呟いた。
「わたしの歌に変なところがあったから、手を止めたんでしょ」
「今はレッスンの時間じゃないだろ。僕がミクの歌に誘われて、まどろんでいたとは思えない?」
「眠かったの? もしかして、マスターお疲れ?」
不満げな表情をぱっと消し去り、少女は青年を覗き込んだ。
卒業論文用の実験だかで、マスターは夜遅くにひどく疲れて帰宅することがある。昨日は早く帰ってきたけれど、疲れがたまっているのかもしれない。
ふーっと声に出し、マスターが長く息を吐く。
「んー、サビ頭の『世界でいちばん』のトコ、せの入りが少し早くて音も外れてたかな」
「え? ……って、やっぱり歌を失敗したから、リズムやめたんじゃない!」
きっと少女は柳眉を吊り上げる。腹立たしさに任せ、両腕をマスターの肩に載せてぎゅうと締め付けた。
「いたっ! く、苦しいよミク」
「嘘つきで意地悪なマスターにはお仕置きだもん!」
「ちょ、ホントに苦しいから……ミクの腕で締め上げられたら洒落にならな……げほっ!」
マスターが大きく咳き込んだので、少女は慌てて両手を挙げる。腕の締め付けから解放された青年は、背中を丸めてゴホゴホと数回繰り返した。
「マスターごめんね、大丈夫!?」
「う……もっと自分の力を自覚しろって言っただろ? とりあえず、スリーパーホールドは禁止」
「あうう……ごめんなさい」
しゅんと少女は首をすくめる。そして今度は優しく、マスターの背中をさすった。
見た目はマスターと似ているけれど、実際はまったく違うのだと彼女は改めて自身に言い聞かせる。
少女、初音ミク。
VOCALOID新バージョンVOCALOID2の初代機だ。VOCALOIDは歌を演奏することに特化した、人型の機械である。人の脳を模した人工知能や擬似五感システム、感情学習機能等を備えた非常に高性能な機体で、歌に特化しているといっても機能はそれだけに尽きない。飲食も出来るし、教われば家事だってできる。
だが、どれだけ人間に近しい能力を持っていたとしても、身体を作るのは炭素フレームと人工筋肉だ。腕一本とっても相当頑丈で、重い。ちなみにミクは第二世代機なので骨組みの一部に炭素フレームが用いられているが、前バージョンの姉兄機はフレームがすべて金属で更に重かったりする。
「でも、ミクの歌に聞き惚れてたのも本当だよ」
その言葉に、ミクは俯いていた顔を勢いよく上げた。マスターがおかしそうに吹き出すが、今度は気にならない。
「わたし、綺麗に歌えてた? ふふ、マスターがいない間も練習頑張った成果かな」
「いや、僕の教え方が上手いからだろう」
ぽんとマスターがミクの頭に手を置く。嬉しいけれどくすぐったくて、ミクはまた小さく首をすくめた。
「じゃあ、さっき失敗したところ、特訓?」
「それは明日かな。今日はプチコンサート」
「あ、そっか土曜日……」
「うん。さ、出かけるから支度して」
立ち上がったマスターに倣い、ミクもかがめていた体を起こした。
壁にかかった鏡の前で弛んでいたツインテールを直す。プリーツスカートを指先でつまんでぴっとのばし、丁寧にブラシをかける。
「ミク、まだ?」
マスターが部屋の入り口で焦れた声を上げた。
「待って、あとちょっと」
ミクはネクタイを一度ほどいて締め直す。やれやれと頭を掻くマスターを尻目に、ネクタイにもブラシをかける。
別に、街へ買い物へ出るわけではないけれど。マスターの隣を歩くのだから、身だしなみは隙のないように整えておきたい。
そんなミクの気も知らず、マスターは不満そうにぼやく。
「着替えるでもメイクするわけでもないのに、なんで時間かかるかな」
「女の子は身支度に時間がかかるものなんです」
「……どこで覚えたんだ、そんな言い訳」
いよいよ呆れ返った様子で、マスターは深いため息をついた。
(つづく)
ネギと音符 -1-
KAITOメインのテキスト動画「歌えないVocaloid」のプレストーリーです。
主役はミクです。シリーズ動画ミク編と関連しています。
そのうちKAITOやMEIKOも出てくる予定です。
元動画はこちら→http://www.nicovideo.jp/watch/sm2303723
そのうち「歌えないVocalid」も一本の小説に起こし直したいですね……
コメント0
関連する動画0
オススメ作品
廃墟の国のアリス
-------------------------------
BPM=156
作詞作編曲:まふまふ
-------------------------------
曇天を揺らす警鐘(ケイショウ)と拡声器
ざらついた共感覚
泣き寝入りの合法 倫理 事なかれの大衆心理
昨夜の遺体は狙...廃墟の国のアリス

まふまふ
満たされた液体は願望と溶け合った底の見えない代物
毒毒と色を増す密圧は栓を産み溝に流れない
軋轢は間へと気づけない違いに変異し裂けてゆくほどに
勘違いからずれた抑圧に耐えきれず破綻するでしょう
密室はひたひたに水蒸気噎せ返る乾ききれない症状
刻々と混ざり合う一線を画したい濃度へと到るまで
目前の大凡...浴槽は満たされた

出来立てオスカル
込み入った日々に 集まる波が
膨らんだ閃き 火傷しちゃうメモリ
絡まってく色に 見知らぬ雲が
星を隠してRun away 遠く
何もない事でダメージ
受けてる孤独な世界
有り余る意思に 歯向かってく程に
深く深く沈んでいた
グッバイだ 撤退だ
蓋した瞼 裸足で駆け出す...「脳みそつかれた」歌詞

ゾカ
まず言わせて頂きたい
あなた、疲れてますね
頭蓋を開いて委ねなさい
瞼を切り裂き目に貼りなさい
夜空はもう空っぽな企てがドレープのように広がってます
私は幻想の向こうへの演算を始めています。既に。
心配ない
あなたは正しい
そう、正しい。正しい。
完全に正しい...Setting Fire to a Sleeping Equation

出来立てオスカル
君との距離はmm
幼き頃乗っていたブランコは
いつの間にか低くなってそこに残っていたよ
幼き頃行っていた遊園地は
いつの間にか狭くなってそこに残っていたよ
あの日から感じた この隙間は
広がらず狭まらず 今日も
僕の邪魔をしている
君との距離はmm 近くて遠いその隙間が
もどかしいな...mm/初音ミク 歌詞

miyao-
A1
幼馴染みの彼女が最近綺麗になってきたから
恋してるのと聞いたら
恥ずかしそうに笑いながら
うんと答えた
その時
胸がズキンと痛んだ
心では聞きたくないと思いながらも
どんな人なのと聞いていた
その人は僕とは真反対のタイプだった...幼なじみ

けんはる
クリップボードにコピーしました

ご意見・ご感想