第四章 ガクポの反乱 パート1

 本来であるならば、時系列に沿った論述の行い方が最も理解し易く、優れている手法であることは十分に理解しながら、それでもここで私はこの文章をお読みいただく全ての人に対する謝罪を込めて、そのカレンダーを二週間余り、巻き戻すことを要請しなければならない。後世にルワールの戦いと名付けられた、革命軍と帝国軍の初めての会戦が行われた五月六日から遡って、四月二十日の出来事である。
 カイト皇帝自ら参加したルーシア遠征の失敗と、それに続く農地改革令に対する不安と不満を抱えていたのは何もルワールの民だけに限られない。それはこの場所、旧緑の国王都グリーンシティであっても同様であった。だが本論に入るその前に、簡潔にではあるが、グリーンシティがこの数年間を過ごしてきた記録を紹介しなければならない。かつて芸術と文化の都と評されたグリーンシティは黄緑(こうりょく)戦争の後、黄の国が滅亡を迎えるまでの間黄の国の支配下に置かれることとなった。その後、青の国による大陸統一に伴い、旧緑の国もまたミルドガルド帝国に編入されることになった。その時以来、グリーンシティは帝国軍大将であるハンブルク大将の統治下に置かれている。
 だが、緑の国が存在していた頃は優遇されていた芸術工芸家たちはミルドガルド帝国においては特段の措置が取られず、多くの才能を持った人物が資金難を理由にグリーンシティから離れていった。大虐殺による痛手からは表面上復興を果たしていたグリーンシティではあったが、内部の経済力、そして何よりも文化力という意味ではその力を確実に損なっていたのである。
 その状況を良しとしない人物が、だがグリーンシティには存在していた。緑の国王家を失っても尚、グリーンシティの発展を第一に思考する集団、即ちグリーンシティギルドのメンバーであった。元々は職種別に構成されていたギルドではあったが、ミルドガルド帝国の成立後、自己防衛の意味も兼ねて今や職種や階級を越えた、グリーンシティに唯一存在する一大民間団体として再構成されていたのである。国家と言う支援団体を失っても尚、彼らの職人魂が消失することはなかった。いや、寧ろ帝国からは影になる形で、以前よりも強力な団体として文化の振興を図っていたのである。
 そのグリーンシティギルドの外部メンバーであり、現在は筆頭のギルド支援者である、とある人物の元に、ミルドガルド大陸を旅歩いていたリリィが訪れた。それが上述した四月二十日のことである。
 
 「お久しぶりです、テトさん。」
 見事な正方形に区画整備されたグリーンシティの中でも最も人通りが多く、現在に至るまでメインストリートとして君臨する、旧緑の国宮殿から南大門まで一直線に伸びる大通沿いに位置する、古くからある老舗の紅茶店を訪れたリリィが、桃色の髪をツインドリルに纏めた、テトと呼ばれた女性に向かって、そう声をかけた。
 「リリィか。良い茶葉があるのかい?」
 顔を上げながら、テトはリリィに向かってそう訊ねた。春の日差しからは逆光となり、テトの表情を良く確認することは出来ない。だが、声の調子から歓迎の意を汲み取ったリリィは、そのまま少し薄暗い店内へと足を踏み入れながら、こう答えた。
 「おかげさまで、良いものが手に入りましたわ。」
 「それは良い知らせね。」
 「他にも、良い手土産が。」
 続けて、リリィはテトに向かってそう言った。店内の薄暗さに視界が慣れてくると、テトが緩やかな笑顔を見せていることに気が付く。楽しげに、そして何かを期待するように。
 「奥の方がいいわね。」
 テトはそう言うと、それまで腰を下ろしていた椅子から立ち上がり、店の奥へといざなうようにリリィに向けて目配せを行った。話が早くて助かる、とリリィは内心で呟きながら、素直にテトに続いて、店頭と事務室を分ける扉をくぐり、テト以外に業務を行う店員たちが何事だろうか、とばかりに寄越す視線を無視しながら、その扉を慎重に閉じた。続いて階段を登り、二階に位置する応接間へと案内されたリリィは、その腰を下ろしながら、どのように話を切り出そうかと思案した時、テトが緩やかな調子で口を開いた。
 「ハクは元気?」
 その名前を耳に収めて、リリィは瞬きする程度の短い時間、その思考を彷徨わせることになった。脳内に納められた記憶フォルダの一つ一つを引き出してゆくと、ユキからも耳にしていた、一人の少女の姿が思い当たる。確か、リンの親友であったはず。
 「私が直接確認したわけではありませんが、今はルワールにいるはずです。」
 「まだ生きていたのね。」
 その事実だけ確認できれば良い、という様子でテトは安堵するようにそう答えると、続けてリリィに向かってこう言った。
 「それで、手土産とは?」
 「この後、私はパール湖に赴く予定です。」
 少しばかり緊迫した色を加えながら、リリィはテトに向かって答える。
 「今のパール湖には何も無いでしょう。」
 首をかしげながら、テトはリリィに向かってそう言った。かつては王侯貴族の避暑地として栄えたパール湖ではあったが、今は誰も訪れるもの無く、ただ無為に打ち捨てられていると言われている。テトの疑問は甚だもっともであった。
 「そのパール湖に、ガクポ殿が拠点を構えていると言う噂です。」
 「ガクポといえば、剣の腕は大陸一と言われている男ね。」
 テトに対して、リリィは軽く頷きながら答える。
 「近いうちに、ギルドを動かして頂く必要があるかも知れません。」
 「勝算の無い戦いはできないわ。たった一人では、いくらガクポといえども勝負にならないでしょう。」
 「問題はありません。」
 リリィはそこで目元を緩めながら、言葉を続ける。
 「今頃、キヨテルがロックバード卿と話をつけているはずですわ。」
 「一応、頭の隅に入れておくわ。」
 「では、有事の際には。」
 「条件次第、ね。」
 テトは慎重に、声を落としながらそう答えた。更に言葉を紡ぐ。
 「ギルドの連中は戦の経験はない。そして私に出来ることは精々資金を出す程度だから。」
 「十分です、テトさん。」
 リリィはその言葉に満足した様子で頷いた。グリーンシティギルドのメンバーもまた、ミルドガルド帝国に対する不満を多少なりとも持ち合わせている。それはそうだろう。緑の国が統治していた時代には約束されたギルド支援策を、帝国はその財政上の都合から提供してはいない。出来うることならギルドを、ひいては芸術工芸家を支援する政権が出来れば都合が良いと考えているのである。そのギルドに対して、元々緑の国王宮ご用達の紅茶店であるという立場と資金を生かした、戦略的とも言える資金援助を行っているテトは、今やグリーンシティギルドの実質的な筆頭とも言える人物でもある。その重要人物からの同意は、今のリリィにとっては何よりも貴重な文言であった。
 「では、次は茶葉を見て頂きましょう。」
 それまでとは違い、安堵したような落ち着いた口調で言葉を告げながら、リリィは手にしたバックから丁寧な手つきで茶瓶を取り出した。そのまま、言葉を続ける。
 「久しぶりにセネガル産のお茶が手に入りましたわ。」
 そう言って机の上に置かれた茶瓶を、テトは満足そうに頷きながら手に取り、目元まで持ち上げると品定めするように茶瓶を見つめ始めた。そのまま、茶瓶の蓋を丁寧に開封すると、優雅な動作で香りを味わい始める。さわやかで少し甘い、紅茶特有の香りが室内を包み込んだ。
 「良い茶葉だね。」
 暫くの間茶葉の香りを堪能した後に、テトは茶瓶の蓋をきつく閉めながらそう言った。そして、満足したようにこう告げる。
 「言い値でいいよ。」
 その返答にリリィもまた満足そうな微笑を浮かべながら、こう答えた。
 「では、五リリルで。」
 常人からすれば高額とも受け取れるその金額に対して、しかしテトは嫌な顔一つ見せず、一度立ち上がると事務室の隅に置かれている金庫から無言で五リリル金貨を取り出し、それをそのままリリィに差し出した。
 「毎度、ご贔屓に。」
 リリィはそう告げると、それまで腰を落としていたソファーから立ち上がった。テトの見送りを受けながら紅茶店から退出したリリィは、さて、どうしようか、と考える。ミルドガルド大陸の中では南方に位置するグリーンシティの日差しは、他の地域よりもより強く感じる。その日差しを避けるように右手を目の前に翳しながら、リリィは思考するように瞳を瞬かせた。
 次の予定地であるパール湖へと向かうには、グリーンシティが終点となるオデッサ街道を西方へと向かい、その途中に位置するインスブルグの街から北上するという道程が一番早い。
 まだ日も高いし。
 リリィはそう考えると、力強く一歩足を踏み出した。
 今日は行けるところまで、行ってみよう。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ハーツストーリー 61

みのり「ということで、皆様ご迷惑おかけしました!第六十一弾です!」
満「色々理由はあるんだが・・ここ二週間別の用事があって動けなかった。本当に申し訳ない。」
みのり「そしてまさかのテト復活。」
満「ハルジオンの時にハクがテトの紅茶店を訪れているシーンがあるんだが、覚えているだろうか?実はその時は一発キャラの予定だったんだが・・。」
みのり「作品を書き進めていくうちに、どうしても登場してもらう必要があったので今回再登場になりました♪」
満「書いているうちに世界観が広がっていくことがあるなぁと改めて実感した。特にこの作品は随分長いこと書いてるからな・・。」
みのり「ということで、三週間ぶりの投稿になって本当に申し訳ありませんでした。。見捨てずに次回もお読みいただけると本当に嬉しいです!ではでは!」

閲覧数:164

投稿日:2011/06/11 23:56:49

文字数:3,645文字

カテゴリ:小説

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