- 一章乃三 -



 大した娯楽のない村だ。
だからこそ、大元の成り立ちがこの土地の豊饒を祈願するための祭事であろうが、本当は厳かな空気をもって進められなければならない筈の儀式であっても、この時ばかりは参加しているもの全てが心を躍らせ羽目を外しがちになる。
 そこかしこで笑顔が溢れかえる。

 先ほどまで開かれていた市での雑然とした賑やかさとは異なり、夜のとばりが下りた広場は余計なものがすべて片づけられていた。村の広場の中央に用意された焚火は盛大に炎を上げ、祭事で沸く人々の情熱を更に、更にと高めていく。


La……lala……uh……


 歌詞のない歌。 
 いくつも重なっていくハミングの奏。

 必要なのは祭りで高揚した空気に身を任せ、思いのままに声を上げること。特定の意味に凝り固まってしまう言葉をリズムに定着させることではなかった。
 この日のためにあつらえられた式服に袖を通すのは、村の中でも霊的なものに敏感なセンスをもつ数人の少女たち。歌に酔い、艶やかな姿を焔の前にさらしている。他の者たちもそれを囲むように座し、思い思いに声を上げ歌に重ねていく。

 薪が爆ぜる音、熱気に揺らぎ生じた風の音、その全てが伴奏だ。
 長く続いた歌も佳境を迎える。

 精霊がその姿を現す気配はなかったが、実際のところそれは些細な問題でしかなかった。
 不確実な要素にいつまでも頼って村の運命を委ねようなどという信心深い気持ちは皆の中からは失われつつあったのだ。

 焚かれた香と歌い手の娘たちの持つ匂いが交って何ともよい芳香が生じる。人を幻惑する気を吸い込めば気分は高揚し、意識は非日常へと誘われる。それだけで充分な幸せであり、貧しさにも耐え暮らしていける。
 これで祭りは成功なのだ。祭事の趣旨は変化を遂げていた。


 今回も、駄目なのかな ―――


 唯一人、心の奥底から救済の祈りをすくい上げ歌を続ける娘。ラズベリッドだけは諦めることが出来ずにいた。
 村人の考えも理解している。来るかどうかも定かではない超常の存在に依存し続けるなど子供の見る夢物語と大差ない。それは否定できないし、そもそも祭事の中心にあって成果を出せない自身が不満に思ってよいものではないのだ。
 
 人の世界は日々変化し、国の中央では農業にも革命がもたらされ、厳しい環境でも収穫を売る方法も見えてきたという。いずれはこの土地もその恩恵を預かる機会が訪れよう。ならば、本来の意味でラズベリッドの才を必要とする者もいなくなるのだろう。

 要らないって思われるのが怖い? ―――
 特別なチカラがあることを自慢でもしたかった? ―――


 内面から吹き出す薄汚い感情が彼女を苦しめる。上手くいかない状態が精神を悪い方へ押し流そうとする。だが、それも真実に違いない。他ならぬ己からでた言葉なのだ、これまで誰に言われたわけでもない。


 汚い子だね、わたしって ―――


 沈む気持ちに身を任せ、彼女もついには祭事の真なる成功を求める意欲を失った。
 諦めるにも今回が良い機会ではないか。
 その時だ、耳にしたことのない歌声が風に乗ってきたのは。


Lulu……la……Ah……Lia……


 村人達には馴染みの無い者だった。いや、ラズベリッドにしてもつい先ほど出会ったばかりの存在だった。その上、彼女に対して物騒な言葉を投げかけてきたのだから第一印象は最悪だ。
 ところが、かの者が奏でる音は悪い感情を払拭させるほど美しく、澄んだ声音は高く周囲へと響き渡る。歌詞はない。

 そもそも歌われていたのはポリフォニーだ。祈りを音に変え、感情のままに外に出すのだから決められた歌詞もなければ、同じリズムを奏でるものない。大事なのは最初のリズムを歌いだすラズベリットのそれに、後から加わる者たちの音が不協和音にさえならなければ良いだけである。
 だが、それだけでは終わらない力を相手は持っていた。
 即興でリズムに同調したかと思うとそれだけでは飽き足らず、歌そのものを支配し自身の歌へと変容させてしまう。強引さと繊細さを兼ね備えた強烈なセンスだった。

 不審に思ったものは特になかった。長く伸ばした髪を二房に分け頭上で跳ねさせる髪型は奇抜であったし、身にまとう装束も一般的な庶民感覚からすれば珍妙な見た目だ。しかし今は祭りである。大道芸人と見紛う姿もこの時期ならいても不思議ではなかろう。

 何より、この者の歌声は心地よく耳に響く。歓迎されてしかるべきだ。それがこの場にいる者たちの心象であった。


「えっ……えええっ……ちょっとミクってば、何してるのよ……っ」


 またしてもひとり常識的な思考で慌てふためくラズベリッド。
 ミクは彼女の口元に人差し指を当てると、軽くつつく。


 歌うの止めないで。ね、歌おうよ ―――


 ミクの表情はそう語る。歌うことを止められない。
 その姿はまさに『歌の申し子』と呼ぶに相応しいかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい
  • オリジナルライセンス

不死鳥と鳳-アゲハ-蝶 (歌姫異聞) - 一章乃三 -

ミクさんらしい姿が少しは出てきたかもしれません。オリジナルキャラクターの方が目立っているかもしれませんが……きっとそうではなくなる筈。最初のクライマックスが次回に(仮)
今回より、普通に段落をつけさせて頂きました。書いていて落ち着かなくて……

閲覧数:128

投稿日:2014/04/11 00:30:42

文字数:2,065文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました