図書館勤務を始めて1年余り、そろそろ仕事にも馴染んで、色々な事に目を向ける余裕もできてきた。常連さんの顔を覚えて、見かければ挨拶を交わすようになったり。棚を眺めてあちらこちらと歩く人が目当ての本を探しているのか、のんびりと気の合う本との出会いを待っているのかの区別が何となくつくようになったり。
 だから、そう。その人が後者である事も、わかっていた。それでも、逡巡の末に声をかけたのは――彼女が≪VOCALOID≫だと、≪MEIKO≫だと気が付いてしまったから。

「あの、ええとMEIKOさん、ですよね?」
 何だかどきどきと、切り出し方に迷ったのは、彼女がごく普通の格好をしていたからだろう。ジーンズにタンクトップ、それにシャツ。シンプルだけれど、スタイルの良い彼女が纏うと洗練されたファッションに映る。そんな姿はまるでお忍びでオフを楽しむ芸能人のようで、訊くのが悪いような気もしたのだけれど。
「あ、はい。そうです。」
 MEIKOは少し驚きながらもあっさりと頷いてくれて、ほっとすると同時に思わず破顔してしまった。
 だってね、本当に本物のめーちゃんだよ? この辺りではまだまだ≪VOCALOID≫を見かける機会は少ないし、何よりMEIKO、KAITOと並んで『年長組』と称される魁のボーカロイドだ。KAITOマスターである私としては、盛り上がらないわけにはいかないでしょう!
 ただし、お仕事中なのでほどほどに。

 挨拶を交わして、今日は一人だという彼女に「今度はマスターさんも一緒に」とお誘いをかけたりして。MEIKOも微笑みと共に了承を返してくれて、――けれど、その言葉が不自然に途切れた。
「メイコさん?」
 笑みを刻んだままぎこちなく強張る表情に、窺うように呼びかける。我に返ったMEIKOは苦笑を浮かべ、何でもないと去っていったけれど。
「――メイコさん?」
 危ういように揺れた、焦げ茶の瞳。あの刹那、彼女はひどく頼りなげで、迷い子のようで――。
 書架の整理に戻りながら、私は外へと視線を投げた。白い陽射しが降り注ぐ下に、彼女の姿は見当たらない。それなりに時間も経っているし、当然――なんだけど。
 何だか、気になって仕方が無かった。



「ただいまー」
 ドアを開けながら声をかけると、いつでもすぐ側で返される。
「おかえりなさいっ、マスター!」
 弾んだ声で迎えてくれるカイトは、けれど今日は眉を顰めた。
「マスター、何かあったんですか?」
「え? どうして?」
「だって、何だか……元気が無いっていうか。心配事があるみたいな顔してます」
 言いながら、自分こそ心配で堪らないような顔をして、カイトはそっと手を伸ばす。
「何があったんですか? マスター」
 大きなてのひらが優しく頬を包んで、蒼い瞳が間近に揺れて。ふぅっと力が抜けるのを感じて、あぁ、と奇妙に納得した。
 あぁ、私、強張っちゃってたんだなぁ。

「あのね、≪MEIKO≫に逢ったの」
「めーちゃん?」
「うん、――ううん。『めーちゃん』って感じじゃないかな。『メイコさん』?」
 微妙な訂正にカイトはきょとんと首を傾げ、私は小さく苦笑した。
「何となく、ね。そんな雰囲気っていうか」
「わかるような、わからないような……。えっと、とにかく≪MEIKO≫に逢ったんですね。それで?」
「それで、少し話をしたんだけど。何だか……うぅん、私が深読みしすぎなだけかもしれないんだけど。何だかちょっと、様子がおかしかったっていうか……」
 揺れる瞳。奥底に蠢くのは疑念と不安。
 あぁ、そうか。だからこんなに意識に灼きついて離れないのかもしれない。あんな瞳を、よく知っているから。
「何だか、元気が無いみたいだったのよね。それに、」
 それに。カイトを見て、気付いた事が――自分が引っかかっていたって、気付いた事が――ある。

「ね、カイト、普通の服を欲しい?」
「普通の、って、ヒトが普通に着てるような、お店に売ってるような? えっと、特には……え? マスター、俺に普通の格好させたいですか? この格好じゃ駄目……飽きちゃったり、とか……? でも、マスター……これが好きって、言ってくれてました、よね……?」
「うん大丈夫、全然飽きてないっていうか絶賛ときめき中ですよ。まぁカイト美男子だから何着ても似合うだろうし、他の服もそれはそれで美味しそうですけれども。夏祭りの時の浴衣とかね!」
 って違う、そういう話じゃなくて。思わず全力で脱線してしまったわ。軽くヤンデレスイッチ入りかけるカイトにうっかり萌えを語りつつ、うん、と内心で頷いた。
 カイトにとって、≪VOCALOID≫である事は譲れないアイデンティティだ。その衣装を否定されると考えただけで、こうして自己そのものを否定されると不安に駆られてしまうほどに。対して、彼女は。
 勿論、≪VOCALOID≫だからって常にあのコスチュームでいる必要は無いし、普通の服を着ているからって≪VOCALOID≫である事に拘りが無いのだと言うつもりも無い。外出するには目立つ格好だし、女の子なら単純にお洒落がしたいかもしれないし。
 だけど、引っかかってしまったのだ。強張った笑み、言いかけて途切れた、言い切る事を躊躇った言葉。その姿と相まって絡み合って、思ってしまったのだ。
 メイコさん。あの子は、楽しく歌えているの――?

「マスター」
 呼びかけと同時に、抱き締められて。きつく強く、痛いくらいに抱きすくめられて。
「わかり、ました。今度、会えたら。話をしてみますから。だから」
「……うん。≪VOCALOID≫同士なら話せる事も、分かり合う事もあるかもしれないから」
 ぎゅう、と強く抱かれたままで、存外に厚い胸に言葉が吸われる。
「ありがとう、カイト」
 広い背中に腕を回して、私も彼を抱き締め返した。ぎゅうっと、空気も、それを構成する元素すらも入り込めないくらいになればいい、と言わんばかりに。ただ私の熱だけ彼に伝えて、彼の熱だけ感じるように。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

かれらが番(つがい)であるように ~チーズケーキと少女~

sunny_mさんと当家の(『KAosの楽園』の)KAITO&マスターの話をしていて、どういうわけだか話の流れで「あのふたりにめーちゃん介入話」を書いていただけることになり。
ひゃっほいヽ(*´∀`)ノと浮かれて拝読したら、萌え滾りすぎて「來果サイド」の話が出来てしまいましてw
そろっとお伺い立てたらおkが出たので投下します←

「前のバージョン」で続きます。

sunny_mさんが書いてくださったお話↓
「― チーズケーキと少女 ―」http://piapro.jp/t/uMU7

閲覧数:1,103

投稿日:2011/06/01 00:09:27

文字数:2,497文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

  • 関連動画0

  • sunny_m

    sunny_m

    ご意見・ご感想

    ふおぉ~!!鯛釣れた!と大興奮中です!
    は~滾るものが止まりませんがどうしようか!

    來果さんから見たらメイコさんはそんな感じだったのか!と!
    いや悩ませてたから、当然なんだけど。そしてこの微妙に不安げなところを來果さんが拾ってくれたから、話が進んだのですが!
    やっぱ凄いよ來果さん!!
    そして、兄さんの掻っ攫いスキルは半端ないですね!w
    最後の最後で、流石の兄さんクオリティですw
    やっぱりこの二人可愛いです☆でも、くっそう爆発してしまえ!w

    …てか、最後の方で「カイト意外に新たなボカロを加えるのは、無理」的な事を語っているじゃないですか。
    これ、私が書いている最中、來果さんに脳内で言われましたw
    なんだか落ち込んでるメイコさんに、じゃあうちに来る?てふざけて來果さんが言うんだけど。でもやっぱ駄目だわ、カイト以外うちの子にできない。と。やんわり自分で自分の言葉に突っ込み入れてましたw
    なんか私の文章じゃ、混乱しそうだったので。そこは削っちゃったのだけどもw
    またもや、なにこのシンクロ率w

    子供マスターも。そういえばこの子、一人で夜道を歩いてきたのか!と。書いてる本人が今気がついた←
    そう考えると恐ろしいなぁ…!なんか必死にメイコを追ってて、そんな怖さとかは感じていなかったのですが。おぅ!なんか危険な目に合わせてしまったね!!

    は~、興奮冷めやらぬ。ですねw
    なんだかもう、ありがとうございました!!

    2011/06/01 22:08:29

    • 藍流

      藍流

      御礼を言うのはこちらの方……!
      ありがとうございます?!!

      メイコさんは『危うい』ように感じたんですよね。儚いとか弱々しい、とはまた違うのだけど、笑って普通にしてるその奥で小さく軋みを上げてるような。
      しかし書いてみたら吃驚、來果的にはそれって初期のカイトにダブって見えたらしいですよ。言われてみればそうとも取れるか……。
      だから放っておけない、って、結局根底にあるのはカイトなのか!って感じなんですけどw
      そしてそんな事とは知らず、嫉妬に駆られる兄さん。くそぅ爆発しろ!w

      兄さんはねぇ……本当にもう、流石と諦めて半笑いですね。
      衣装の事にしても、ちょっと触れる程度のつもりだったんですよ。
      カイトにとって『≪VOCALOID≫であること』は『來果の唯一である事』と同じくらい重要で譲れない切望だ、というのは以前から感じてたんですが(ロイドものに定番の「人間になりたい」的発言が無いんですよね、カイト)
      まさかいきなり暴走、ヤンデレスイッチ踏み掛けるとは思わなかった(-_-;)
      來果さんはさらっと受け止めてくれてて、おぉう流石!と思いつつ書いてましたw

      またもやシンクロw やはり魂が繋がってるのですねww
      というか今回に関しては、本当に『KAos?』を深く読み込んでくださったんだなぁと。
      うちの來果やカイトがそのままsunny_mさんの脳内にお邪魔して、だから言動そのまんま……と感じますね☆

      マスターさんは、追う事自体は必死で、でも躊躇って怖気てる部分も感じたのでああなりました。メイコにごめんねって言う事は、イコール自分の弱いところ、目を逸らしたいところを直視する事だったので。
      場所も、メイコが「ちょっと遠い」と言ってたので、じゃあ子供の行動範囲考えたらもうエリア外、未知の領域かなと。
      それに子供にとっての夜って大人のそれよりずっと濃厚で、得体の知れないものが棲んでる気がするんですよね。
      子供に特有の不安定さというか、ちょいとつついたらくるっと世界の壁を越えてしまいそうな感じも。
      と、これ書いてて気が付いた。根底にあったテーマというかイメージは「不安定さ」だったのかも。
      だから手を取り合って安定して、一対の翼を成して飛び立つ事を願う、ような。

      あぁ、またがっつり長くなってしまったw
      本当にもう色々と冷めやらぬのですが……!
      ありがとうございました!

      2011/06/01 23:55:18

オススメ作品

クリップボードにコピーしました