・人によっては不快かもしれません。ご注意ください。
・ひとしずくP「からくり卍ばーすと」より

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 物心ついたときには、私はもうコレが好きで好きで堪らなかったんじゃないかと思う。

「あはははははは」

 私は笑いながら、手当たり次第に刃物を振り回した。

「ははははは、あはははははははは!」

 すごい、すごい、やっぱりこれすごく楽しい!
 掌に伝わる、柔らかい感触や硬い異物感、耳から入り込むのは悲鳴と苦悶の交響曲。
 真っ赤に染まっていく世界がとても綺麗で、私はうっとりと目を細めた。
 ああ、後残り何人かなあ。この時間が終わっちゃうのがいつも凄く残念で、同時に待ち切れないほど楽しみなんだよね。

「ははっ、…ほら、いーち、にー、さーん、しー」

 数を数える毎に刃を振り下ろし、薙ぎ、振り上げる。たったそれだけだっていうのに、私の側にいる人達は簡単に赤く染まって倒れた。
 夏の夜の、少し湿っぽい風に鉄臭さが混じる。ぺろり、舌で唇を舐めると少し塩辛かった。
 何の味か、今更確認する必要もない。

「にじゅなな、にじゅはち、…っと…あれ、幾つまで数えたっけ?」

 首を傾げながら、刀を突き出す。
 過たず手に伝わる衝撃を確かめてから、間髪入れずに後ろへ飛びすさる。私自身からしても、この反応の良さは、嫌な予感というか…極限まで高められた生存本能の賜物だと思う。
 瞬間、ちゅい、となかなか可愛らしい音を立てて銃弾が私の鼻先を掠めた。
 うーん、最初からそれでやってくれればいいのに。飛び道具でも使って貰わないと、ちょっと手応えがなさ過ぎるもの。ああ勿論それが駄目って訳じゃなくてね?ただ、幾ら楽しいことであっても単調じゃつまらないでしょう。やっぱり刺激も欲しいかな、って。

「狙え。あの娘は、人間ではない」

 誰かが放った良く通る声に振り向くと、そこには黒い服を着た一団が立っていた。
 もともとここにいた人達は、気付けば一人も残っていない。皆赤く染まって地に付している。

 ―――また貴方達か。

 軽く目を眇めて、暗闇に溶け込むようなその一団を眺める。
 最近いつもいつも、私を邪魔するこの集団。今までは「戦うな」と言われていたから大人しく引き下がったけれど、今回は違う。戦ってもいいと、そう言われた。
 黒い服を身に纏った、彼等は―――…


 国家の保障の闇の部分を担当する、なんて臭い形容詞で囁かれる、特殊警察。


 そんな彼らをちょっと試してみたくなって、私は口を開く。

「人間じゃない?…ならお仲間だよね」
「何?」

 ようやく誰が喋っていたのか分かった。一際背の高い、男性。
 …でも。

 …なんだ、乗った、か。

 内心、少しだけ落胆する。
 でもそれを表には出さない。その代わりに、そっと刃を持つ手を引く。

「貴方達だって言われてるんでしょ?『ヒトデナシ』って。ねえ、人殺し部隊さん」
「お前のような殺人鬼と私達を一緒にするな。…構え」

 す、と数十の拳銃が私を捕らえる。
 怖くはない。寧ろ、呆れているくらい。

「国に逆らった者に市を齎す最強の死に神達、だっけ?―――でもそれも、嘘だったみたいだなあ」

 だって、もう決着は着いたも同然。

「『敵』を目の前にしてお喋りだなんて、およそ実戦的じゃないもの」
「!」

 喋ると同時に、手にしていた刃を投擲。
 ざわ、と一瞬の動揺が黒服達に伝わる。喋っていた彼が高官なのか、一団は彼を守ろうとするかのように身を強張らせた。


 だから遅いんだってば。


 銀光が真っ直ぐに男性に向かって突き刺さる―――



 ―――きん!



「!?」

 弾かれた。

 弾いたのは、彼の隣の黒服が差し出した警棒。良く見ると、ターゲットであった男性もその横の青年も、殆ど動いていないし動じた気配もない。

 なんだ。

 私はすんなりと納得し、感心して一つ頷いた。
 どうも、乗せられたのは私の方みたい。という事は、少なくとも彼等二人のうちのどちらかは、確かに私と同じかそれ以上に実戦に特化した考え方を持っているらしい。

 ―――なんだ、良かった。こんな人もいるんじゃない。

 それが楽しくて、嬉しくて、私は満面の笑みを浮かべた。
 面白い。わくわくする。今すぐこの人達と殺し合いたいなあ、思うより早く体が動く。
 手や服に纏った血を撒き散らしながら駆け寄って、手近な石ころを掴む。投げた刃は拾わない。狙われるのなんて、火を見るより明らかだもの。
 私はあっという間に黒服のただ中へ駆け込む。そう来るとは思っていなかったからか、反応が遅れる奴ばかり。そういうのはつまらないから、駆け抜けざまに倒しておいた。弱っ。
 本当、なってないんじゃない?
 薄い笑みを浮かべながら、残りの黒服を見回す。喋っていた彼は銃を構えることさえしていない…のに、良く見ると隙がない。
 ちょっと見誤ったかな、とっとと彼に挑めば良かった。多分、この中で一番強い。
 ―――と言っても、モノになっているのはさっきの二人組。それくらい。少なすぎ。

 興奮と共に落胆を覚えつつ、冷静な頭の一部が彼らの次の行動を予測する。
 恐らく、彼らの基本装備は銃。でも、近接戦闘では銃はその特長を失う。
 さて、どう出る…

「…!」

 思った瞬間、右脇腹に走る痛み。
 焼け付くような感覚、だけでなく異物感。
 警棒を出した方の青年の青い目。その彼の手が私の投げた刀を拾い、真っ直ぐこちらに突き出している。
 いや、青年というか、見たところ少年?
 びっくりした。思ったよりずいぶん若いんだね。

 他愛ない思考の裏で、じく、と痛みが腹部全体を覆う。
 刺された。痛い。
 それはまあ刺されたんだし当然か。
 ただ、今の私はそんなことを気にする余裕はなかった。


 私の意識は、少年の目に釘づけだったから。
 暗闇でも分かる、輝くようなその青い瞳。



 彼の青い目は、私を人として見ていない。



 なにそれ、なにそれ。

 湧き上がる歓喜に身を震わせる。痛みも状況も全て吹き飛ばして、私を支配するのは、ただ歓喜だけ。
 真夜中だっていうのに、まるで太陽の日差しが差し込んできたような気がした。
 楽しい、楽しい、楽しい!
 分かる。その目で他人を見ることが出来る人って、凄く強いんだよね!人を人と思ってないんだから!
 戦いたい!殺し合いたい!今すぐ、今すぐ彼と、全力で!
 目を輝かせて一歩後ろに下がる。それだけで、彼の手は簡単に柄から離れた。
 それを見て、今度は柄に自分の手を添える。躊躇いなく引き抜き、私の血で真っ赤に染まったそれを少年に突き付ける。止まっていたら他の黒服の銃の餌食になってしまうから、不規則に跳びはねながら近付いたり離れたりを繰り返す。

「…何故」

 不意に、少年が口を開いた。
 憎悪に黒く染まったような、そんな静かな声が私に届いた。

「何故殺す」

 一言。
 でもそのたった一言で、私はいろいろな事を理解した。
 彼の正義感、私への憎しみ。それが恐ろしいほど煮詰まって、黒く暗くなっているんだ。
 でも、あはは、なんて馬鹿らしい質問だろう。
 そんなどうしようもない質問をされても、ねえ?

「なら私も質問」

 満面の笑みで、返してあげる。
 何故殺す?そんな問いに、単純な答えが見つかるわけもない。
 だって私にとっての殺すことって、つまり。

「何故私は生きているのかな?」

 私は答えを待たず、刀を振り下ろした。








「満身創痍ね」
「うん、ちょっと失敗しちゃったかな。でもねでもね、今までで一番楽しかった!」
「そう?良かった」

 優しく笑うのは、ミクちゃん。歳は私より幾つか上なだけの、とても若い女の人だ。
 でもその頭は凄まじく切れるし、その笑顔はただ優しいだけじゃないんだって事も良く分かっている。
 その裏に隠れている闇は、途方もなく深く、暗い。もしかしたら、私や彼なんて目じゃないくらいに。
 でなければ、犯罪組織のトップなんて出来るはずがない。まあ、集団っていうか…正確には何人いるのか、知らない。私はミクちゃんにしか会ったことがないから。
 ただ、感触として、私の属している部署…つまり破壊工作員?はそんなに大人数ではないんじゃないかという気はする。ミクちゃんの性格的に、小数精鋭なんじゃないかな。
 あの黒服集団みたいに、ちょっと戦えるだけのボンクラばっかり集めたって意味はないもの。

「で、その指揮官のような人、顔は見た?」
「え?えー、うーん…細かいところは覚えてないな。ただ、背が高くて全体的に細くて、髪と目は、青。暗かったから同系統の違う色だったかも」
「青…」

 微かに俯き、ミクちゃんは微笑む。

「出て来たのね、彼が」
「知り合い?」
「噂は聞くわ。特警の歴史の中でも途方もなく強いという噂のある、『カイト』でしょう」
「強いの!?やっぱり!うわあ、次に会うのが楽しみ!ね、ミクちゃん、早く任務ちょうだいね!」

 目を輝かせておねだりすると、ミクちゃんは静かな笑みを含んだ声で答えてくれた。

「そうね。リンにはこれから沢山出番をあげる」
「やったー!…っ」

 嬉しくて叫ぶと、あちこちの傷が一気に引き攣る。
 脇腹の傷だけじゃない。結局あの後銃でも撃たれたし、殴られたし、折られた。

「ただし、その傷がある程度治ってから。いい?」
「はーい」
「はい、薬」

 ぽん、と投げ渡された紙包みを両手で受け取る。
 何の薬かは良く知らない。実験、とか効能確認、とか物騒な単語を耳にしたこともあるけど、正直どうでもいい。
 私にとって大切なのは、早く傷を直してまた任務に向かうこと。それ以外はどうでもいい。そして、ミクちゃんのくれる薬は確かに私の傷を早く治しくれる。なら別に、問題なんてない。
 きい、という音と共にミクちゃんが席を立つ。

「じゃあ、追って連絡するわ」
「はい!」

 ぱたん、と扉が閉まる音。鍵を掛ける音。かんかん、と階段を上る音。聞き慣れた音を確認してから、私はテレビを付ける。
 そこには外の世界のあれこれが氾濫している。きっと後少しすれば、さっき私がしたことも報道されるんだろうなあ。
 あちこちに巻かれた包帯が煩わしくて、こてん、と床に倒れ込んでみる。

 ここには何もない。
 広い灰色の空間に、テレビと布団用の布きれだけ。
 でも不満はない。
 外に出ようとも思わない。

 だって外の世界に出たって、私には何もない。
 綺麗な服も、おいしいご飯も、私にはいらない。理解できない。
 だからたまに、テレビを見ていて「この人何言ってるんだろう?」って思う時がある。私が執着するのなんて、人を殺すことくらいだもの。

「…あ、そうだ」

 そこで私は一つミクちゃんに聞き忘れていたことを思い出した。
 勿論、ミクちゃんが知っているかどうかわからない。でも聞いてみるくらいしておきたかったな。


 あの、警棒の彼。
 私に無意味な質問を投げかけて来た彼。
 まともに戦うことは出来なかったけど、彼もきっととても強い。
 しかもあの年齢―――私と同じくらい。
 あれは、一体誰だったのかな?


 暫く考えてみてから、思考を放棄する。
 まあいいか。考えてみたって、分かるわけがないんだから。

「ふふ」

 勝手に笑みが漏れる。
 楽しみ。あの指揮官の方は「指揮官」である以上、そうそう再戦できるものでもないのかもしれない。
 でも、彼はきっとまだ下っ端だ。
 なら実践投入の回数は、指揮官よりは多いはず。


 ―――死なないでね。


 私は、胸の中でそう囁いた。
 高鳴る鼓動を抑えきれない。
 恋焦がれるような、というのは、きっとこういう気持ちを言うんだろうなあ。

 また会いたい。刃を交えたい。





 彼だけは、私がこの手で殺したい。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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異貌の神の祝福を 1.R

卍なので、神と言うよりかお寺なんですけどね。
ジェバンニ出来た!ジェバンニ出来たー!ひとしずくさんのアペンド、非常に萌えました。設定良すぎだろうコレ!

そんなに長くなる予定はないです。

閲覧数:1,547

投稿日:2011/01/15 19:54:18

文字数:4,940文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • なのこ

    なのこ

    ご意見・ご感想

    お、おもしろすぎる・・・!!気になる!!からくりばーすと大好きなんです!!ブクマもらいます

    2011/03/16 20:29:56

  • 草月

    草月

    ご意見・ご感想

    仕事早すぎますw流石です(笑)動画かっこよかったですよね!
    曲イメージのSS書いてみたいな~と思いつつ、解釈の時点で躓いてなかなか進まないので、短時間でここまでしっかりしたものを作れるところはやはり尊敬します。
    続きも楽しみにしていますね!

    2011/01/16 03:08:00

    • 翔破

      翔破

      どうにかジェバンニ成功しました!動画良かったです。鈴ノ助さん、あの絵のカラー一晩で上げたって…それって凄すぎる…
      割と感じた事をそのまま書いていくので、最終的にどうなるかまだ自分の中でも確定してません。大体こんな感じかな、とは思っているものの、どう着地するかは未定です。
      宜しければ最後までお付き合いください。

      草月さんのssも楽しみにしていていいでしょうか^・ω・^

      2011/01/16 20:15:47

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