※mayuko様のKAITOオリジナル曲「祈声」を聞いてイメージした創作です。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm17791898
捧(sasagi)-光景描写「祈声」-
拝殿に向かい正座し、男は手を合わせ、祈りを捧げていた。
座する場所は拝殿前に設えた、檜造りの舞台。
真新しい檜の香が、常でも厳かであるこの場を、一段と律していた。
拝殿入り口と舞台は、檜の板で一続きとされている。
古くからある拝殿の、年季の入った板の色目と、新しい舞台から伸びる板の合わせ目の色が、微妙な違和感を醸し出していたが、見苦しさはなく、むしろこれから始まる神事の神聖を予見させた。
祈る男は成人ではあったが、まだ若い。
長い髪を無造作に束ね、黒紋付きに五つ紋の羽織に、縞の袴の正装。
現代的で幾分甘やかに整った面は、この時間特有の薄暮の薄紫に染まっていた。
目を開き、拝殿に向かって頭を下げる。
優しげな目元に相応しからぬ緊張が、その眼差しの奥に揺れていた。
もう一度目を閉じ、拝殿の扉を見つめると、男は軽く手を叩いた。
控えていた二人の男が、拝殿の扉を開け放ち、扉の脇に控える。
男は立ち上がると、優雅な身のこなしで体ごと振り返った。
背後には漆黒の輿。
本体は愚か、二本のながえまでもが、真っ黒に塗られた輿は、台座の上に置かれ、丁度乗り降りする場所が、舞台の入り口に段差無く置かれていた。
輿の脇には八人の、浅黄の袴を身につけた神官。輿をここまで運んできた者達だ。
黒紋付きの男は、輿のそばに近づくと、そっと扉を横に滑らせた。
両手を輿の中に入れ、そっと引き出す。
微かな鈴の音が、秋の薄暮に冷たく、長く響いた。
紅を帯びた薄衣。薄衣に包まれた、長い指を持つ手。白絹の衣。衣を彩る紅の飾紐。襟元からのぞく紅絹の一重が、白を一際引き立てる。
紅の薄衣で全身を覆い、白く華やかな装束をまとった若者が、男に手を取られ輿から現れた。
その顔は、衣と同じ白絹の目隠しで覆われている。
手首につけられた飾り鈴が、若者が動くたびに、澄んだ音を立てる。
血の気の失せた頬、普段は優しい笑みが浮かぶ事の多い唇は、引き結ばれて微かに震えていた。
男が薄衣越しに握る手に、力を込める。
冷たい。
今この辺りを支配する、秋の夕暮れの空気よりも、遙かに冷たい。
緊張のせいだろうか?それともここ数日に及ぶ精進潔斎で、ろくに食べ物を口にしていないせいだろうか?男には計りかねた。
白装束の若者が小さく頷く。
男はそれに促されるように、手を引いて、若者を舞台の中央に導いた。
ゆっくりと手を離し、今度は、若者の背後に回る。
自分の目線より少し低い位置にある目隠しの結び目に、薄衣越しに手を掛けほどく。
目隠しが落ちる。
現れた目は固く閉ざされていた。
黒紋付きの男と、あまり歳も変わらぬだろうと思われる若者。
少しきつめの線を描く、瞼の二重と細い眉。すっきりと通った鼻筋は、男性的な鋭い美しさを見せていた。
僅かに落ちた頬も、決して若者の美しさを損なうものではない。繊細な印象を与えながら、何かしらの強い覚悟を感じさせた。
若者の足下に落ちた目隠しを拾うと、黒紋付きの男は舞台の脇に退き、立て膝で跪いた。
同時に輿を運んできた者達も、それぞれに散る。
薄暮が色を濃くしていく。
舞台中央に立つ若者の、白い姿が徐々に鮮明になる。
鎮守の森に住まう鳥たちが、巣に戻る羽音が慌ただしい。
森の外の薄野原から聞こえる虫の声が、少しずつ大きくなり始めた。
松明に火が灯される。
若者は微動だにしない。
纏う紅の薄衣が風に揺れ、衣の紅が炎の赤を映し出す。
揺れる鈴の音。鳴く虫の声。松明のはぜり。密やかな音は、静寂をいっそう強くする。
若者の唇が動いた。
中から零れ出る、涼やかに澄んだ声が、細く流れる。
澄んだ声が奏でるのは、神に捧げる神楽歌。
この世の儚さ、人の世うつろい、刹那の時、神からの恵み、神への畏敬。平安への祈り、生への祈り。……身を捧げ伏して祈る……ひたすらの祈り歌。
若者の声の響きが強くなる。
澄んだ中にも甘やかさを纏った声が、辺りに響く。
鎮守の森を渡る風の音が、声と混じり合い、地を巡る。
風にあおられた篝火の火が、生ある者のように舞い踊る。
声の響きが渦を描き、神域を越え、この地に響き渡る。
若者の腕がゆっくりと、空(くう)を抱え、空(そら)を仰ぐように、動き出す。
強く冴えた鈴の音。
鈴の音をまとい、風の音をまとい、炎の熱をまとい、大地の力をまとい、この地に生きる者の命の力をまとい、人の祈りをまとい、声は天空を貫いた。
若者が初めて目を開き、天を仰ぎ見た。
大気を劈(つんざ)く高音が、暗黒の天を裂く。
地に沈むような低音が、大地の眠りを呼び覚ます。
一つの身より、二つの声が流れ出る。
遙か遠くで鳴る鳴神。
激しさを増す祈り歌。
若者の瞳に宿る、神聖な狂気。
天を裂いた声が、鳴神をまとい若者の瞳に還る。
地を揺り動かした声が、若者の聖なる狂気をまとって再び天を裂く。
居合わせた人の子らは、ただただ、平伏するしかなかった。
若者の腕が、ゆっくりと降りていく。
声がだんだんと一つに重なる。
鳴神は止み、風は穏やかに変わりはじめ、声は消え、若者は再び目を閉じた。
暗黒の空から一条の光が差し込む。
雲間から落ちる月の光。
光の中、すべての力が抜けたように、若者の体が後ろに倒れていく。
纏う薄衣が宙に舞う。
微かに開かれた若者の口の中から、一枚の小さな羽が舞い上がるように躍り出た。
羽は白く輝きながら、虚空へと消えていった。
若者の体を、黒紋付きの男が駆け寄り、慌てて抱き留める。
男が眉をひそめた。
最初にこの場に導き入れた時の比ではない。
若者の体は、氷のように冷たかった。
慌てて唇に耳を寄せる。
微かな、本当に微かな呼気を聞き、男は小さく息をついた。
すべての力と意識を失った若者の体を、男は抱き上げると、周りの神官達に向かって軽く頷く。
抱き上げたまま、男は拝殿に向かって歩き始めた。
二人が拝殿の中に入ると、神官が扉を閉ざした。
神事は終わった。
後に残されたのは、虫の声が奏でる静かな秋の夜。
冴えた空気が場を包み、月が明るく優しく下界を照らした。
その光を受け、紅の薄衣だけが、舞台の上に置き捨てられていた。
小さな人の子が身をとして捧げた祈りの、儚い名残のように。
捧(sasagi)-心象描写「祈声」-
mayuko様のKAITOオリジナル曲「祈声」を聞いて、浮かんだイメージを文章にしてみました。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm17791898
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