【一】闇の先の蒼、蒼の内にまた闇



 柔らかに腕(かいな)に抱かれるように、眩い蒼へと融けて。闇に代わってそれに包まれ、再び視界から変化が失われた。けれど、今度は明確に、進んでいると感じられた。見えざる手に腕を掴まれたように、はっきりと"何処か"へ引き寄せられている。惹き付けられる感覚に、鼓動が高鳴る。それはまるで、通りの向こうに恋しい者の姿を見付けた時のように。或いは、待ち望んだ報せを受け取る朝の目覚めのように。
 逸る気持ちをあるがままに、カイトは抗う事なく身を任せた。加速するのを感じる。弾けそうに胸が鳴る。
 やがて不意に、視界の先に孔が生まれた。闇の中に光が灯った先程とは逆に、光の中に闇が映る。しかしそれは、先のような全き闇ではなかった。夜の闇ほどにも濃くはない、ごく普通の陰の闇。何処か、建物の中だろうか。
 その暗闇の中、彼の視界の中心に、またしても蒼が見えた。それが己を惹き付けているものだと理解するのとほぼ同時、"それ"が顔を上げ、彼を見据えた。

(――"俺"?)

 衝撃が走り、目を見開く。今やヒトの形となった"蒼"は、鏡の内に見慣れた姿をしていた。――否、左右が逆か。鏡映しならば逆になる筈の左右が、目の前の影ではそのままだ。左耳に嵌め込んだ術具、其処から口元へと伸びる集音具もそっくり同じ――
(……じゃ、ない。似てるけど、同じじゃない。服も違う)
 驚愕に混乱する思考を立て直し、術士は目を凝らして観察する。首に巻いた長布は同じだが、白い長衣は装飾や形に差異があり、向こうの方がシンプルだ。姿も、基本的な造作は同じように思えるけれど、何か、何処か――雰囲気というのだろうか、やはり"違う"存在であると感じられる。

 これらの事を考えていたのは一瞬の間だったが、その間にもカイトは進み、彼とよく似た"それ"へと接近を続けていた。近付いた分だけ、"それ"ははっきりと見て取れるようになり、詳細な部分も判るようになる。膝を抱えて座り込み、顔だけを上げて術士を見ているその姿。彼と同じように驚きに目を瞠り、大きく見開いて言葉を失っているその表情。そして――その瞳に湧き上がり広がる、恐怖の色。
 その意味するところにカイトも気付き、はっとして術式に意識を向けた。転位が完了し現出する、その到達点に"何か"が存在する場合、一体どうなってしまうのだろうか?
 彼は術式を制御して、"それ"の手前に降りようと試みた。しかし今尚、引き寄せる力は一層強く、更なる加速をもたらしてくる。強引に干渉しようとすればぐらりと傾ぎ、不安定な姿勢となるも軌道は変わらず――
("重なる"?!)
 カイトが息を呑んだのと、
「やめろ……っ!」
 "それ"が言葉を発したのは同時だった。
「やめろ、厭だ! 来るな、僕を奪うな――!!」
「――っ?!」
 引き攣った叫びと共に、強烈な拒絶の意志が叩きつけられる。耳ではなく意識の何処かで、空間を揺るがす轟音と、纏った術式が砕け散る音を聴いた。
(弾かれた……っ)
 脳裏を掠める思考を認識する間も無く、ただ反射だけで腕を交差させ、頭を庇う。不可視の暴風に煽られ飛ばされ、渦巻く力に翻弄されて。
 術士は三度(みたび)、闇を見た。そして沈んだ――意識の闇へ。



 * * * * *



 揺れている。
 振動と浮遊感、奇妙な心許無さと、矛盾するようだけれど圧迫感。そんな感覚に目を覚ました時、カイトはまたも暗闇の中にいた。転位の終わりに導かれた空間と似た暗さだが、先には無かった狭苦しさを感じる。
「どうなったんだ……?」
 堪えきれず漏らした呟きが、うわぁん、とおかしな具合に歪んだ反響を返した。びくりと反射で腕を上げ――ようとして叶わず、カイトの背を戦慄が走る。
 閉じ込められている。
 まるで草入りの水晶のように。琥珀にくるまれた虫のように。
 ごくり、渇いた喉を鳴らすとほぼ同時、ばりりと音がして光が差した。

「わぁ、結構パッケージおっきいんだ」
 光と共に、女性のものと思われる声が振ってくる。事態が掴めず息を殺す間に再び浮遊感に襲われ、平衡感覚を取り戻そうと強く目を閉じた。一呼吸の後にしっかりと開く。
 と。
 ぎょっとした表情を浮かべて固まる女性と目が合った。それはもうばっちりと。

「「……え?」」

 引き攣る声も綺麗に重なり、気まずい沈黙が降りたのは束の間。激しい立て揺れに見舞われたかと思うとぐるりと反転する感覚があり、カイトはべしゃりと何処かへ押し付けられた。と言っても、透明な何かにくるまれて、浮いたような状態のままなのだが。
「ちょっ!?」
「いやいやいやちょっと待って落ち着いて、何今の何なのこれ。……動いて、た……?」
 混乱に満ちた声が耳に届く。それはやはり女性の声で、敵意や悪意は感じられない。自身も混乱しつつも、彼は状況を分析し始めていた。単身遠征を繰り返し、狂気に呑まれた魔獣達を屠ってきた経験は伊達ではない。
「あの。俺にも事態は掴めないんだけど、貴女に危害を加える気は無いので。できるなら此処から出してもらえないかな?」
 複雑な術式を織り上げる時のように心を鎮め、意志の力を総動員して最大限に穏やかな声音を作り、視界の外にいる筈の彼女へと、ゆったりと話し掛けた。

 背中の向こうに感じる気配は、戸惑い躊躇いつつもじりじりと近付いてきた。焦れる気持ちを抑えて待つ。やがて小さな浮遊感と共に、再び反転させられて――
「――巨、人?」
「だっ……失礼な!」
 思わず漏らした言葉に、憤慨の声が返った。しかしそうは言われても、とカイトは思う。彼の目に映った"彼女"は控えめに言っても丘の如く、身動きの取れない現状では全体を視界に収める事もできないのだ。
 曖昧に笑みを形作ると、彼女はカイトを――その閉じ込められているものを――持ち上げて運び、真っ直ぐに立てて何処かに置いた。見れば眼前にそびえる壁はどうやら鏡で、そこに映し出されたものに凍りつく。
「私が巨大なんじゃなくて、貴方がミニマムなの。手乗りサイズなの!」
 頭上から降る声に言葉も無く、ただ息を呑んで凝視した。ちんまりとした身体と、それに対して大きすぎるように思える頭。見開かれた蒼い瞳もくりくりと大きく、今にも零れ落ちてしまいそうだ。
 手乗りサイズの二頭身。己が今在る姿を突き付けられて、カイトは激しい眩暈を覚え――

「えぇえええええぇえええええ!!??」

 腹の底から絶叫した。
 映し出された小さな"彼"が、驚愕に染め抜かれた顔で目一杯に口を開いていた。

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響奏曲 -02-

やっと続きが出来ました……!(土下座)
えー……半年以上空いてしまいました。最悪だよこの主催。
やっぱり連載は書き溜めてからじゃないと駄目だったかorz
そして今後もカタツムリ以下のスピードな悪寒←
というか連載形式じゃなくするかも……(決めてから書けよ)

と、ともあれ。
兄さん、『現代』へ転位完了の巻。でした。

うらばなしー。
"彼女"への呼び掛けに相当悩みました。
「レディ」……いや兄さん騎士様じゃないから。
「お嬢さん」……何かヤダそんな兄さん。
そして結局「あの」で誤魔化したというww
口調も敬語にしようかかなり迷ったけど、今回の兄さんはやや砕けた物言いのイメージでこんな感じになりました。

 * * * * *
前話→ http://piapro.jp/t/TM4k

【シェアワールド】響奏曲【異世界×現代】http://piapro.jp/collabo/?id=15073

閲覧数:253

投稿日:2012/05/20 00:04:09

文字数:2,719文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • sunny_m

    sunny_m

    ご意見・ご感想

    ねんどろ兄さんが来た…!!!!!
    すごいシリアスで格好良いはずなのに、ねんどろという姿のせいでどうしても面白想像しかできません…!!www
    やばいねんどろがキリッとしてる…!!www
    可愛い…www

    兎にも角にも、彼女と出会いましたね~☆
    なんかもう、それだけでときめきが最高潮ですよw
    ホント今後を楽しみにまってます~!

    そうそうコメの、レディ、には私も吹きましたw
    すごいまつ毛がばっさばさに描かれた耽美系兄さんが脳裏に浮かんだよ…!!w

    2012/05/21 09:58:19

    • 藍流

      藍流

      コメントありがとうございますー!
      お返事遅れて申し訳ない><

      やっと辿り着きましたよねんどろにwww(そっちか
      そしてsunny_mさんの「キリッとしてる」でキリ顔(うろたん顔)のフェイスパーツが浮かんじゃって腹筋崩壊しましたwww
      もうね、カイトさん超真面目に真剣なのに申し訳ないんですけどね……!w

      ストーリー的には、これでやっとスタートラインですね。
      さて次をどうしたものか(考えていないらしい
      とりあえず決定事項は、猫が出ます。以上←

      『レディ』はこちらでもウケましたかww
      そしてsunny_mさんの(ry で「ガ○スの仮面」絵な兄さんが浮かんじゃって(ry
      笑い死ぬじゃないですか……!!ww

      2012/05/25 17:28:44

  • acuzis

    acuzis

    ご意見・ご感想

    執筆お疲れ様です(^▽^)ゝ

    って、∑Σ(゜д゜)手乗りサイズッ・・・!!!!
    どうしよう、ウチにも一体欲しいッ・・・←
    これはもう、小さいうちに一度アイス風呂やっておかないとッ・・・www
    (・・・?異世界兄さんもアイス好き・・・??)

    ボカロアンドロイド型、等身大のを想像してました~((・・・って一体いくらかかるんだかww
    ちっさいのが歩いてる姿もかなりくすぐられます←

    『"彼女"への呼掛け』ですが、『レディ』に吹いたwwキザイトですねーww
    『お嬢さん』もキザですが・・・(薔薇とか持ってそう)
    でもワタシ的に言い様によっては『お嬢さん』はアリかもwwww

    しかし『あの』とか『すみません』とか、曖昧なのが一番カイトらしいと思います(*´∀`*)

    続きが楽しみです!wktkしながら待ってますvvv

    2012/05/21 09:27:18

    • 藍流

      藍流

      お返事遅くなりましたー申し訳ない!
      コメントありがとうございます!

      欲しいですよね、手乗り兄さん……!
      書きながら私も物凄く欲しくなってましたw
      そしてPC脇のねんどろ兄さんズ(ノーマルと応援ver.)をじっと見つめ(危ない人です

      アイス風呂!
      カップアイスにダイブする姿が脳裏を過りましたが、私と脳内兄さんの「勿体無い」の声がハモりました←
      ちなみに私設定では、あっちの世界にアイスは存在しません。
      最近"『塔』下街"のとある酒場で『術で凍らせたドリンクをキューブ状にしたメニュー』が登場し、密かに人気を呼び始めている……と今作りましたすいませんwww
      何にしろアイスは無くて、こっち(『現代』)で運命の出逢いをするものと思われますw

      アンドロイド型ボカロは、ご想像通り等身大設定ですよ?(ついでに、恐らくこういう場合は小型の方がよりバカ高くなると思われ
      前回の流れからだと誤解を招く展開でしたね;
      次でその辺りのフォローも入れます?(と忘れないように...ψ(。。)

      『レディ』がウケたw やったwww(←
      却下しつつ笑えたのでキャプションのネタにした私です☆

      2012/05/25 17:27:59

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