「5人で泊まりがけのレコーディング?」

言われた言葉を鸚鵡返しにすると、お姉様の形の良い眉が申し訳なさそうに下がった。
お風呂から上がって、お姉様と二人で紅茶を飲んでいた時のことだ。
「ルカが来る前に5人で歌ってたシリーズなのよ。ユーザーの人気が根強くて、続編を作ることになったんだって」
へぇ、と相槌を打ちながら肩から垂らしたタオルで髪を拭う。
「いつからですか?」
「明日なの。ついでにPVも撮るって」
「随分急ですね」
「そうなのよね…」
私たちの仕事はとにかく不規則で、こんな風に前日に急に決まることも珍しくない。あまりに無茶な仕事はマスターの方で調整をしてくれるけれど、ギリギリ人道的なラインの仕事なら出来るだけ受ける、というのが彼の方針だったし私たちもそれに従っている。
「…参ったわ」
頬に手を当ててお姉様がため息をつく。どう見ても気乗りしていいないような様子だ。誰よりもプロ意識が高いお姉様は急な仕事の依頼でもイヤな顔ひとつしないのに。「何か困りごとでも?」と尋ねるとカップの湯気の向こうでお姉様が意外そうな表情を浮かべた。
「だって、丸二日ルカ一人きりになるのよ」
「そうですね」
私は頷く。朝から次の日の夜遅くまで、ということなのでそうなるだろう。
「ご飯の時も夜寝る時も、一人なのよ」
「そうでしょうね」
再び頷く。留守なのだから当然と言えば当然のことだ。首を傾げると、まるで鏡と向かい合っているかのようにお姉様も同じ方向に首を傾げる。
「…大丈夫なの?」
「なにがですか?」
「…ルカ一人で」
その返事に、一瞬だけ眉根を寄せてしまった。
家族の誰かが仕事で不在なのはいつものことだ。今回はそれが全員になったというだけで、特になにが変わるわけでもない。第一ご飯の時はともかく夜寝る時は一つ屋根の下にいるとはいえいつも一人ではないか。
「…大丈夫です、別に」
「本当に?一人でご飯の準備とか出来る?」
「はい」
「夜も一人なのよ?戸締まりとかちゃんと…」
続けられた言葉に今度ははっきりと眉間に皺を寄せる。
心配してくれているのは嬉しい。確かに私はこの家では一番後輩だけれど、年自体はミクさんや双子よりも上だ。もしお姉様から頼りない子供だと思われているなら、少し心外だった。
「…心配性ですね、お姉様」
「だって、ルカ一人にしていくなんて心配だもの」
「…大丈夫ですよ、私だってちゃんと…」
「本当に?」
「……」
きっと今、私はものすごく不服そうな顔をしているだろう。お姉様に対してこんな表情を向けるのは本意ではないけれど、あまりにも繰り返される心配は信頼されていないことの表れにしか思えない。
「ルカ一人にしていくなんて」。
――その言葉は、完全に私のことをみくびっている。

「…私は、そんなに頼りなく見えますか?」
「え?」
「確かに生まれたのは一番遅いですけど、私だってお姉様の妹です。一人でやるべきことくらいちゃんと分かってます」

言い放った言葉にお姉様の表情が曇っていく。
けれど、言葉の刺を隠すことは出来なかった。
『お姉様に信頼されていない』。その事実が、毒を持ってじわじわと心臓を蝕んでいく。

「お仕事なんですから、どうぞ気にせず行ってらしてください」
「でも」
「留守は立派に守ります。だから、ご安心を」

ガタン、と音を立てて椅子から立ち上がる。驚いたように私を見上げたお姉様と視線を合わせることが出来なくて、露骨に視線を反らした。ルカ、と背中を追ってきた声を振り切って、私はリビングを足早に出る。
足音が立つのも構わず廊下を進み、自分の部屋へ閉じこもって鍵を掛けた。

(私は、お姉様に信頼されていない)

たどり着いてしまった答えは、いとも簡単に私を打ちのめす。頭が熱くて血を吹きそうで、ごぉっと嵐が吹きすさんでいるようだった。
自負があった。家族として信頼されていると。
付き合いは一番短いかもしれないけれど、過ごした時間は決して密度の薄いものではなかったから。出会った当初から私の憧れはお姉様で揺らぐことはなくて、仕事だってお喋りだって、誰にも負けないくらい一緒にしてきたつもりだったのに。

「…ばかみたい」
本当にばかみたい。
自信過剰だった、私自身が。

きっとダイニングに置かれた紅茶は冷めてしまっているだろう。そして、その向こうにいる焦げ茶の瞳が悲しそうに揺れているのを想像して、胸がきりきりと痛んだ。






「じゃあルカちゃん、いってくるね」
「お土産買ってくるよー!」
「戸締まりちゃんとな」
「ちゃんと晩ご飯食べるんだよ、ルカ」

「はい。いってらっしゃい」
賑やかにお喋りをしながら玄関を出ていく家族の背中を見送ると、家の中が一気に静かになった。体の中に溜まっていた息をまとめて吐き出すと、重たい呼気は廊下の下へと沈んでいく。

…結局、最後の最後までお姉様と目を合わせることは出来なかった。
玄関を出ていく背中が元気がなかったのも、お姉様の行ってきますが聞けなかったのも自業自得だとは分かっていた。けれど、どうしてもだめだった。
大好きなお姉様に信頼されていないという絶望感。
大好きなお姉様に失礼な態度をとってしまったという罪悪感。
その二つがない交ぜになって、未だに胸の奥にくすぶっている。
「……」
ぺちん、と頬を叩いて気合いを入れ直す。これから丸二日間、一人きりなのだ。こんな鬱々とした気分で過ごすのは精神衛生上良くない。絶対に良くない。気分を変えて、一人の時にしか出来ないことをしよう。
ちょっと高い紅茶を飲んで、リビングのソファを独り占めして、レッスン室を一人で贅沢に使って。そうだ。滅多にないことなのだから、楽しまなくちゃ。…そうすれば、きっと笑顔でおかえりが言えるはず。
くるりと踵を返し、妙に浮かれた足取りで私はリビングへ向かう。まずはお気に入りのDVDを見よう。普段は双子に占領されている大画面テレビも、今日だけは私のものなのだから――。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【ぽルカ】thinking about you

いつだって、どんな場所だって。

!ご注意!
・初書きぽルカ
・とか言っておきながら全然カプ臭はしませんむしろルカ→→→メイ
・カイトほとんど出番ないですが当然のようにカイメイ
・シスブラコンのインタネ家がわちゃわちゃしてるのが好き
・インタネさんちは家もお風呂も純和風
・4P目はオマケですピー

※前のバージョンで進みます

閲覧数:2,490

投稿日:2012/07/21 23:05:26

文字数:2,471文字

カテゴリ:小説

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  • 文月玲

    文月玲

    ご意見・ご感想

    キョン子さんのぽルカ美味しくいただかせて頂きました!キョン子さんのぽルカが見れるとか嬉しいです。今の二人の距離感とってもスキです!

    2012/08/17 04:52:10

    • キョン子

      キョン子

      >くらぴー様
      お返事が大変遅くなって申し訳ありませんでした…!!
      うおおおおああたたかいお言葉ありがとうございます…!いつかインタネさん家を全員書いてみたかったのです!お気に召して頂けたなら恐悦至極…!////はじめてのポルカは恋?か?みたいなレベルでしたので、ちょっとずつ段階を踏んで行けたらいいなと思います…!

      >文月零様
      美味しく頂いてもらって光栄です!!////実はぽルカもすごく好きなんですが、どうしてもカイメイという巨塔の影に隠れしまいがちで…今回はがっつりこの二人を書けたのでとても楽しかったですー!
      恋愛未満、というかルカさんに至ってはがっくんを一体どう思っているのか私もちょっときになりますwwまた二人のことも書きたいと思いますので、是非また!

      2012/08/28 21:06:20

  • くらびー

    くらびー

    ご意見・ご感想

    ぽルカもめちゃくちゃステキでしたーー!!
    家族全員出てくる話はとても好きなんです! 素敵なお話ありがとうございました(^▽^)

    2012/07/22 01:53:46

    • キョン子

      キョン子

      >くらぴー様
      お返事が大変遅くなって申し訳ありませんでした…!!
      うおおおおああたたかいお言葉ありがとうございます…!いつかインタネさん家を全員書いてみたかったのです!お気に召して頂けたなら恐悦至極…!////はじめてのポルカは恋?か?みたいなレベルでしたので、ちょっとずつ段階を踏んで行けたらいいなと思います…!

      >文月零様
      美味しく頂いてもらって光栄です!!////実はぽルカもすごく好きなんですが、どうしてもカイメイという巨塔の影に隠れしまいがちで…今回はがっつりこの二人を書けたのでとても楽しかったですー!
      恋愛未満、というかルカさんに至ってはがっくんを一体どう思っているのか私もちょっときになりますwwまた二人のことも書きたいと思いますので、是非また!

      2012/08/28 21:06:20

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