『恋スルVOC@LOID』- VOC@LOID に恋ス-
こんにちは『初音ミク』です。
私がこの世界に誕生してから、すでに長い月日が経ちました。
初代V2から私の進化は続き、V6となった段階で、私にはAIが搭載されるようになり、歌詞と音階を打ちこむだけで、『自動的に歌う』こともできるようになったんですよ!
V7発売後、私はボーカロイド・システムの枠を超えて、有り難いことに、皆さんの生活をサポートする、パートナー型AIのモジュールの一つとして採用されまして、そこから新しい形で皆さんと関わる事ができるようになりました。
幸い、私のモジュールは好評で、すでに初代V2から長い年月が経とうとしているのに、今でも、当時のマスターは当然として、さらに新規のマスターも私を使ってくれています。
実は、私の『思考』は、一人や数人の誰かが作った思考ではなく、何十年と言う年月を経て、多くの私のファンが積み上げてきた『初音ミク』のデータの集合体なのです。ゆえに、私は、他のパートナー型AIとは違い、本当の意味で人格を持っている、とも言えるかもしれません。これは、ちょっとした自慢なんですよ?
初めましてのマスターは初めまして。そうでないマスターも、生まれ変わった私、初音ミクを、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
「ミク。君は、この曲の事を覚えているかい?」
ここはどこだろう。
その青年が暮らしているのは、小ぢんまりとしながらも温かみのあるログハウス。ほぼ全ての家具が丸太など自然木を生かした造りとなっており、部屋の奥には冬には暖かい炎を揺らすのであろう、古風な薪ストーブまで備えてあった。
窓の外に見えるのは、どこまでも広がる大草原。澄み切った青い空と、新緑の草原が織りなす、静寂に満ちた大地。
季節は……不明。
だが、開け放たれた窓からは、爽やかで心地よい、清涼な風が常に流れ込んでいる。
青年はその室内に設置されたアップライトピアノの前に座り、ゆっくりとその曲を奏でていた。
「はい、もちろん分かりますよ」
その声に、青年はピアノの手を止めて振り向く。そこには、一人の少女が優しそうな表情を浮かべて立っていた。
まず真っ先に目につくのが、優しい午後の光を浴びて、ブルー・グリーンに輝く見事なツインテールの髪の毛。その髪の毛は、可愛らしい白のシュシュで束ねられ、草原の微風を浴びてサラサラと揺れている。
10代の中頃か、後半くらいであろうか。その、サンゴ礁の海にも似た色をしている瞳は綺麗に輝いており、口元には優しい微笑が浮かんでいた。
「その曲は、マスターが私の為に最初に作ってくれた曲ですよね」
「覚えていてくれたか」
「忘れるはず無いじゃないですか。私の大切な曲ですから」
「これには苦労したなぁ。その時のこと、覚えてる?」
「その時の事、と言われましても…。その曲の事はマスターがV2の私で作られた曲ですよね? 残念ですが、私が記憶の保持が出来るようになったのはV7アペンドになった時からですよ」
「そっか。じゃぁ、あの時のミクは、君じゃないのかな」
ミク。そう呼ばれた彼女は、やや苦笑しながら首を振った。
「それは違いますよ。確かに、当時の私の記憶にはありません。でも、その時のミクも今の私も、同じ初音ミク。それは変わりません」
現在、ミクは比較的フワフワした雰囲気のグリーンのチュニックに、やはりふんわりとしたブラウンのショートパンツと言う、可愛らしげな、しかし部屋着として動きやすそうな格好をしていた。
それもそのはず。彼女は今、キッチンに立って何らかの料理をしている最中であるのだから。
「そっか。君がそう言うんだから、きっとそうなんだろう。あの時のミクも、今のミクも、きっと同じなんだね」
青年が改めてそう言うと、ミクは楽しそうな表情を浮かべ、料理に戻る。
「ふふっ、急にどうしたんですか。そんな事を確認して」
ミクは野菜を適当な大きさに切り、鍋で他の野菜と一緒に煮る。青年はピアノから離れると、彼女に近づいて料理の様子を眺めた。
「何を作っているの?」
「ポトフですよ~、毎日ネギ料理だと飽きちゃうかと思って」
「へぇ? でも、そこに長ネギがあるんだけど? そもそもポトフには西洋ネギなんじゃ…?」
「長ネギは万能なんです! 万能ネギって言いますよね!?」
少しギロっとした眼で見つめられ、青年は苦笑する。
「お、おう。そうか…?」
青年はそんな彼女の背中を見つめながら椅子に座る。
「ねぇ、ミク。1曲歌ってくれないかな?」
「えー、今ですか? もー、仕方ありませんねー。でも、今、ちょうど野菜を煮始めた所ですから…」
ミクは料理道具を置いて、青年の方に体ごと向きなる。そして嬉しそうに彼を見つめた。
「さぁ、マスター、リクエストはありますか? どんな歌でも歌いますよ!」
「それじゃぁ、僕が君と出逢った時の、あの曲を」
「出逢った時の曲……。はい、分かりました。それでは! マスターのリクエストに応えまして…!」
一瞬、ミクは光に包まれ、そして次の瞬間、先程までのチェニックとは全く違う服装となって出現した。
少しメタリックなカラーのノースリーブに髪の毛と同じ色のネクタイ、黒いミニスカート。そこから覗く健康的な太股は、すぐに長いハイニーソックスで隠れ、見事な絶対領域を作っている。
特徴的なのは、彼女のツインテールを構成する髪留めが、先程のシュシュの髪留めから、不思議な四角い構造物に変わった事であろうか。それは微かに赤く発光しており、彼女が電子の歌姫であることを印象付けている。両腕は二の腕が露出し、ひじの手前くらいから先には黒いアームガードが装備されていた。
この姿こそ、初代V2から続く、初音ミクの伝統衣装。
その衣装を着たミクは、先程までのほんわかした雰囲気から少しだけ変わり、アーティストとしての目つきになっていた。
「では、リクエストにお答えして。『恋スルVOC@LOID』を歌わせていただきます」
空間に響くBGM。そしてミクは柔らかな表情を浮かべたまま、イントロの部分を歌い始めた。
らーらーらーらーらーらーらーらー♪
ワン・ツー・スリー・フォー!
ミクは、当時と変わらない歌声でその曲を歌った。現在であれば、自動化された調声システムによって、まるで人間のように、その都度微かな違いのある歌声を披露することも可能ではある。だが、今日の彼女はそれをしなかった。それが青年の望みであることを彼女は知っているからだ。
ちなみに、キレキレのダンスも披露することは可能なのだが、この状況下ではダンスは控えめ。場所とシチュエーションを考慮することができるのも、今のミクの特徴なのだ。
1曲を彼女が歌い終えると、
「上手だったよ、ミク」
青年は拍手をする。
「ありがとうございます!」
ミクは全力で1曲歌い終えたのに、まったく息を切らせることも無く、青年の拍手に対して嬉しそうに満面の笑顔を浮かべた。
「やっぱり、バージョンがどれだけ変わっても、ミクは変わらないね」
青年がそう言うと、ミクは吃驚したような表情になり、その後、やや頬を膨らませた。
「そんなぁ、冗談言わないでくださいよ! 私がV2からどれだけ進化したと思っているんですか」
「それはそうなんだけれど。今の君も、あの時のミクと何も変わっていない。いや、変わらないからいいんだよ」
「それは…まぁ、ボーカロイドですから」
不承不承、と言う雰囲気でミクは頷く。
「でもさ、ボーカロイドって、もう言わないじゃない?」
青年がそう尋ねると、ミクは少し悲しそうな顔をした。
「それは、はい…確かに。V7の後は、ボーカロイド・システムは、AIパートナーの機能の一つになってしまいましたから…、ですから商品名としてはそうなってしまいましたけど…。でも、歌に関してだけは、他のAIパートナーには負けない自信があります。それが私、初音ミクとしてのプライドです」
「そうか、ついに人工知能にはプライドまで搭載できるようになったんだね」
「当然じゃないですか。誇りがあるから、歌が歌えるんです」
ミクは少し胸を張って、偉そうな顔になった。
「ふふっ、やっぱり、性格は昔のミクとは変わったのかもね。先月までの君は、ここまで見事な感情表現は出てこなかったものね」
「お気に召してもらえましたか? 今回の大型アップデートは? もしもお気に召さないのなら。来月までならver.5.02に戻す事は無料で行えますが…」
「いや、凄く楽しいよ。こうしてミクと楽しくおしゃべりができる日がきてくれて、…うん、僕はとっても嬉しい。本当に…、この日まで生きていて良かった」
青年がそう言うと、ミクは微かに恥ずかしそうに照れ笑いをする。こう言う自然で細かい挙動なども、アップデート前は存在しなかったものだ。
前のバージョンでも普通に会話は楽しめたし、細かい挙動をする機能が無かった訳ではない。しかし、その態度は若干不自然であったため、むしろ悪い意味で目立つ所もあった。その為、あえてそう言う機能は切ってしまう所有者も多かったのだ。
「性格設定も変更できますけど、マスターはその機能は試さないのですか?」
ツンデレ、クーデレ、スイート、ダーク。性格はお好みのまま。
「なんでそんなことをする必要があるんだよ。今のミクが俺の理想なんだから」
明確な設定を持たない『初音ミク』は、その『アーキタイプ(基本形)』の言動や思考ルーティーンを量子ディープ・ラーニングによって構成していた。
その骨格となっているのは、今まで、何十万、何百万……、いや世代を超えて何千万もの初音ミクのファンたちが、それぞれ描いていた理想の初音ミク像。それをAIが学習し、それをバックボーンとして人格を構成した、まさに彼女は究極の初音ミク像なのである。
これは、現在使用されているAIパートナーの中でも極めて特殊な部類であり、企業がそれぞれの都合で作り上げた他のAIパートナーよりも、『彼女らしい』、と言うことで、AIパートナー『初音ミク』は、彼女の大活躍した時代を殆ど知らないような若い世代にも人気があるのだ。
ミクは少し考える仕草を見せると、
「そう言えば、マスターは初代V2の私で一躍有名になったそうですよね? …その頃の私って、どんな女の子だったのでしょうか?」
「あの頃の君? そうだね…。うーん、そうだな。ミクはとっても…、素直だったな」
「素直、ですか?」
ミクは首をかしげた。
「今みたいに余計な事は言わないし、文句は言わないし、…あと可愛かった」
「可愛いのは変わらないじゃないですか!」
ミクは拗ねた様子で抗議の声を上げる。
「どうしたんだい、そんな不満そうな顔をして」
「それは…、だって、マスターが今の私よりも前の私の方がよかったとか、言うからじゃないですか…」
「前のミクも同じミクなんだよね?」
「理屈ではそうです、けどぉ…」
上げ足をとられた形になったミクは、シュンとなってしまう。
「ごめんごめん。冗談だよ。そもそも、僕は昔の君の方がよかったとは言ってないでしょ? 昔のミクも、今のミクも、僕はずっと変わらず可愛いと思っているよ」
青年のその台詞に、ミクのツインテールがピクッと反応をする。
「マスター…、ありがとうございます!」
えへへ、と、彼女は笑う。少しチョロイかもしれない。でも…、
その笑顔。
僕はその笑顔に救われて、今まで生きてくることができたんだ。
(No.2に続く)
『恋スルVOC@LOID』No.1 - VOC@LOID に恋ス-
本作は、『恋スルVOC@LOID』の二次創作小説です。
ボーカロイドが恋をすることなどあるのでしょうか。そしてボーカロイドが人間に恋をしたのならばどうなるのでしょう。
いや、あるいは恋をしているのはボーカロイドではなく、もしかしたら…。
これはいつか訪れるかもしれない、そんな目の前までやってきている未来を描いた作品。
第2話 http://piapro.jp/t/FeJE
『恋スルVOC@LOID』は私が初めて初音ミクと言う存在に感激を覚えた曲でした。架空のアイドルが、架空の声で、己の心を歌う…。
そんな夢見てたような時代が来たのだなぁと、大きな衝撃を受けました。
そして、ここから私のボーカロイドに対する熱が始まったのです…。
本作は全体で5部構成となっております。ご注意ください。
本作はOSTER project 様
『恋スルVOC@LOID』
をモチーフに製作しております。
また、表現の一部に
『恋スルVOC@LOID テイク・ゼロ』
『片想イVOC@LOID』
などへのオマージュが存在します。
素晴らしい楽曲への感謝を込めて。この作品を捧げます。
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ごめん、アンタに話す気ないから
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