ハンガーを出てコンピュータールームに向かう途中、無線機に通信が入った。
相手側の周波数は分らない。セリカやタイトではないだろう。
「誰だ。」
『僕です。』
無線に応答すると、ミクオの声が返ってきた。
「何の用だ?」
『僕はコンピュータールームに居ます。今、貴方がワームをインストールしやすいよう、各部のパスワードを解除する作業に入っています。』
ワームの事まで・・・・・・。
ミクオはクリプトンの使者だけあり、こちらの事は全て知り尽くしているようだ。
「それはありがたい。」
『でも、ワームが完全にプログラムを解体して制御不能に陥らせるには結構時間がかかるんじゃないですか?』
「そうだ。」
『時間稼ぎの方法を考えておいたほうがいいですよ。ワームの存在は僕がなんとか隠しておきますが、その間にストラトスフィアにされては割と面倒なことになりますから。』
「今、俺の仲間がストラトスフィアの離陸用マスドライバーを破壊しに行ったはずだ。」
『彼女達なら、発射施設周辺の警備ABLに手古摺ってコンピュータールームの制圧に移行しましたよ。もうすぐこちらに来るようです。』
やはりたった数人で大部隊を相手にするのは無理があったか。
レーダーを見ると、コンピュータールームに向かう二つの反応がある。
「そうか・・・・・・やはり、ワームの注入が先だろうからな。」
『とりあえず、ストラトスフィアは後回しでよいのですが、まだ無視できない存在があります。』
「・・・・・・あの彼らの事か。」
『ええ。』
そう、俺がハンガーに進入した時、ミクオと網走の前に立ち、口論を繰り広げていた五人のパイロットだ。
特にあのソラと呼ばれた青年は、体力こそ衰弱しているようだが、あの巨大な人型兵器に搭乗されれば、かなりの強敵になる。
『実を言うと、彼らはもう僕の指揮下から外れて、今はボスの指示で動いています。もしシステムに異常が発見された場合、ボスは彼らに核の投下を命じ、この基地を丸ごと消滅させるという手段をとるかもしれませんね。』
「その前に脱出しなければな。」
『そんな簡単にはいきませんよ。もしここの航空機を奪取しても、絶対彼らに撃墜されます。』
その言葉を発するミクオも流石に口調が重くなっていた。
「どうするつもりだ。」
『システムが停止するまで、耐えるしかありません。』
「・・・・・・。」
俺は、もはや言葉を失っていた。
大体事の流れは理解できた。
システムにワームを流し込むところまでは良いが、その後、下手に脱出を試みようとすると上空に居る彼らに撃墜されるのは明白だ。
しかし、そうなるとワームがシステムを停止させるまでこの施設内でアンドロイドとゲノム兵の追撃から耐えきらなければならないし、向こうがシステムの異常に気付けばこの基地を俺達ごと核で吹き飛ばすだろう。
つまり、運任せということだ。
「ミクオ。脱出方法はあとで考えよう。俺もすぐにそこへ向かう。」
『分りました・・・・・・あッ!!』
無線を切ろうとしたその時、突然彼の焦る声が聞こえた。
「どうした?!」
『貴方のお仲間です。少々手間がかかりそうですね・・・・・・それでは。』
そういうと、ミクオ側から切れてしまった。
ミクオのいるコンピュータールームに誰かが進入したようだが、彼の反応では、まるで攻撃してきたようだった。
クリプトンの要請でミクオへの攻撃は禁止されているはずだったはずだが、一体誰が・・・・・・?
ともかく、今は彼のもとに行って確かめるしかない。
俺は考えるより先に、コンピュータールームへ足を急がせた。
いくつもの扉に分けられた一直線の通路を、ひたすら走り続けていく。
ドアのロック、警備やカメラの類はミクオが処理してくれたようで、俺はそれらを全く気に留める必要がなく、ただレーダーに記される順路をたどりつづけた。
そして目の前に現れた、物々しい、円形をした巨大な扉。
高さにして四メートル近くありそうなその扉下に、ロックを解除するための端末が取り付けられている。
それの液晶画面には既にアンロックと表示されており、俺はその下に表示されている「OPEN」の文字を人差し指で押した。
すると扉中央の円形の部品が回転し、ロック用のシリンダーが、自動的に次々と引き抜かれていく。
小さくアラームが鳴った後に扉は左右に分かれていったが、当然、その間からマシンガンの銃声が飛び出した。
やはり、誰かがミクオを攻撃している。
俺もすぐさまその扉の中に飛び込むと、そこにはタワー状のマザーコンピューターの前に立つミクオと、彼に向かって銃を乱射するワラ。そして彼女が銃を握る腕を必死に押さえる、ヤミの姿だった。
「ワラ!ヤミ!」
俺が呼び掛けると、ヤミだけが俺のほうを振り向いた。
「デルさん・・・・・・!!ワラが・・・・・・!!」
彼女は、俺に救いを求めるような視線を送った。
「いゃあッ!離して!!離してよぉ!!!」
ワラは叫びながら叫び声を上げ、必死にヤミのワラの拘束を振りほどこうとする。
「ヤミ!一体何があった?!」
「話はあとです!!早くヤミを止めてください!!」
せかされた俺はホルスターからボルトガンを引き抜くと、ワラの背中に向けて二、三発の電撃を放った。
「ひっ!」
ワラと、同時に彼女と密着していたヤミが電撃に包まれ、二人同時に床へ倒れこんだ。
俺はすぐに二人のもとへ駆け寄り、ワラの体を抱き起した。
「ワラ・・・・・・どうしたんだ。何があったんだ?」
ワラは涙交じりに俺の顔を睨みつけた。
「なんでジャマすんのよこの馬鹿やろぉ・・・・・・こいつだけは、こいつだけは許せないのよぉ・・・・・・!!」
「ワラ?」
彼女の言うことが、今一つ理解できない。
「彼女はよほど僕の事が憎らしいようです。」
その声と共に、マザーコンピューターの前から、この広場にミクオが舞い降りた。
「まぁ、昔の話です。」
「あんただけは、あんただけは、この手で・・・・・・!!」
ボルトガンの電撃で身動きの取れないはずの彼女が、必死に床に落ちたライフルを手に取ろうとする。
「ワラ・・・・・・お前の気持ちは分るが、今はそんなときじゃないだろう。任務を優先するんだ。」
彼女も俺の言葉に納得できたのか、ワラは一瞬顔をそむけ、再び俺をにらみ返した。
「それでも、こいつは許せない!こいつだけは・・・・・・ここで!!」
「ワラ!」
涙を流して歯を食いしばり、屈辱と苦悶が入り混じるワラを、気絶したと思っていたヤミが一括した。
「私もあんたと同じ・・・・・・だけど、今は任務を優先するの。分かる?」
「・・・・・・!!」
彼女の言葉で遂に納得したのか、それとも諦めたのか、ワラはライフルを取ろうと伸ばしていた手を、力尽きたように垂らした。
「ワラ・・・・・・すまない。任務が終わったら、あとで好きなだけ俺を殴ってもいい。」
と言うとワラは険しいひょうじょぅ
「・・・・・・覚えてなよ!」
「ああ・・・・・・。」
俺は動けない二人を部屋の隅に持たせ掛けようとした。
『そこまでだテメェら!!』
「!!」
突如として、コンピュータールームのスピーカーから、見覚えのある男の声が鳴り響いた。
「メイトさん!!」
ミクオが天井の一角にあるカメラに振り向きその男の名を呼んだ。
そうだ、この声はあの研究所のヘリポートで俺達に向かって掛けられた拡声器越しの声、そのものだった。
『よぉーミクオ・・・・・・知らなかったぜぇ?テメェがクリプトン本社の犬だったとはなぁ!!』
「申し訳ありませんね・・・・・・ですが僕は、与えられた使命を貫き通します。それが僕の存在意義ですから。」
『ハハッ!いつまでそんなネゴト言ってられるかな?』
その時、俺が抱き上げていたワラの体が、何かに釣りあげられたように俺の体から飛び上がり、空中で一回転しながら、腕の中から鎖を取り出した。
同様にヤミの体も飛び上がり、ワラの隣に並ぶと、背中から巨大な鎌を取り出した。
二人の様子がおかしい。
彼女達の瞳には生気が宿っておらず、まるで、見えない力によって操られているようだ。
そして、二人の持つ武器は、明らかに俺とミクオに向けられている。
『そいつらの中にあるナノマシン、こっちのエモノと相性が良かったんで少々いじくってやったのさ。』
「何だと?!」
まさか、ナノマシンによる遠隔操作・・・・・・?
そんな馬鹿な、行動や意識まで操れるはずが?!
『ま、楽しいデートといこうじゃないか。お前らの処刑も兼ねてなぁ!!』
スピーカーから高笑いが響き渡り、死神の鎌と大蛇の如き鎖が俺とミクオに襲いかかった。
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