◆第二章 ―別(ワカレ)―
それは、ある日の朝のことだった。
いつものように、レンとレンはルカに起こされて着替える。
食堂に行けば、既に食事は準備されていて、いつものように二人並んで、朝食を食べる。
部屋で遊び、キヨテルによる勉強の時間に脱走して、やはりいつものようにルカに見つかる。いつもと同じで、平和な生活だった。
ただひとつ。
ただひとつ違うのは、いつものように昼食を食べてまた部屋に戻ろうとした二人をルカが呼び止めたことだった。
「・・・?なあに、ルカ姉さま。」
「ちょっと大事なことがあるの」
リンの問いかけにそう答え二人を謁見の間に導くルカの顔は、いつもの温和で優しげなそれではなく、何か――それこそ、悲しみを押し殺しているかのような顔だった。
不安を感じながらも二人は謁見の間に入る。寂しくたたずむ空席の玉座の両脇には王妃用の椅子、そして、二人の子供用の小ぶりの椅子が並んでいた。リンとレンは自分の椅子に座ると、前を向いた。既に見知った数人の重心が膝をつき、頭をたれている。
「恐れながら、申し上げます。」
そのうちに一人、ブロッソム伯爵が顔を上げ、おもむろに口を開いた。
「単刀直入に申し上げます。この度、リン王女殿下がこの国の王に即位なさることが決定いたしました。」
リンとレンは、まだ、その意味を理解できていないからだろう、ただその発言をボーっと聞いているだけだった。ブロッソムは続けた。
「――この国の伝統に、王が決まったとき、その兄弟の末の子は王族を離れ、王の従者として王に一生を捧げることになっています。今回もそれに則りまして、レン王子殿下は西端の町、パンメリーに行き、王の従者としてふさわしい方になって頂くべく――」
「だめよっ!!」
ブロッソムの声をさえぎって、リンは叫んだ。
「レンガいなくなるなんて絶対にいやっ!」
「リン様、居なくなる訳ではございません。レン様はしばらく地方で学び、リン様つきの召使になっていただくだけです。」
「いやって言ったらいやなの!やだ!レンが居ないなら王様なんてやらないもん!!」
リンはそう言って部屋から走って出て行ってしまった。
「リ、リン・・・・・・!」
追おうとするレンを、ブロッソムが引き止める。目をつぶり軽く首を振ると、ブロッソムは足を曲げ目線をレンに合わせ諭すように言った。
「レン様。よろしいですか、レン様。リン様のお気持ちは、私にもいたいほど分かる。できることなら、二人一緒に居ていただきたい。ですが、それは叶わないのです。国を治める王というのは、決して一個人の感情では動いてはならないのです。」
「・・・・・・ぼ、僕、そんな、よくわかんないよ。」
「ええ。難しいかも知れません。ですが、この国の、テアトールの存続のために、繁栄のために、王族は動かねばならない。言ってしまえば、それが王族の仕事です。その仕事を先代がまっとうしたからこそ、レン様たちは今のような仕事ができるのです。ですが、次はあなた方の番です。なればこそ、レン様、ご決断を。あなたが行くと申されれば、リン様もきっと諦めがつくでしょう。なに、今すぐにとは申しません。一度考えていただきたい。」
そこまで言うと、ブロッソムは温和な顔になっていった。
「いい答えを、期待しております。レン=M=トーン様。」
その日、リンは彼女の部屋から出てこようとしなかった。
次の日、朝食を食べ終えたレンは、キヨテルの部屋に向かった。ブロッソム伯爵の言うことが、レンにはよく分からなかったが、キヨテルならきっと分かると思ったからだった。
キヨテルは部屋の窓辺で大きな椅子に座って、分厚い本を読んでいた。ノックの後に入ってきたレンの姿を認めると、おや、と少々驚いたような顔になり、だがすぐにいつもの温和な顔に戻って立ち上がると言った。
「どうしました、レン様。あなたから私のところへ来るとは珍しい。」
レンはドアのところでうつむいていて、動くそぶりを見せない。キヨテルは不穏な空気を感じつつ、レンの肩を抱くようにして部屋へ招き入れた。
「このようなところに立っておらずに、さあ、中へ。どうぞ、あの椅子にお座りください。」
レンを黒光りするテーブルの前の椅子に座らせると、レモンティーを淹れる。それから、ぬるくなっていたコーヒーも淹れなおすと、テーブルに置き、自分もまた、椅子に座った。
「・・・・・・。さて。どうされましたか?」
角砂糖を2つ溶かしながら、キヨテルはそう尋ねた。
「・・・・・・・・・・・・えっと。・・・その・・・。」
いくらかの沈黙の後、レンが口を開いた。ぽつぽつと、つたなく。でも、一生懸命に。
「・・・・・・ふむ。なるほど。」
何とかすべてを伝え終わった後、キヨテルはこう答えた。
「問題は、あなたがどうしたいか、です。レン様。」
「・・・ぼくが、どうしたいか?」
「ええ、そうです。」
ゆっくりとうなずいて、キヨテルは続けた。
「レン様。あなたは、リン様と一緒にいたいですか?」
「も、もちろん・・・!」
「では、あなたは、リン様に王になってほしいですか?」
「そ・・・それは・・・・・・。」
「あなた方は王族、それも、王位継承順位第1位です。そして、先代、あなた方のお父様はもう亡くなられました。だから、あなた方のどちらかが王となり、どちらかは従者とならなくてはいけない。それはこの国の伝統であり、掟であって、変えることはとても難しい。」
レンの目を見ながら、キヨテルは続ける。
「リン様が王となれば、あなたがはリン様の召使にならねばならない。レン様、あなたが王となれば、リン様はあなたのメイドにならねばならない。どうしても、身分の差ができてしまう。ですが、これはどうしようもないことなのです。」
そこまで話し終えて、レン様、と呼びかける。うつむいていたレンはその声に頭を上げ、お互いに相手の目を見た。
「レン様、あなたはリン様に、どうあってもらいたいですか?」
「リンに・・・僕は・・・僕はリンに・・・・・・笑ってて、もらいたい・・・」。
その答えに、キヨテルは満足した様子で頷くと、
「ならば、そのための道をお行きなさい。」
そう言って、レンを送り出したのだった。
「――ふう。」
レンを送り出してから、キヨテルは窓辺の椅子に座った。窓の外の山野は力強い緑に光っている。
レンにはああ言ったが、実際は、それ以外の選択肢はなかった。物語は、全てブロッソムの筋書きどおりに進んでいる。これでよかったのか、という思いが頭の中を回る。
「まったく、この国も住みづらくなった・・・。」
そうつぶやいて、キヨテルはまた冷めてしまったコーヒーをすすった。
「ああ、苦い。」
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