悪食娘コンチータ 第二章 コンチータの館(パート6)

 代わりの料理人は、レヴィンが思っていたよりも早く、その日の夕方には見つけることが出来た。いや、正しく料理人と言えるのかは分からない。ただ、コンチータ領に所属する農民の娘が半ば興味本位でレヴィンの誘いに乗っただけ、と表現した方がよほど的確な表現であろう。
 「家庭料理しか作れませんが。」
 化粧の気配もしない、農作業のために健康的に日焼けした、まだ少女と言って差し支えのない年頃の料理人はレヴィンの要望に対して、遠慮がちに、或いは真実としてそう言った。
 「構いませんよ。」
 面接官、というには少し幼すぎる表情のままで、レヴィンはそう答えた。街中に料理人募集の立看板を出して数時間後に訪れたこの少女の腕前を気にしている時間はレヴィンには確かに存在していなかった。とにかく、誰でも良い。料理が出来る人間ならば。そう考えていたからこそ、一番初めに訪れた人物が誰であれ、料理人として迎え入れる心積もりでいたのである。
 「では、早速本日からお願いできますか?」
 「構いませんわ。」
 にこやかに、少女はそう言った。先程の自己紹介でヴァンヌという名だけが判明している少女は、少なくとも人当たりの良い人物であるのだろう。裏の無い、真っ直ぐな笑顔を久しぶり目撃したような気分を覚えながら、レヴィンもまた、無理に口元を持ち上げて、笑みの表情だけを作り上げる。
 「では、早速厨房へ案内しましょう。」
 そう言ってレヴィンはそれまで腰かけていたソファーから腰を上げた。続けて、ヴァンヌもふらり、と足元を踏みしめるように立ち上がる。
 「私、こんな椅子に座ったのは初めてで。」
 立ち上がる瞬間にふらついたことを詫びるように、ヴァンヌはそう言った。その言葉に、レヴィンは興味もなさそうに小さく頷く。果たしてこの純朴な少女が、あのコンチータ様の相手をしていつまで絶えられるものか甚だ疑問ではあったが、次の料理人までのつなぎと考えれば、それも悪くはない。
 「わぁ、広い厨房!」
 その後、レヴィンに伴われて厨房に一歩足を踏み入れた瞬間に、ヴァンヌは感激を示すように、胸の位置で左右の指を絡めあわせながらそう言った。
 「一通りの器具と食材は揃っています。ご自由にどうぞ。」
 半ば呆れてヴァンヌの感激を無視しながら、レヴィンは事務的な口調でそう言った。その言葉に、大仰にヴァンヌは頷く。
 「では、何か分からないことがあれば言ってください。」
 調子が狂う、と感じながら、レヴィンは続けてそう言った。どうにも、無垢な人間とう存在は苦手だ。寧ろ何を企んでいるか分からない、マイヴェイのような人間の方が自分には合っているものかも知れない、と考えながら、ヴァンヌの姿を避けるようにレヴィンは厨房を後にして歩き出した。今日は朝、昼とコンチータ様の食事に関わっていたものだから、未だに日々の日課となっている清掃業務が片付いていない。今頃、リリスが一人で、ぶつくさと文句を垂れながら作業をしているのだろう。そう考えながら、レヴィンが現状は誰も利用をしていない二階へと足を踏み入れた時、ある意味で予想通り、リリスは床にぺたんと腰を下ろし、箒のブラシを床ではなく壁に立てかけながら、なにやら小唄を口ずさんでいるところであった。
 「リリス、掃除は。」
 「疲れちゃった。」
 サボりを目撃されたことよりも、ハミングを途中で遮られたことに嫌悪感を示すようなしかめっ面を見せながら、リリスは悪びれもなくそう言った。
 「疲れた、ではないでしょう。」
 溜息を漏らしながらレヴィンはそう答えると、リリスの隣に立てかけてある箒を手に取り、丁寧な動作で床を掃き始めた。その姿を見て、リリスも観念した様子で腰を上げる。
 「で、どうなの?」
 メイド服の裾についたほこりを両手ではたきながら、リリスがレヴィンに向かってそう言った。
 「何が?」
 「料理人よ。なんだか随分田舎臭い女だったけれど。」
 「掃除をしないで、覗き見をしていたのかい?」
 今後はレヴィンが視線をしかめて、そう訊ねた。
 「別に、覗いてなんかいないわよ。ただ遠目で見ただけ。」
 「料理が出来るなら十分でしょう。」
 レヴィンの気の抜けたような答えに対して、リリスもまた、興味が薄れたように小さく、そう、とだけ答えた。事実、二人とも理解していた。今更、誰が料理人になってもコンチータ様が文句を言うわけが無い。ゲテモノを作り上げれば喜んで食すだろうし、粗食や、万が一美食であっても、例の小瓶を散らせておけばコンチータ様は満足される。要するに、料理人など、形ばかり存在していれば今の二人においては十分であったのだ。
 
 
 「あら、可愛らしい娘さんね。」
 夕餉の席でヴァンヌの姿を見た、バニカの一言目の感想はそれであった。
 「は、初めまして、コンチータ様。」
 対するヴァンヌは、明らかな緊張の色をその表情に浮かべていた。心なしか、トレイを持つ手も震えているように見える。
 「本日から料理人を務めるとこになりました、ヴァンヌと申します。」
 緊張の余りか、自己紹介の術も忘れているヴァンヌを補足するように、レヴィンはそう言った。
 「どんな料理なのかしら。」
 楽しむように、バニカは軽く唇の端をその艶かしい舌で軽く舐めた。
 「ガレットを、その。」
 たどたどしく答えながら、ヴァンヌはそう言って、本人からすれば極力に丁寧な手つきで、銀食器をバニカの前に置いた。それでも、テーブルに触れて銀食器が軽く、小気味が良いほどに高い音を響かせはしたが。
 「クレープ・・とは違うのかしら?」
 バニカはヴァンヌの些細な粗相を気にする様子もなく、淡い茶色に染まった、薄く焼かれた生地を覗き込んだ。薄い生地で包み込まれたその中には、ソーセージやら、季節の野菜やらが丁寧に包み込まれている。
 「その、そば粉をメインに、焼いて。」
 「面白いわね。」
 バニカは軽い調子でそう答えると、ガレットを相変わらずの手馴れた手つきで一口大に切り取った。直後に、レヴィンに向かって訊ねる。
 「例の調味料は?」
 「こちらに。」
 投げやりにレヴィンはそう言うと、ベストのポケットから小瓶を取り出し、そのまま数滴をガレットに向けて振りかけた。
 「それは、一体なんですか?」
 ぼんやりとレヴィンの動作を眺めていたヴァンヌは何も考えていない、という様子でレヴィンに向かってそう訊ねた。主人の食事中に、私語を叩くとは。そう考えてレヴィンは心中がどす黒く濁るような怒りを瞬間に覚えたものの、どうにか怒声だけをこらえながら、低く、沈着した声でこう答えた。
 「・・後ほど、ご説明いたしましょう。」
 そのやり取りをバニカは無視したものか、或いは食に対する欲望を重視したためか、一言も発せず、そのままガレットの一切れを口に押し込んだ。最早身体が慣れきっているのだろう、僅かにびくり、と震えただけで、バニカは物足りない、という様子で口を開いた。
 「普通すぎて、面白くないわ。悪くはないけれど。」
 「は、はい。」
 飛び上がるような勢いで肩を硬直させながら、ヴァンヌはそう答えた。
 「もう少し面白い食材を用意してきなさい。」
 「お、面白い、ですか?」
 「そうよ。この前食べた百足のムニエルはなかなか美味しかったわ。」
 「む、百足!」
 流石に衝撃を受けた様子で、ヴァンヌはそう言いながら軽くその足腰をふらつかせた。この純朴な田舎娘にとって、昆虫食は余りにも衝撃であったのだろう。
 「明日からは用意いたしますわ、コンチータ様。」
 リリスがそう言いながら、バニカのグラスに向けてたっぷりとワインを注ぎ込んだ。例の人肉酒である。
 「貴女も手伝ってあげなさい。彼女はまだ慣れていないでしょうから。」
 ワインを含んで機嫌を戻したものか、バニカは満足そうに頷くと、リリスに向かってそう言った。リリスは一つ頷き、そしてもう一度ワインボトルを傾ける。まるで、血のように紅く染まったワインを、空になったグラスに向けて、なみなみと。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 悪食娘コンチータ 第二章(パート6)

みのり「投稿が遅れてすみません><第十二弾です!」
満「今回は割合平和な回だな。」
みのり「あんまりグロいシーンなかったよね。」
満「因みにガレットとは、クレープの元になった食べ物だ。フランスのブルターニュ地方の郷土料理だな。」
みのり「ブルターニュ地方は土地が痩せていて小麦が育たなかったから、代わりに蕎麦を作っていたらしいね。」
満「蕎麦は麺に限ると思うんだけどなぁ。」
みのり「東日本は蕎麦がメインだよねぇ。西日本は饂飩がメインってイメージがあるなぁ。」
満「因みにレイジは大阪生まれの東京育ちなんだが、東京では蕎麦を、関西に行くと饂飩を食べるタイプだ。東京の饂飩と関西の蕎麦は食べられたもんじゃないらしい。」
みのり「こういうの見ると日本の食文化って広いなぁ・・。ではでは次回もよろしくお願いします☆」

閲覧数:230

投稿日:2011/09/24 11:37:29

文字数:3,347文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました