31.炎の島

 リントたちの飛行機が飛び立った直後から、ドレスズは戦場となった。地下の遺跡は、ほどなくして火の海になった。
 それもそのはず、ドレスズの地上に基地を構える『奥の国』が、至近距離から打たれた大陸の国への発信に気づかないはずはない。ルカたちが島に来て、ソレスとエスタが大陸に連絡を入れたあの瞬間、ドレスズの人々は、戦場となることを覚悟したのだ。


 島で擁していた郵便飛行機が全て飛び立った後、町長はすばやく指示を走らせた。
「この遺跡を放棄する! 全員、作戦段階二番の持ち場に入れ!」
 すでに印刷機材や通信機材、主な武器などはすべてまとめられてあり、飛行機を誘導した者たちもあっというまに自身の持ち場の機材を担ぎ上げた。
「よし! では、次の持ち場へ急げ!」
 八方につなげられた通路から人々が脱出した瞬間、通路の天井が落ちた。人々は、驚きも騒ぎもしない。誰もが口をつぐみ、黙々と足を走らせる。
やがて、人々がいくらか遠ざかったその時、元来た場所から大きな炸裂音が聞こえた。『奥の国』が、ドレスズの秘密基地を破壊した音であった。

 島の者たちと共に、大陸の兵士であるソレスとエスタも行動をともにした。「下手に独自の判断で動き回るよりも、生き残る確率が高い」と二人は判断したのだ。
「……おばあさん。持ちましょうか」
 ソレスが、彼の前を、印刷機材を背負って走る老婆に声をかける。
「いいや。私はこの道には慣れているから大丈夫。お前さんたちのほうが、足元に気をつけな」
 老婆の言葉が終わるか否か、ソレスの足をむき出しになった木の根がすくう。
「危ない!」
 後ろを歩いていたエスタがとっさにソレスの荷物をつかみ、ソレスは間一髪体勢を立て直す。汗の滑り落ちる背の上にあるのは、大事なこの島の通信機材だ。
「……あぶなかったですね、ソレスさん」
 それは、貴重な情報発信の道具である。
「……力は衰えたけれども道に慣れた私と、若いけれども慣れないお前さんがた。勝負は五分かと思うがね」
 老婆のからかい声に、ソレスはそのとおりだとうなずき、再び気を取り直して歩き始めた。
「もうすぐだぞ! あの谷を越えたら、そこがわれらの第二の拠点となる!」
 先頭をゆくのは町長だ。回されてきた伝言に、一行は足に力をこめて歩き出す。
 ほどなくして、一行は山の中の道で立ち止まった。ただの林道の中腹に見える。しかし正面は海だ。
「ここが、われわれ『情報隊第一班』の作戦拠点だよ」
 次々と荷物が下ろされ、アンテナが組まれる。それは海に面して枯れ木のように立ち上がった。
「ここなら、山に遮られて『奥の国』の死角になるんだよ」
 島の様子は目視で確認し、常に島の外に気を配る。これが『情報隊第一班』の役割だった。島の女の一人が、受信器をエスタに手渡した。
「飛んでいった飛行機の様子も解るよ」
 そういって、彼女は茶髪のエスタにウインクをなげてよこした。

 今頃、地下の遺跡の内部は火の海だろう。その様子が、アンテナの立てられた反対側の斜面に回るとはっきりと見て取れた。ドレスズの町長と島の者たち、そして大陸人のソレスとエスタが、上がる煙と燃える森を見ていた。

「お前さんたちが気にすることはない」
 町長の突然のよびかけに、ソレスがはっと振り向く。
 いかめしい顔をしながらも、町長は若いソレスを気遣うように頷く。
「俺たちこそ、狙っていたのだからな。『奥の国』へ二重スパイとして働き、奥の国の情報と機材を奪い、この戦争へ功績を上げる。そして今後ドレスズが他の島よりも優先的に、あんたらの『大陸』から好待遇を受けることを、な」
「島を焼いてまでも、ですか」
 声を発したのはソレスよりも年下のエスタだ。ソレスがじろりと睨むが、エスタはまっすぐに町長に挑む。
「そうだ」
 町長は、あっさりと肯いた。目の前には、先ほどまで居た遺跡の森が、黒々とした煙を上げている。地上に見える真っ赤な炎も徐々に大きくなっている。
「平時の豊かな暮らしを手に入れるために、私達は犠牲を払うことを選んだ」
 あの遺跡の工廠にいた誰もが、誰も取り乱すことなく避難した。自分の分担する機材と私物を持ち、実にすばやく次の拠点となる場所へと散ったのである。それは訓練された手早さだった。
「なに、十年に一度は戦争のある土地なんだ。非常時の訓練くらい、身につけている。
 戦争でよく働けば、大陸の国はわれわれの島に、さまざまなものをよこしてくれる。われわれは、それをよく分かっている」
 郵便飛行場があるのもドレスズだ。りっぱな商用の港もある。定期便の数も多く、集会所などの施設も、どの島よりも充実している。
「だから、大陸の若いお前さん達が、気にすることはない。ドレスズは、戦うことで、存在を示してきた。
 お前さんたちが来ちまったこと、郵便飛行機の坊主が生意気だったことは予想外だったが、臨機応変に対応するのも、この島の覚悟のうちだ」
「……そんな、行き当たりばったりな」
「エスタ!」
 おもわずつぶやいてしまったエスタの胸を、ソレスがばしっと叩いた。
 はっとエスタが発言をごまかすように咳込む。表情を隠しきれないエスタをソレスが苦い表情で睨む。そんなやりとりを、町長は厳しい顔のまま見守っていた。
「……これから、われわれは、予定どおり『奥の国』の基地を襲う」
 これにはソレスも青ざめた。
「軍隊と戦おうというのですか!」
「われわれが意図して呼び込んだ戦いだからな。作戦段階二番は、そういうことだ」
「無茶だ! あなたがたが戦う必要はない! それは、私達軍の者の役目です!」
 ソレスが思わず乗り出したのを、今度は部下のエスタが引き止めた。
「ソレスさん! ……あの、」
 エスタは、迷った。正直、大陸軍の自分達の援軍が来るのはだいぶ後なのだ。無茶だと解っているが、島の者が戦うこと以外、今は打つ手がない。エスタとソレスの顔に、ありありと葛藤が浮かぶ。町長はそんな二人を見、若いな、と口の中でつぶやいた。
「それでも行くのだ。この島は、本来なら、わずかな農業と美しい景色しかない、貧しい島だ。他の島と変わらぬ自然のこの土地に、船や物資や人の流れ、医療、沢山の物をくれて豊かにしてくれたのは、大陸だからな。
 ……豊かな今後のために、今やるんだよ」
 と、燃えている遺跡とは逆のほうから、煙の匂いがした。ソレスが焦り顔で振り返る。
「向こうに入った人たちが襲われたのか?」
 町長が首を振る。
「違う。……合図だな」
 見ると、ソレスたちが船をおいていた浜から細い煙が上がっていた。
「あの場所にも第二の『基地』がある。お前さんたちも不運だったな。まさに、神経を張り詰めて見張っていた俺たちの目の前に止めてしまうとは」
 着岸と上陸の地点を決めたソレスが気まずそうに目を伏せる。
「……まあ、落ち込むな。あそこは、潮の流れがちょうどゆるやかに寄せる。入りやすく出やすく、なおかつ隠れやすい。
 初めて上陸する島に対してあの入り江を選んだのは大したもんだ、自然を見る目があると漁師連中も言っていたよ」
 町長が話を切り、振り返った。森の中から、避難してきた人たちの目が光っていた。
「よし! 行くぞ! ソレスとエスタといったか、よく見ておけよ! ……これがドレスズの生き方だ!」
 町長が、口に指をくわえた。次の瞬間、鳥の鳴き声を模した音が響き渡った。
 すると、あちこちから鳥の声が応えた。そして、森の中で一気に人が動く音がした。
「な、何を……!」
「合図ですよ、ソレスさん!エスタさん! ……どうかご無事で! 行ってきます!」
 町長の横に控えていた若者がソレスに声をかけ、山を一気にかけおりていった。
 まるで獣の群れが森を疾るように、あちこちから現われた人が藪をすりぬけ山を下り、郵便飛行場のある『奥の国』の基地へと向かっていく。

「われわれは勇敢に戦ったと、しっかり『大陸』に報告してくださいよ! ソレス軍曹殿! エスタ伍長どの!」

 遺跡で、共に通信機の前に座っていた男の声も聞こえた。あとは森全体が唸るような音が響いた。

「どうします! ソレス軍曹!」
 エスタの叫びに、ソレスが、拳を握り締めて言い切った。
「……彼らが『大陸』のために動くというなら、加勢する!隠れていても仕方が無い! たった二人の加勢だが、無いよりはマシだろう!」
 飛び出しかけたソレスを、引き止めたのは茂みから伸びた腕だった。その腰の入った力強さに、ソレスが後ろにひっくり返る。
「地の利が無い人は動いちゃ駄目! ……ここは『ドレスズ戦闘』の専門家に任せなさい!」
 ソレスを引き止めたのは、なんと女性であった。初老にさしかかるか、という歳である。
「こんなおばさんが職業軍人さんに偉そうに言っちゃ悪いかもしれないけどね、ソレスさん、見ているとあんた、土壇場の判断にずいぶん弱いよ! 」
 へっ、と地面にしりもちをついたまま目を丸くして振り返ったソレスに、周囲から同意の声が上がった。地下の秘密基地で雑用をしながら働いていた女性達である。山道でソレスが声をかけた老婆もいた。出来の悪い孫を見るような目をして苦笑していた。
「そっちの部下さんの命も預かる人だろう、ちょっと落ち着きな!」
「そうそう、眉間に皺よせて気張らなくても、あんた可愛い顔してるから、私達が守ってあげるさ!」
 急に吹っかけられた冗談に、うっかりソレスは頷いてしまい、その様子を見た周囲がわっと笑う。
「ええ! ソレスさんだけ?! 俺はかわいくないの?!」
 固まるソレスとは対照的に、エスタはとっさに冗談に応じ、ますます場が沸く。
「ほら! あんたがたの仕事はこっち! 」
 通信機械の一つを、ソレスにタックルをかけた女が指差した。
「あんたがたのお姫さんと、大陸のお仲間。いつどんな情報が入るか解らないんだから、玄人さんは玄人さんの場所で、しっかり腰を据えて働きな!」


「お前は笑うな、エスタ」
「すんません」
 エスタは慌てて笑い収め、ひとつ深呼吸すると、受信器を装着し、上官の横に並んで座った。
「……さっきの彼女の一言、ちょっと、効いた。エスタ、悪かったな」
「『土壇場の判断に甘い』ってやつですか? あ、いや、いえ……それは、歳の功だと思います」
 真面目な上官が、溜息をつきながらもエスタに笑って見せる。なぐさめを受け取ったと見て、エスタも一瞬だけ表情を緩ませる。そして、二人は戦いの気配を背に感じながら、受信器の先に耳を澄ませた。
 耳に障るノイズの音は、ソレスに、つい今しがた渡ってきたばかりの海を思わせた。
 ふと、エスタが口を開く。
「……あの浜に船をつけたこと、町長が誉めてらしたでしょう? 
 ソレスさんは、自然を読むのに強くて、俺は、人を読むのに長けてると思うんです。ルカ嬢の『逃がし役』として海を渡り、動向のわからない島に入る組み合わせとしては、わが駐留部隊最強のタッグだから……最善を尽くしていると、胸を張れると思います」

 若いふたりには、戦いの経験は無い。それでもこうなった以上、戦って、生き残らなければならない。飛行機に乗ってしまったルカの安全も、今となってはただ願うばかりだ。

「……そういえば、ルカがリントの飛行機に乗ることを許可したのって……思い切ったことしましたね、ソレスさん」
 ソレスは、ああ、と肯いた。
「……納得できる場所で戦う方が、成果を残せる。平和という成果を残して見せると、ルカ自身が言いきって……説得されて勢いに負けた。すまん。潮流を読むのは得意だが、俺は人の上に立つ上官には、向いていないな」
 エスタが首を振る。
「いいえ。俺も、兵士として、ルカの意見を支持します」

 海の波が返す音がし、受信器の向こうはノイズの海だ。
 飛行機からの通信は、まだ、無い。

 背後の女達は、ソレスたちに海へ向いた通信機器をまかせ、伝令として平野部と山を走る組と、山の裏側の、郵便飛行場の状況を目視で見守る組に分かれた。時折、短く鋭い会話と、山道を走り抜ける音がする。
 それは二人の経験したことのない、戦場の音だった。まさに今、戦いとなっている郵便飛行場の様子がもたらされ、ソレスとエスタも緊張の面持ちを取り戻し、通信機に向かう。


つづく!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

滄海のPygmalion 31.炎の島

犠牲を払い、燃え上がる炎に、明日の希望を託す島、ドレスズ。

発想元・歌詞引用 U-ta/ウタP様『Pygmalion』
http://piapro.jp/t/n-Fp

空想物語のはじまりはこちら↓
1. 滄海のPygmalion  http://piapro.jp/t/beVT
この物語はファンタジーです。実際の出来事、歴史、人物および科学現象にはほとんど一切関係ありません^^

閲覧数:150

投稿日:2011/09/05 20:51:19

文字数:5,082文字

カテゴリ:小説

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