時刻は、ちょうど10時を回った所だろうか。
シングルのベッドでごろんと、Lilyは何もせずにいた。
寝る気など一切ない。だが、他にすることもない。
最近はマスターであるすぅがかなりあ荘にいることが多い上、親友のるかもこの時間になるとうとうとし始めてしまう。
他の女の子は年下ばかりで、成長に悪影響を及ぼすまいとしたら、話相手もいないのだ。
Lilyは男が嫌いだ。
それは、価値観の違いなのかもしれないし、子供っぽいからかもしれない。
理由は分からないが、とにかく男を見ると攻撃したくなる。
だが、この家に来てから、特にレンとは仲良くやっていけてると思っている。単に趣味の合致が理由なのだが。
髪の毛が、シーツや布団を濡らすがLilyは気にしない。
それよりも大切な悩み事があったからだ。
「・・・キス、かぁ・・・」
Lilyは自身の細い指を、唇に当てた。
キス、親愛の気持ちを行動で示したものの1つだ。
なぜLilyがそのことで悩んでいるのか。それは、他でもない親友に聞かれたからだ。
るかはLilyより1つ年上で、ふわふわして可愛いという印象を受けるが、芯はしっかりしている。嘘などすぐ見抜かれそうだ。
キスをしたことがない、と言えば嘘になる。しかし相手が悪い。
そんなことで、Lilyはもやもやしていたのだ。
キスといえば、もう1つ。
今日、Lilyたち一行はすぅの友達であるちずの家に遊びに行っていた。
そこでやった王様ゲームで、Lilyは二回頬にキスされていた。
何とかよけて唇は死守したが、未だに頬に感触が残っている。
Lilyはそれを、少しでも取れるようにとゴシゴシ拭った。
コンコン。
「Lilyさん、起きていますか?」
ドアのノック音と共に聞こえたのは、Lilyの元担任、キヨテルの声だった。
返事はしない。したくもない、とLilyは心の中で毒づいた。
「・・・入りますよ」
だが、キヨテルは躊躇無しに部屋に入ってきた。
キヨテルは、この部屋の鍵が閉まっているのは本人が寝ているときだけと知っているのだ・・・掛かっていても、こじ開けるが。
「・・・勝手に入ってくんなよ」
「細かいことは気にしないでください」
「全然細かくない・・・はぁ。もういいからそこに座って」
Lilyは気だるそうに起き上がり、ベッドの脇にあるドレッサー近くの椅子を指した。
その一連の動作に苦笑しながら、キヨテルは軽く椅子に腰掛けた。
「どうでしたか?今日は」
「・・・たまには、ああやって大人数で遊ぶのも楽しいなって。メイド服は恥ずかしかったけどさ」
「あれ、可愛かったですよ?」
「うるさい!」
「貰ってこればよかったのに・・・」
「あんなものもう一生着ないから」
「残念です」
少し笑いながら、二人の会話は続いていく。
「そういえば・・・神威さんには何もされませんでしたか?」
「・・・頬にキスされただけだし」
キス、という言葉を口に出しただけでなぜかやましい気持ちになり、咄嗟にLilyは目を逸らした。
「頬・・・ですか・・・」
キヨテルの言葉のトーンは変わってないが、眉間に皺が少し寄っている。
そのことに、Lilyは気付かなかった。
「あと抱き付かれそうになったなー。ホント、今日は厄日だった」
このことを口に出すのは少し嫌だったが、嫌な思い出ほど、笑い話にすると場が盛り上がるものだ。
少なくとも、その時のLilyはそう思っていた。
「抱き付かれそうに・・・へぇ、そんなことまでされてしまったんですか・・・」
突然、キヨテルは立ち上がり、ゆらゆらとLilyの傍へ歩み始めた。
若干声のトーンも落ちている。
「な、キヨテル?どうしたのさいきなり・・・」
「Lilyさんは、神威さんに汚されてしまったんですよねぇ」
Lilyの問いかけもキヨテルには聞こえてないのか、歩みを止めずぶつぶつと1人で喋っている。
「そんなLilyさんには・・・上書きの時間が必要ですよね?」
そう言って、キヨテルはLilyの肩を掴み、そのままベッドに押し倒した。
成人男性の腕力は、並大抵の女性では比べ物にならないほど強い。腕の細いLilyにしてみればなおさらだ。
「キヨ・・・テル・・・?何がしたいのさ・・・」
虚勢を張っているつもりなのか、Lilyは薄笑いを浮かべる。
「他の男にうつつを抜かすような子に対するお仕置きですよ」
「・・・へぇ、でも元よりアタシはキヨテルのものじゃないんだけど?」
「生意気な言葉を紡ぐ口はコレですか?」
キヨテルは利き腕一本でLilyの上半身を持ち上げ、顔と顔を鼻がひっつく手前まで近づけた。
「・・・懐かしいですね、2年前の春も似たような近さで睨まれました」
「そんなこともあったね・・・って、アタシたちは倦怠期のカップルかっての」
「倦怠期なんてものは存在しませんよ」
こんな会話をしているところを、もし家の誰かに聞かれたら一瞬で騒がれるだろう。
そんなことを思いながらも、キヨテルは冷たい笑みを浮かべていた。
「ったく、しょうがないですねぇ。じゃあ、この時は今日の思い出として《上書き保存》しておいてくださいね?」
Lilyの上半身を支えていた手を後頭部につけ、自分の頭の方に近づけた。
そして―――2人の唇は重なった。
「・・・ばっかじゃないの!?もう部屋もどれ!アタシもう寝る!おやすみ!!」
キスの直後、突然のことすぎて少し蕩けていたが、Lilyは我に返ったように叫びながらキヨテルを突き飛ばした。
「おっと、なかなか力あるんでるねLilyさん」
「うっさい!!」
キヨテルは冗談めいて言ったつもりだったが、混乱状態のLilyには伝わらなかった。
「じゃあ、今日はこの辺で。もう他の男に目移りすることのないように・・・」
ドアノブに手を掛け、キヨテルは部屋から出て行った。
「はぁ・・・はぁ・・・」
Lilyは肩を使って息をする。心臓も治まる気配がない。
明日になったら、親友の問いにも答えなければいけない。
頬の火照りを隠すように、Lilyは頭まで布団を被り眠りについた。
だから男は嫌いなの、とぼんやりとした頭の中で思いながら。
上書きのキス【すぅ家キヨリリ】
今日は何の日キスの日よーっと、すぅです。
ということで前々から暖めてたネタが出せました。嬉しいです。
いやーちょうどいいときに書いてたなあたし!
ちなみにホントはキヨさん、リリさんの涙掬うぐらいでしたが、キスの日ということで急遽変更。
あとどこまでリリさんを純粋に書くか挑戦しましたが、あたしが書くと捻くれちゃうんですよね・・・。
あ、これ一応ちず家訪問した日の夜の出来事です。ちょうど、キスしてましたし。
それでは。
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