もう、何もかも嫌になる前に、

ホントの、愛を、くださ――――


「――――愛っ!」


自分の名前を呼ばれて目が覚めた。
開かれた白いノート、細い線を引くシャーペン、解きかけの計算問題…。

頭の中に響いたのは、ママの声だ。

…ママは、ここにはいない。今は隣の部屋で、眠ってるはずなのに、勉強に疲れて眠ってしまった私を責めたのは、間違いなくママの声だった。
冷や汗がつたう。

勉強しなきゃ…勉強しなきゃ。

爪が食い込むほどシャーペンを握りしめる。
明日は期末試験だ。いい点を取らなければ。
特に数学が危ない。前回は79点だった。
もともと勉強が得意なほうじゃない。中学に上がるまでは、勉強なんて二の次で、大好きな歌を毎日歌っていたっけ…。

「……歌…最近、歌ってないや」

最近、というより、中学に上がってから、まともに声を出したことすらないような気がする。
今は二年生。ということは、二年間歌ってないことになる。
歌が嫌いになったんじゃない。でも、歌ってない。
時間がないのだ。

中学に上がってから、ママに塾に通うように言われた。
友達と同じ塾だと集中しないでしょうって言われて、隣町の遠い塾にバスで通うようになった。

勉強なんて好きじゃない。
でも、いい点を取らなきゃ。

だって……――。



ママは私がひどい点数をとっても怒らない。決して声を荒げたりしないし、怒鳴りつけたりもしない。

でも、泣く。

低い低い声で、静かに淡々と、あれが悪かったのね、これが悪かったのね、と指摘する。
それを正座して、丸一日聞いている。

ママはわかってない。
怒られるより、殴られるより、そんな風に淡々と指摘され、悪いところを読み上げられるのが、一番苦痛なんだって。

「…勉強しなきゃ」

独り言をつぶやく。
机の上のデジタル時計は、午前二時を表していた。



    



答案用紙を見て、思わず青ざめた。
前より下がってる。

なんで――なんで。

そんな、なんで、どうして、――あたりまえだ。

だって私、頭が特別良い人間じゃないんだから。

いくら努力したって、人間、得意不得意がある。
私が言っても言い訳にしか聞こえないかもしれないけれど、でも、私たちの年になると、みんな知ってる。わかってる。

才能の差や、不公平な能力。

世界には馬鹿と天才がいて、その差を努力で大半は埋められても、能力の差には敵わないこと。

でも、私のママは、わかってない。

私が、やればできる子なんだって、信じてる。
私が今日、ママの期待した点数の答案用紙を持って帰ることを、期待してる。

だから、家に帰りたくなかった。




家に帰る道で、迷い、結局今日は家に帰らず塾に直行することにした。
バス代はもってるし、塾で使うドリルやノート、参考書も鞄の中だ。
少しでも、家に帰るまでの時間を引き延ばしたかった。

町行く人の影を追いかけ、バス停へ向かう。
けれど、少しずつ歩くテンポが遅くなっていき、影の塊から私だけ離れていった。
デジタル時計を取り出し……ああ、間に合わないや。
このままゆっくり歩いて、ひとつ後のバスに乗ろう。塾には遅れるけど…もう、いいや。

のろのろとバス停にたどりつき、乗る。乗客は私だけだった。
バスに揺られ、帰った後のことをうつろな瞳のまま考える。
ママは、泣くだろうな。
そして、あの冷たい淡々とした声で、いうのだろうな。
「愛はできる子なんだから」って。
その言葉が、私の胸に鉛のように重くのしかかっているなんて、全然気づかずに。

…そういえば、歌を歌わなくなった理由も、それだった。

『歌なんてやめなさい』
『そんなことより勉強しなさい』
『歌ばかり歌っているから、点数が下がるのよ。そうよ、それが原因なのよ』
『愛はできる子なんだから』

頭の中でずっとリフレインする。

……小学生のころ仲の良かった友達と、だんだん疎遠になっていった。

ママが、あの子に電話したから。

『うちの子の勉強の邪魔をしないで』って。

ママが、言ったから。

『あんなこと付き合っちゃいけません』
『あなたまでろくな高校にいけなくなるわ』

……将来の夢、なんてあきらめていた。歌手になるなんて…。

『歌手なんて、バカバカしい』
『もっとまともな夢にしなさい。…ううん、将来なんて、ママが決めるわ。あなたは勉強してなさい』




『だめ』『そんなばかばかしい』『勉強しなさい』

   『歌ばかり歌っているから』

 『愛はやればできる子』     『邪魔しないで』

『できる子』    『できる子』

    『できる子』






もうやめて、やめて!!

それが一番嫌なのよ!

やればできるって、何!?

私は勉強なんて好きじゃないっっ!!

ママのことを押し付けないでっ!

私は、ママの装飾品じゃない!!!

嘘だらけの言葉で、惑わすのはもうやめて!!

…って、言えたら。

夜中に家を抜け出すみたいに、逆らう勇気が持てたら…。




   『――――――終点―――終点―――』




はっと我に返る。
「…どこ、ここ」
ぼーっとしてるうちに、降りる駅をすぎちゃったんだろうけど。
降りたところは、崖の上…目の前は一面の海だった。

「…わあ」

思わず声が漏れる。…きれい…。
ほんのり輝く月が、海面にうつり、淡く光っていた。

……きれい。本当に。息が止まってしまいそうなほど…。

一度も来たことがない場所のはずなのに、どこか懐かしかった。

海を眺める。

塾のことも、ママのことも、全部忘れていた。

その代わりに、一つの歌を思い出した。

ずっと昔に一度だけ聞いた、希望と、ゆめのつまった歌…。

……ああ、そうだ……。

思い出した。

夜の海が好きだった。
歌が好きだった。
夢に向かって歩いていた。

楽しかった……。

記憶の奥底から、あの歌が、流れてくる。
柔らかな美しい、きらきらした旋律。

『さみしければうたいましょう』
『あきらめないうちはゆめもきぼうもおいていかないから』

『くさりを、ときはなって――』


『ココロのおもむくままに。』



そうだ…心のおもむくままに。
自由に、鎖を…

縛りを、解き放って。


 













「ただいま」
帰りが遅くなったことを、ママは怒った。
けれど、怖くなかった。
正直に、いった。

「考え事をしてた。それで、答えを見つけた」

そう。答えを、見つけた。

私のココロは、お金じゃきっと買えない、かけがえのない、大切なもの。

私の未来を奪うなんて、誰でも…ママでも、絶対に、許さないから!!



「ねぇ、ママ、私……ううん、あたしね――」


決めたよ。

あたしは――。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

鎖の少女「ワタシハ、アタシハ――」

ぐぬぅぅひさびさの投稿っ。
のぼる↑pさんの、「鎖の少女」でした。
か、かってにごめんなさい!><
でも、すっごく共感しちゃって…書いちゃいました!

意味不明な個所はいくつかありましたが、自分の書きたいことを書きました。
感想をくださったら、ものすごっくうれしいです!

閲覧数:239

投稿日:2011/06/23 20:14:59

文字数:2,819文字

カテゴリ:小説

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  • 日枝学

    日枝学

    ご意見・ご感想

    読んでいて感情を動かされました! 読み手の感情揺さぶる作品自分も書けたらいいなあ GJです!

    2011/06/23 22:12:27

    • 春風凪

      春風凪

      ありがとうございます!
      最近投稿していなかったのは、スランプに試験週間が重なってしまってて…(~_~;

      「鎖の少女」の苦悩とか、自分でどうにもできない能力の差とかを書き表したかったので、伝わってたみたいでうれしかったです!
      私みたいな低能な文章で言いたいことがわかるなんて、菜流さん、日枝学さんの読解力がすごいです! ><

      ありがとうございました^^

      2011/06/24 18:04:09

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