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「え……」

 アルタイルも、レティシアも、セディンの突然の行動に、声を失った。

「僕は、少年の頃、ルディのいない世界に戻すために、自分が何か出来ると信じていました。でも、僕の力では、故郷の、この小さな村の小役人になるのが、精一杯だった。

……仕事と言えば、たまに訪れるゼルの方のために、街までの道案内をしたり、宿泊場所を教えたり、近隣の、被害のひどい村を教えたり。毎日が、自分の夢とはかけ離れた無力な状態で、過ぎていきました。

……でも、今、たぶん、僕たちは、この国の誰よりも、核心に近づいていると思います。民間の、ルディ退治に関わる誰も、このような当時の図面は知りようもないし、当時の図面を知っているはずの国の上層部は動きもしない。また、僕などの下級役人には、ルディ退治の本当の進行状況など知らされません。神殿の様子は祖母の絵がなければ知らなかったし、レティシアさんがいなければ、魔法の品種改良の実験所の造りなど、知るよしもなかった。

 本当のルディ対策に必要な、全ての情報と実力がそろったのは、レティシアさん。アルタイルさん。あなた方、だけなのです」

 セディンは、静かに椅子から立ち上がった。
 そして、なんと。二人に向かい、そのままひざまずき、床に手を付いた。がばりと、頭を下げる。

「お願いします! レティシアさんの実力は、当代一だと聞き及んでいます! アルタイルさんは、そんなレティシアさんを救った、命の恩人だと!」
「そ、そんな! セディンさん! 頭を上げてください!」

 あわてたレティシアが床に膝をつくが、セディンは下げた頭を上げなかった。

「お願いします! もう、誰も、怪物に怯えて暮らすようなことのない、普通の、村の生活に、お二人の力で、戻してください! 僕にできることがあれば、何でも協力します!

……祖父が……祖父が、亡くなったんです」

 レティシアとアルタイルが息を飲む。今回のルディの事件で、真っ先に、ルディの居場所を突き止めたのが、セディンの祖父だった。

「……先ほど、息を引き取りました。だから、彼がずっと大事にしていた祖母の絵を、持ってきたんです。祖母も、祖父のことを思い出してつらくて見ていられないから、この絵はどこかへ遣ってくれと」

 レティシアとアルタイルも、負傷し眠り続けるセディンの祖父を見舞ったことがある。
 セディンの祖父は、牛のための干草を盗んでいったルディを追いかけて洞窟に入り、そこで、ルディに感づかれたと聞いた。気の立っていたルディに、倒されて、レティシアとアルタイルがルディを倒した後の三ヶ月間、ずっと昏睡状態だった。

「祖父は、祖母と結婚する前は神官でした。祖母は、湖の神殿の祭りで出会ったと聞いています。僕に、祭りの話をしてくれた祖母は、今は、放心状態です。
 しかし……もう一度、祭りを行うことが出来たなら。魂となった祖父と、祖母は、再び会うことが出来るかもしれない」

 押し殺した声が吐き出すように絞り出される。それがよけいにセディンの悲しみと悔しさを、深く、そしてより強く、レティシアとアルタイルの心に押し込んでくる。

「僕には、なんの力もありません! レティシアさんや、アルタイルさんのように、命をかけて冒険することも出来なかった……!

 だから、こんなお願いをするのは、本当に身勝手だと思います。

 でも、……希望が見えてしまったら、縋らずにはいられないじゃないですか」

 一回り近くも年上の大人に手をつかれ、若い二人はたじろいでいた。
 ルディのいない、平穏な世界。
 それは、誰もが一度は願う、平凡な、しかし、見果てぬ夢。
 ルディがいない世界。それは、五十年来の、人々の、悲願。

「わかった」

 アルタイルが、そっと、セディンの前にしゃがみこんだ。

「借りは、返す」

アルタイルは、セディンの手をとり、しっかりと握った。

「アルタイルさん……」

 セディンが体を起こす。

「ありがとう……」

 初めてこの村に来て、ルディの居場所に案内されたとき、止めるレティシアを言葉でねじ伏せて、強引に同行したアルタイル。
 ルディに襲われたとき、セディンが、身を挺して救ってくれなかったら、アルタイルは剣を抜くことも出来ず、レティシアの攻撃も間に合わなかった。
 散々虚勢を張ってきたアルタイルだったが、やっと、飾らない言葉を使うことが出来た。

「あんたは、無力なくせに、大狼のルディの前に飛び出して、俺を助けてくれた。
俺も、出来るだけ、あんたの、助けになりたい」

 不器用な十五歳の言葉は、大人のセディンに、どのように響いたのだろう。
 セディンは、ただただ、手を握ってくれたアルタイルを、力強く握り返していた。

「レティシア。助けてくれるよな。……俺は、お前の、命の恩人様だろう?」

レティシアに対しては、いまいち素直になりきれないアルタイルだった。
 レティシアは、図面を抱えたまま、顔をこわばらせて頷いた。

「……? なんだ?」

 彼女の剣の動きを見切ることは出来ないアルタイルだが、怯えたときの彼女の心の動きは手にとるように分かる。
 これは、もう一度解きほぐす必要があるな。
 やわらかい明かりが揺れる中、アルタイルは強くそう思った。



つづく!

ライセンス

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  • この作品を改変しないで下さい

【オリジナル】夢と勇気、憧れ、希望 ~湖のほとりの物語~ 19

オリジナルの19です。

【オリジナル】夢と勇気、憧れ、希望 ~湖のほとりの物語~ 1
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ココロ・キセキ ―ある孤独な科学者の話― 全9回
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投稿日:2010/02/27 18:20:08

文字数:2,206文字

カテゴリ:小説

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